超中二病(スーパージュブナイル)

第4章 越えて世界

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3

 
「どっせえええいっ!」
 スキンヘッドの大男、顎奇の咆吼と同時に、ハンマーによってジャンボ機の背中に大きな穴が開く。戯作劇下は間一髪のところで後方に跳んでそれをかわす。
「ちっ……こんな足場の悪い場所でよくそんな思いっきり振り回せるもんだな……」
「はっはっはー! 戯作劇下ァ! 男なら常に全力投球が基本じゃろうにぃ! まだまだいくぞおお!」
 今の顎奇は誰にも負ける気がしなかった。顎奇は恐怖を乗り越えていた。いや、正確に言うならば、これが顎奇にとっての恐怖を乗り越える為の試練だった。
 虚仮書=胡蝶=パラソルによって植え付けられた恐怖は、戯作劇下を倒すことで払拭できると考えていた。顎奇にはパラソルに勝つ事なんてどう足掻いても不可能な事だ。しかし、戯作劇下なら勝てるはずだ。実際に、前回劇下と戦った時だってパラソルが出てこなければなんなく倒せただろう。
 だから、パラソルがもたらした恐怖であっても、その恐怖が植え付けられるに至った元々の要因である戯作劇下を倒せば、再び自分の自信は回復すると信じていたのだ。
 だから今の彼は必死だった。負けるわけにはいかなかった。
「ハァァァァンマァァァァァアアアアア!!!!」
 顎奇が雄叫びを上げながらところ構わずハンマーを振り回す。機体は破壊されていく。
「くそっ! なんだ、こいつは……前よりも滅茶苦茶じゃねーかっ!」
 劇下はただ機体の上を逃げ回るのみだった。足場はどんどん壊されていく。
「どーしたっ! 戯作劇下。逃げ回っていてもワシには勝てんぞおお!」
 次の瞬間、顎奇はハンマーを持つ手に力を込めて高く飛び上がった。そして、空中で旋回しながら劇下に向かって落ちてくる。
「トルネェェェェドッスパイラルウウウウウウ!!!!」
「や、やべえ!」
 劇下は間一髪でそれをかわしたが、顎奇の巨体がジャンボ機に衝突した刹那、機体は大きく崩れて、劇下と顎奇は機内へと転落した。
「うっわあああっ!」薄暗い機体の中に劇下と顎奇の体が叩きつけられた。
 そこは左右に客席の並ぶ狭い空間だった。2人は素早く体勢を立て直し、対峙する。横幅のない縦長の空間。動き回ることはできないだろう。
 いまだに大きな轟音を立てながらジャンボ機は崩れていく。火災も起こっている。このままでは――この機体は爆発する。
 ぽっかり開いた天井からは月明かりが差し込んでいた。その光景はまるで前回のノンアンコールショップでの戦いを彷彿とさせた。
「さぁ〜、どうする戯作劇下〜? このせまい通路じゃ、ちょこまか逃げ回る事もできんだろうて! 今、おぬしに引導を渡してやろう!」
 顎奇は己の勝ちを確信していた。これで自分の威厳が取り戻せる――。余裕の表情をもって劇下の顔を見た。
「……そうだな。そろそろこのバトルシーンも丁度引き際あたりだろうな」
 劇下の顔は笑っていた……。顎奇は背筋に寒気が走った。この表情に、この話しぶりに、この感覚に見覚えがあったからだ。これは――顎奇の恐怖の根本を司る――。
「さぁ、来いよ。顎奇……この一撃でケリをつけようぜ?」
 顎奇は負けられなかった。殺し屋として、剛気な強者として――。顎奇は。
「う、うをおおおおおおおおおおお!!!!!」
 顎奇は全身のエネルギーの全てを巨大なハンマーに込めて劇下に襲いかかる。
 実力的には顎奇の方が劇下を上回っているのだ。顎奇が負けるはずはないのだ。顎奇のハンマーが劇下に振り下ろされる。しかし、劇下は逃げようとする素振りを見せない。
 劇下は手に持っていた剣を構えた。
 顎奇の意識はそれが最後だった。
「トルネードスパイラルッ、戯作劇下バージョンッッ!」
 ボロボロの剣の攻撃をまともに喰らった顎奇は、切られたというよりも叩きつけられた衝撃が強く、そのまま巨体は機体の天井穴を抜けて飛ばされていった。
 顎奇は徹底的な敗北を叩きつけられた。


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