超中二病(スーパージュブナイル)

エピローグ あるいは久我山玖難の冒険の始まり

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 ここは誰も知らない場所。誰にも辿り着けない場所。地図には存在しない場所で、およそ人間の技術によって入る事ができるのか疑問にも思われる場所。
 そんなある場所の、奥深くにある、ある部屋の中。
 筆舌に尽くせない、地(where)。
 ここは真っ白な空間で、広大な空間で、ただその中心に大きな円卓のテーブルがあった。
 その円卓のテーブルを囲む、老人や中年達が座っていた。
 ――その数、十一人。
「――世界はあの革命の日から確実に変化している。だが……まだパラダイムシフトする予兆さえ見えはしない」
 円卓を囲む内の、一人の老人が言った。
「一刻も早くこの世界を超えなければ……我々に未来はないぞ」
「崩壊はすぐそこまで迫っているというのに……」
 老人達が深刻な表情で話しているのを、円卓のテーブルを囲む十一人の内の一人、浦々瀬埜はじっと黙って話を聞いていた。
 彼はこのテーブルを囲っている他の十人のことがどうにも信用ならなかった。今の彼らは己の利益の為に躍起になっているようにしか見えなかった。この停滞は、彼ら自身にあるような気がして仕方なかった。
 こうしてみると、果たして数年前の革命を起こしたのが本当に自分達なのかと疑いそうになる。本当に自分達が、この世界を影から支配するに値する人物でいいのだろうかと――疑いたくなる。
 そのうち、十一人の中で最年長でありリーダー格である老人が言った。
「……そろそろ、発動すべきなのかもしれないのぅ……神葬を」
「……なっ! ちょ、長老っ……それは本当ですかっ? いくらなんでもまだ軽率過ぎるのではっ」
 この中で比較的若い……と言っても40代も半ばを過ぎた男が狼狽した。
「世界は進化するどころか、我々の手に負えない方向にシフトしていっておる。聞けば、究極の存在(カオス)が現れたというじゃないか。まだ小娘らしいが……もたついている暇はないぞ……わしらかて、呑気にあぐらをかいているとそのうち寝首をかかれることになるぞ」
「はは……そんな馬鹿な……我々に手を出せるような者がこの世界にいるなんて――」
「いるよ。ここに」
 ひどく場違いな声がその部屋に響いた。ハイトーンな若い女の声。
「――――ッッッッッッッッ!!!!???????」
 円卓のテーブルを囲んでいた十一人が、一斉に声のした方に顔を向けた。
 長老と呼ばれたリーダー格の老人の、少し離れた後ろに、一人の少女が立っていた。
「うわ、ジジイばっかじゃん。これが十一人の世界創造者ってやつなのぉ? 凄い人達だって聞いてたけど、なんかガッカリだぁ〜」
 両手をあげてやれやれというようなポーズをとる少女は、七色の髪を持ち様々に瞳の色を変えていた。まるでサーカス小屋からやって来たかのような、奇妙な少女だった。
「な……き、君は誰だっ。どっから来たんだっ! というか警備の者はどうしたんだっ! 普通の人間がこんなところに来れるわけがっ――」
 席から立ち上がり、突然の闖入者にまくし立てた先程の中年は――机につっぷした。
「…………っっっっ!?」
 机にパタリと倒れて静かになった男は、その首が、真後ろにねじれていた。
「うるさいな〜……そんなの説明する必要ないことだろ? 偉いんだったらだいたい分かるだろ? 世界の構造に詳しいんなら自分達の状況も知ってるだろ? これから、お前達が、どうなるかも」
 いつの間にか、首の骨を折られて死んだ男の後ろに少女がいた。
 少女はニコニコと、場違いに微笑んでいた。
 浦々瀬埜を含めた全員が理解していた。
「俺達を……殺しに来たんだな……」
 浦々瀬埜が、絞り出すように声をあげた。
 その声に応えるように、少女は浦々瀬埜の方に振り返った。
 そして。
「ふ〜ん、そっか……あなたが浦々笹波のお父さんなんだね」
 と、いつの間にか。少女は浦々瀬埜の目の前にいた。
「い……いつの間に……貴様……なんでそのことを……」
「やっぱりそっか〜。いやいや〜、ちょっと色々あったわけでしてね〜、話すと長くなるわけですが……ま、別にお前が知る必要はないと思いますよ〜」
 少女はくっつきそうなくらい顔を浦々瀬埜に近づけていった。
「お、俺達を殺してみろ……貴様は絶対に後悔することになる。いや……この世界は終わりを迎えることになるぞ」
 浦々瀬埜は怯むことなく少女と対峙する。それが闇の頂点としての威厳。それが世界を支配する者としての振る舞い。たとえ相手が化け物であったとしてもこんな小娘とは背負っているものが違うのだ。
「え、そうなのっ? だったら大変だぁ。だったらもうお前しか残ってないよ〜」
 少女はニヤニヤしながら言った。
「…………え?」
「もうみんな、死んじゃってるよ」
「えっ?」
 浦々瀬埜はとっさに周りを見渡した。
 先程の男と同じように、残りのメンバーが机の上に突っ伏していた。
 ――死体だった。
 つい先程まで熱く討論していた同志達が、一人残らずその生命を終わらせていた。
「な――なぁああっっっっっ、ば、馬鹿なあああああっっっ!」
 浦々瀬埜は椅子から転げ落ちるように立ち上がった。
 狂乱。動揺。戦慄。疑問。絶望。生。死。金。名誉。命乞い。助け。浦々瀬埜の中で思考がまるで走馬燈のように駆け巡る。
 途端――浦々瀬埜は壊れた。彼の中にあったラスボスとしてのプライドも風格も謎も伏線も、全て解体された。
「い、いやだぁ……そんな……だって俺は、俺はこんなところで死ぬような人間じゃないはずだっ。俺は物語の核心にいる人間だぞっ……死ぬなんて……ありえない。や、やめ……」
 その場に崩れ落ちて、涙を流して取り乱し、這いずるように少女から逃げようとする浦々瀬埜。
「あなた達の時代はもう終わり。そしてこの物語も――ね」
 色鮮やかな女は凄惨に笑うと、ゆっくりと浦々瀬埜の方へ近づいてきて――



 プルルルルルル。プルルルルル――。
「はぁい、もしもし? ワタシだけど〜。いま終わったとこだよ〜」
「そうですか。さすがお仕事が早いですね。ありがとうございます」
「別にいいよ。ワタシは仕事の為にやった訳じゃないもん」
「ほう。それでは何のためだと?」
「世界を面白くしたい。それだけだよ」
「……ほう。あなたが彼らの代わりにそれをやっていくと?」
「……さぁどうだろうね。それよりもアナタこそこれからどうするつもりなの。自分のボスを殺したなんて他のみんなが黙ってないよ。すぐにでもアナタのことを殺しにやってくるよ。そこまでして彼らを殺すってことは……なにか考えでもあるの――沖浦さん」
「……うふ。うふふふ。さぁどうしましょうか。まぁ、しばらくは身を潜めていますよ。しばらくは……ね。うふふふふ」
「……ま。ワタシには関係ないけどね。それじゃ」
「ええ。それではまたの機会に」
「ううん。きっと……もう会うことはないよ。沖浦さん」
 ――プツッ。


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