超中二病(スーパージュブナイル)

第4章 越えて世界

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 とうとうやってしまった。この男はいったい何を考えているのだろうか。いや、何も考えていんだろうな。だってちゃんと考えていたら、こんな敵地のど真ん中でミサイルをぶっ放したりなんかするわけないもんな。
「いや〜、灯火の奴もなかなかいいモノよこしてくれたじゃねーか。威力抜群だな。ほれ、連続発射だ!」
 劇下さんはそう言って、橋の上で竜胆さんから受け取ったミサイルを打ち続ける。辺りは阿鼻叫喚。まるで地獄絵図のような光景を作りあげてしまった。
「もう弾切れか……まあいい。敵は一気に片付いた。この隙に笹波を救出するぞ」
 劇下さんは抱えていたミサイルランチャーを地面に捨て、辺りを見回している。やることが大胆すぎるぞ、この人。
 その横で僕は燃えさかる飛行機を見つめながら、どこか虚構じみた世界にうんざりしていた。遠くでは浦々さんが長身の赤紫のスーツを着た女――懴忌――と取っ組み合っているのが見える。なぜか綺麗な純白のドレス姿の浦々さん……なんだか、この世界とは思えない光景……まるで演劇を見ているような……ああ、違う。この世界はそもそも虚構と紙一重であり、同一なんだ。
 大勢の人間がこちらに気付いて駆け寄って来るのも見えた。さすがにプロだ。こんな状況でも行動が素早い。そしてあっという間に僕達を取り囲んだ。――絶体絶命だ。
「ど、どうするんです、劇下さん。このままだと僕達殺されちゃいますよっ」
 上の空だった僕もさすがに意識が現実に戻り、劇下さんに救いを求める。
「玖難、男なら腹を括れよ〜、こっから先は命の削り合いなんだからよぉ〜」
 何言ってるんすか、この人。僕はカタギの人間ですよ? 命のやりとりとはほど遠い人間なんですよっ? 削る命なんてないし、そんなこと僕に求めないで下さい!
「そ、そんな劇下さん。こんなに囲まれちゃってるんですよ! 無理です無理ですって! 劇下さん何か作戦とかあるんじゃないんですかっ!」
「んなもんあるわけねーだろ」即答。
「ですよね」即答。
 はい、死んだ。もう駄目だ。怖そうな人達が銃をこちらに向けている。僕の人生もここで終わりなんだな……。この世界もここで終わりなんだな……。
 でも、そう思うと、不思議と怖くなくなって、不思議と……。
 その時――近くで暖かい空気の流れを感じた。
「だからよ、玖難。諦めんのはまだ早いっつーのっ!」と、劇下さんの声が聞こえた瞬間、突風が巻き起こった。
 そして周りの男達が次々と吹き飛ばされていく。何が起こったんだ?
「げっ、劇下さんっ!」
 驚いて隣を見る。しかし驚くことに今まであった劇下さんの姿がそこにはなかった。
「お〜い玖難! 俺はこいつらの相手するから、お前は笹波の救出に行ってこ〜い!」
 と、上から声が聞こえた。僕は驚いて顔を上げる。
「って、いつの間にそんなところに! 劇下さんっ!」
 なんと劇下さんは燃えさかる飛行機の上に立っていた。手には古びた刀を持っている。どうやって一瞬のうちに敵を倒し機体の上に上がったのだろうか……考えても仕方ないので僕は劇下さんに託された役目を果たしに行くことにしよう。僕は……一体なにをやっているんだろうな。どうしてこんな事に……。でも。
「分かりました! 劇下さん気を付けて下さいっ!」
 僕は大声で劇下さんに向かって叫んだ。しかしその時――。
「げ、劇下さんっ! 後ろにっ!」
 後ろに……あれはなんなんだ? 何かとてつもなく大きな影が、機体の上にいる劇下さんめがけて飛んできている。月の光を浴びながら……。
「トルネェェェェドォォォォッハンッッマァァァァァ!」
 その物体は叫び声を上げた。……あれは――信じられない。
 巨体の男が巨大なハンマーを振り回しながら跳んでいる姿――。
「よっ、避けて下さいっ! 劇下さんっ!」
 僕が叫びと同時に巨体の男がジャンボ機に衝突した。上がる煙幕。飛び散る残骸。
「劇下さんっ……大丈夫ですか、劇下さんーッ!」
 機体上の様子が見えない。さっきのをまともに喰らっていたら、いくら劇下さんでも無事で済むわけがない。僕はどうすることもできずその場で立ち尽くしていた。すると。
「おい、玖難っ! 俺の事は心配するな、大丈夫だっ! いいからここは俺に任せてお前は早く笹波のとこへ行けーっ!」
 煙の中から劇下さんの声が聞こえた。ひとまずは安心なのか。でも僕にだってこれくらいは分かる。あの男は懴忌と同レベルにヤバイ奴だって。それでも僕は……行くしかない。たとえ僕がここに残ったって、劇下さんの足を引っ張るだけだ。戦闘の領分は劇下さんのものだ。僕には僕なりのやり方でこの状況をなんとかするしかない。
「どうか死なないで下さいっ、劇下さんっ!」
 僕は駆けだした。
 劇下さんが残った敵のほとんどを引きつけてくれているおかげで、僕は比較的楽に浦々さんの元まで行けそうだった。しかし――浦々さんの傍には懴忌がいる。どうやってあの女から浦々さんを取り戻せばいいのだろうか……。
 僕は懴忌には見つからないようにゆっくりと後を追った。どうやらあの大きな建物へ向かっているらしい。よし、じゃあ僕もその中へ……。
「何をしている、貴様?」と、背後から声が聞こえた。
「っ――!?」僕は心臓が止まりそうになった。まずい、見つかってしまった。
 恐る恐る振り返ってみると、目の前に黒ずくめのスーツ男――右城條区――がいた。
「貴様……見たことがある。確か……オレが池に落とされた時、あいつと一緒にいた」
 どうしよう。いくら右城條区が市長だからと言って、このまま見逃してくれそうにはない。というか殺し屋とつるんでるのを目撃した時点で僕は口封じされるに決まってる。
 ほら、建物に入ろうとしていた懴忌も僕に気付いてこっちにやって来た。今まさに僕は殺されるんだ……。ちらりと懴忌の隣にいる浦々さんを見る。彼女も僕の事に気付いてびっくりしたみたいだ。
「玖難っ。どうしてあなたがここに」
 見たところ浦々さんはどうやら無事のようだ。こんな窮地にあるというのに、なぜか僕は少し安心した。
 いや、安心なんてできるわけない。懴忌が糸ノコギリを出して僕に近づいてきてる。
「あっははー! まさかここまでぇアタシ達を追ってくるなんてぇ、大したガキだねぇ、アンタもォ!」
 浦々さんの手を引いたまま、懴忌は糸ノコギリの刃を僕に向けた。僕の物語はここまでなのか。


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