超中二病(スーパージュブナイル)

第2章 激闘交錯

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3

 
 竜胆灯火が去った後、戯作劇下は珍しく真剣な表情で物思いに耽っていた。
「灯火、俺にはお前の気持ちは十分に分かってるんだよ……」
 誰にともなく呟く劇下。彼と灯火はかつて同じ目的の為に戦った『英雄』であった。その生き残りは今や数えるほどしかなく、劇下と灯火を入れて7人のみである。
 数少ない戦友だから……劇下には灯火のやろうとしている事が痛いほどに分かった。
「そうだよな……あいつらの無念を晴らしてやりたいんだよな」
 きっと灯火は劇下の事を腰抜けだと思っているのだろう。劇下の現状は逃げているようにしか見えないだろう。『英雄』の生き残り達は灯火のように世界の変革の為にまだ戦争を続けている者もいる。
「だけどよ……戦争は終わったんだよ……お前ら」
 それはきっと、彼らもまた一つの幻想に囚われているのだろう。
「けど、あの慎重な灯火がここまで熱くなってるなんて。浦々笹波……もしかして彼女は」
 と、劇下が考えを笹波に巡らせようとした、その時であった。
 ――轟音。そして、衝撃。
「え――?」
 瞬間――店の扉が、その周囲の壁もろとも吹っ飛んだ。
「な、あ――?」
 店の外側から内側へと、無数の瓦礫が放射状に巻き散っていく。
「なっ、なっ……くっ、そっ。なんだよなんだよこりゃあーーー!」
 突然の事に劇下は戸惑うが体は反射的に店の奥へと跳んでいた。経験のなせる技だ。
 そして劇下が上手く着地した時、煙に包まれて辺りが見渡せないが、店の入り口があった方向から声が聞こえてきた。
「がっははははァー! よぉく避けよったじゃないかぁ! 少しは手応えの――いや、歯ごたえ、え〜と……うがーっ! どっちでもええわっ! とにかくなかなかの猛者とお見受けしたぞ、やはりワシはこっちで正解だった!」
 やがて煙が収まって、ぶち壊れた店の壁――その穴から現れたのは一人の大男。2メートルはあろうかという巨体と、スキンヘッドの頭。そして今にも破れんばかりにサイズのきつそうな、青紫色したTシャツと。
「な――なんで海パン姿なんだ? 海でも行くのか、あんた」
 青紫色の海パンを履いていた。不気味な男。見れば手に大きなハンマーを持っている。恐らくこれで店の壁を壊したのだろう。なんて馬鹿力なのだ。
「がははっ。ほんとは真っ裸がいいんだが、姉貴に怒鳴られるからなぁ! 最低限の着衣はするように心がけとる。殺し屋は目立っちゃいかんってな!」
 と、あまりにも目立ちすぎる大男は大声で言った。
「……自己紹介ご苦労さん。そうか、あんた殺し屋なのか」
 と劇下が言うと、顎奇の体が瞬間固まった。そして。
「しっ、しもた。無闇に殺し屋は名乗っちゃいかんのだったっ! う〜ん……ああ、もう!ばれたんなら隠す必要はもうない! そうだ、ワシは殺し屋だっ! 名前は顎奇(ギャッキ)。姉貴とセットで残虐姉弟と呼ばれる殺し屋だ! うぬも名乗られよ!」
 大げさに筋肉ムキムキ的なポーズを決め、劇下にハンマーを向けた顎奇。
「リアルで『うぬ』とか言う奴初めて見たぞ。ああ……俺は戯作劇下。ただの釣り好きの人間で、何でも屋みたいな事をやってたが……たった今誰かさんに店を壊された」
「そうか、そりゃ気の毒に」
「いや、お前の仕業だよ!」
「あっ。そうか、ワシかっ! あはは〜。いや、すまんすまん。店の扉があまりに小さくて通れそうになかったもんでつい……な」
「ついで俺の店を半壊させるんじゃねーよっ。くそっ、調子狂うな〜……俺は基本的にボケの属性なんだぜ。ま、だけどぉ万能な俺はツッコミもこなせるから感謝しろよぉ」
「がっははっ。ツッコミか。奇遇だな、劇下っ。実はワシもツッコミは得意でな〜」
 腰に手を当て、豪快に笑いながら大言壮語する顎奇。
「いや、嘘じゃん。何その自信満々な真っ赤な嘘。お前絶対そんなスキルないって。嘘つかねー方がいいって」
「むぅ、ワシは嘘は吐かんぞ……まあ信じないならそれで結構。さぁ長話はここまでだ。用件を言おう……ワシは浦々笹波に関するデータを全て消しに来た。残念だがこの店は徹底的に破壊させてもらう」
 竜胆の時といい、また浦々笹波の名前が出た。いったい彼女はなんだというのだ?
「は……はぁ? 何だってんだっ! どういうことだよそれはっ!」
「むぅ。それを言えばワシは劇下も破壊しなければならん羽目になる……ただ言えることは、念には念を入れて容赦なく壊せってこった」
 意味が分からないが、しかし劇下は一つ理解する。こいつは敵だということを。
「ちっ。そうかい、分かったよ……あんたが例の、何か企んでる連中ってことだな。なら、やり合うしかなさそーだよな?」
 その一言で――この空間は一気に殺意に満ちたものへと変化した。
「がっはっは、おぬし……もうそこまで知っておったのか」
 今まで余裕を見せていた顎奇の目つきが変わる。数々の死地をくぐり抜けた目。
「ああ、そういう事だ。お前らのやろうとしてることは何でもお見通しだ」
 はったりだ。竜胆の情報からの予想にすぎない。でも顎奇は。
「はっは。そうじゃ! ワシらの目的は浦々笹波ちゃんを彼女のお父様のところに連れて行くことじゃ! 笹波ちゃんのとこには今頃姉貴が迎えに行ってるだろう、そしてワシの役目は後始末。笹波ちゃんの痕跡を一切合切消すこと! ワシはここが片付いたら姉貴と合流し、空港まで笹波ちゃんを送り届ける。そこまでがワシらの任務じゃーっ!」
 威風堂々と自らカミングアウト。やはり顎奇、見た目どおりにこの男馬鹿だった。
「何でもかんでも勝手にぺらぺら喋ってくれるなんてな……こっちとしては助かるけど、あんたこの仕事向いてないんじゃねーの?」
 目を細め、意地悪い顔でにやつく劇下。
「なっ……ま、まさか。劇下、おぬしワシのことを騙したなっ!?」
「騙したっていうか……いや、自分で全部喋ってるだけだろ」
「くっそ〜っ。もう許せんっ! やっぱりワシの性分はツッコミじゃ! おぬしがこっちの事情を知っていてくれて助かったぞ! これでワシは思う存分暴れ回れるんじゃからのう! 突っ込んで行くぞー!」
 そして顎奇は片手に持ったハンマーを軽々と振り上げる。それはあまりに巨大で……顎奇の身長の半分以上はあろうかと思われる。
「つ……ツッコミってそっちの意味かよ! ちっ、俺は暴れるのは久しぶりなんだ……体が鈍っちまってるから手加減してくれよっ」
 そして戯作劇下は仕事机の引き出しを開け、素早く中身を物色する。
「……あれ? ちょっと待て、武器がない」
 何しろ戦闘行為をするなんてのは久しぶりの事である。どうやら武器をなくしてしまったみたいだ。
「がははーっ! 殺し合いに待ったがアリかーッ! ボルケーノッハンッマァァァ!」
 顎奇がハンマーを振り回しながら劇下に突進する。店の中の物が砕け散り、そこら中に霧散する。まるでそれは天災。
「う、うおおっ!」
 劇下はかろうじて顎奇の突進を避ける。直後、劇下の机が粉微塵になって宙を舞う。
「なんて滅茶苦茶なんだよ……こんなの喰らったら即死だぞ」
 顎奇の通った後は台風の痕跡のような惨状が広がっている。地面に転がる物はもはや物としてのカタチを留めず、まさに圧倒的な破壊という概念を示していた。
「がはーっは、よう避けたな……ん? 手に持ったそれ。これがおぬしの武器か?」
「く、くそぉ……最悪だぜ。よりによってこんな武器……いや、もうこれ武器なの?」
 顎奇の直撃を避ける間際に手にした果物ナイフを構えて劇下は思考する。この状況を切り抜ける方法を。
「さぁ、お互い武器を取り合った事だし本気で行くぞぉ! 第二撃だっ!」
「さっきのは本気じゃなかったのね……」
 劇下は思った。
 駄目だ――このままだと殺される。


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