超中二病(スーパージュブナイル)

第一章 久我山玖難の新しい日常

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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 ここは僕の通っている高校。そして浦々笹波さんが今日から通っている高校でもある。いや、正確には浦々さんはこの学校の生徒ではない。この学校に潜り込んでいるのだ。つーか、制服はどこから調達してきたんだろう……ま、すごく似合ってるからそこはよしとしておこう。
 そんなわけで、昨日ひょんな事から浦々さんと知り合った僕は、今こうして昼休みの屋上で2人して昼食をとっていた。今日のお昼は珍しく奮発して唐揚げ弁当だ。
「それにしても無茶言うよね劇下さんも。浦々さんは狙われているってのに学校に通っていればいいだなんて。っていうかなんで通ってるのかも分からないけど」
 劇下さん曰く、隠れ蓑にぴったりだし、僕もいるし、それに――それがお約束だから、だそうだ。お約束って何のお約束だよ……。
 そして成り行きとはいえ、何故か僕は戯作劇下から浦々さんのボディガード役を任されてしまったのだ。無関係な筈なのに。
 それでも断り切れなかったのは、今こうして女子と2人でお昼を食べるという至極のシュチュエーションを得られた事から分かるだろう。もしかすると戯作劇下はこれを見越して僕に彼女の護衛を頼んだのかもしれない。僕、一般市民なのに。
 まぁでも、内心ラッキーって心のどこかで思っているのは確かなんだけどね。
「それは大丈夫なのです。多分あいつらも学校まで襲ってくるような事はしないはずですし、ずっと隠れてたって仕方ないですし、その唐揚げ頂きます」
 流れるような華麗な手さばきで、浦々さんは僕の唐揚げを奪った。この少女は意外と食欲旺盛のようだ。
「楽しみにとっていたのに……」
 泣きそうになった。
「……それより、玖難。私なんだか不安いっぱいなのです」
 浦々さんはいつの間にか僕の事を呼び捨てで呼ぶようになっていた。
「え? 不安って何が? 浦々さんを追っていた連中は学校には来ないんでしょ?」
 それに様子を見る限り、どうやら彼らは浦々さんの身内っぽい感じだったし。ま、浦々さんはあくまで知らないと言い張るつもりだろうけど。
「違うのです。私が心配してるのは連中の事でなく……戯作劇下という男についてなのです。本当にあの人に頼んで大丈夫なのかな……と、今更ですが思います」
「まぁ……うん、確かに劇下さん、いいかげんで頼りにならなさそうな感じがするけど……けれどあの連中を相手にした時の彼の強さは本物だよ。大丈夫なんじゃないかな」
 僕は何故かあの男の事を疑おうとか、そういう気持ちは沸かなかった。自分でも分からないけど、僕は彼を信頼していた。心のどこかで僕は彼に憧れていたのだと思う。
「ふ〜ん、そうですか……あなたも変わった人ですね。初対面の変な男にこれだけ信頼を寄せて、あまつさえ無償でお手伝いまで引き受けるなんて……もしかしてホモですか?」
 浦々さんは冷ややかな瞳で僕を見た。
「ホモじゃねぇ! ちょっとした流れでなんとなく手伝ってるだけだよっ! 最近の女子はすぐそっちの話にいくよね!? なに? 男同士の友情はありえないって言うの!?」
 この子は何てことを! 失礼しちゃうわっ!
「う〜ん、ツッコミのスキルはまだまだってところかしら……。玖難は立ち位置的にはツッコミポジションなんですから、もっと腕を磨いて下さいね」
「何の立ち位置だよっ! 僕の仕事はツッコミする事じゃねーよっ!」
 僕は主に脳内で阿呆な事をつらつら語るポジションです。
「そうそう、その調子よ。頑張ってね、玖難」
 ああ……そしていつの間にかついついノってしまっている。もう僕はツッコミ役として位置づけられてしまったのか。この先どうなることやら。

 と、こんな調子で僕達は学校生活を安泰に送っていた。浦々さんの言うとおり、確かに学校内は安全であるようだ。
 しかし、問題は学校外だ。前回浦々さんは下校中に襲われたのだ。だから当然彼女の臨時ボディーガードである僕はそれを阻止する義務があるわけで、現在僕は浦々さんの護衛として、こうして帰り道を一緒に下校するという事になったんだけど……。
「またまたおいしい役回りってトコですね」
「げっ、なぜ僕の考えている事を……! 能力者かっ!?」
「それくらい分かります。……それに私は能力なんてそんな大それたもの持っていませんよ。あんなものなんて、ね」
「ま、そりゃそうだよね」
 確かにあれは大それたものだ。能力を所望する人は多いけれど僕からしてみれば、好き好んであんなものを手に入れようとする者の気持ちが理解できなかった。
「ところでさ……あの時浦々さんを追っていたリーダー格の人いたでしょ……僕、あの顔になんか見覚えがあるな〜って思ってたんだ……それで昨日テレビ見てたらそいつが出てたんだよ。それが実はこの街の市長なんだ。右城條区って名前なんだけど……」
 本題に入る。彼は最近やたらとテレビに出て、世間を騒がせている人物である。でも何をして騒がせているかはよく分からない。新聞あまり読まない者なんで。
「ああ……そ、そうなの……ふ〜ん」
 む? なぜか浦々さんは食いつきが悪いみたいだ。僕から目を逸らして綺麗な顔を引きつらせている。あまつさえ口笛まで吹いてる。しかも全然吹けてない。ひゅ〜ひゅ〜空気だけが漏れている。う〜ん、気になるけど今はスルーして続けることにしよう。
「どうりで見覚えがあると思ったよ〜。あの時は黒ずくめの怪しい格好だったから全然気付かなかったよ……でもなんで市長があんなこと……」
「ま、まぁ……それはいいじゃないですかぁ」
「いや……よくないことはないだろ……」
 君の問題じゃねーか。
「じゃあ、あれですよ。市長は実はロリコンで、たまたま通りかかった、近年稀に見る絶世の美少女のである私を見て、今まで我慢してきた己の欲望がとうとう抑えきれなくなって襲いかかってきたのですよっ」
 んなわけねーだろ。
「……というか、よくそんな状況がとっさに思いつくね」
 てか、市長がかわいそうだ。
「けど動機はどうあれ、追っ手の正体が分かっただけでも良かったじゃないですかっ。一歩前進ですねっ」
 目を泳がせながら不自然な笑顔を向ける浦々さん。
 でも……その正体が市長っていうのが、どうにもやばい気がするんだけどな……。なんか陰謀とかありそうだし。でもまぁ、浦々さんは知らないって言い張るけど多分知り合いっぽいし、あの様子ではそんなにきな臭い話でもなさそうだし……。確かお父様が待ってるとか言ってたから、実はこの子は偉い人の娘さんとかそういう事情なんだろうな……と、その時の僕はこの物語を軽い気持ちで見つめていた。


「こんにちわ」
 ガラリとノンアンコールショップの扉を開けると、そこには全裸の戯作劇下の姿があった。……うん、いい体だ。
「きゃあっ!」
 数瞬後、浦々さんの見事なキック。
「ぴきぃいいいい!」
 華麗な蹴りで劇下さんは店の奥へとぶっ飛んで行った。
「……っていうか何で全裸だったんだろ。何がしたかったのだろ」
 劇下さんが飛んでいった方を呆然と見つめながら僕はあきれ果てた。
「俺の店なんだから俺がどんな格好してても別にいいだろうが。俺じゃなかったら死んでたぞ……ったく」
 悪態を吐きながら劇化さんは背中をさすりながら出てきた。ってか、早いよ! もう着替えて出てきたよ、この男は。
「……いや、店だったら余計よくないでしょ」
 いつ誰が来るか分からないだろーが。せめてパンツくらい履いとけよ。
「今日は暑いんだよ。まだ春だっていうのに。クーラーだって壊れちまってるし……」
 探偵助手服に身を包む飄々とした仙人は、だらしなく表情を弛緩させて言った。
「どうでもいいのです。乙女にあんなもの見せないで下さい。目が腐ってしまいます」
 浦々さんはおしとやかに見えて毒舌家。だがそれがいい。
「それより劇下さん。あれから3日経ちましたけど何か分かりました? 一応毎日学校帰りにここに寄ってはいますけど、全然進展してないようですが……」
「ああ、それは心配なさるな玖難くん。俺を見くびっちゃ〜いけない。実は一つ重大な事実が分かったのだよ」
 と、別に探偵でもなんでもないのに、まるで事件を解決したかのように指を立てて、勿体ぶっていた。
「な……なんですか、それは」
 胡散臭いけど、僕は思わず目をみはってしまった。
 けれども浦々さんは対照的に、なぜか困った顔をしてるように見えた。
「それはな……なんと笹波ちゃんを追っていた黒服のリーダー格の男、あいつは」
「この街の市長でしょ? 僕も昨日知りましたよ。それで、他には?」
 僕は劇下さんの言葉を遮って、その先を促した。
「……さすがだな、玖難。俺と同じ場所まで辿り着いたか……今の俺に言えることはそれだけさ……」
 探偵助手はフッと短く息を吐いて、遠くを見るように目を細めた。
「って、それだけかよっ! 何ちょっと格好つけてんのっ? ってゆうかテレビ見てたら簡単に分かるような情報を堂々と言おうとしてるんじゃねぇ! あんたこの3日ずっと調べてやっと分かったのニュース記事程度なのっ!? 逆に驚くよっ! それまで知らなかった事に驚くよっ! それでもプロなの!?」
 や、でもプロと言っても具体的な仕事が全然見えないんだけどね。こんな格好してるけど探偵助手じゃないし。ていうか助手だとしても一体誰の助手なんだかも分からないし。一切が謎に包まれてる男だ。
「さすがだな、玖難。ますますツッコミとしての腕が上がってきてるじゃないか。俺と同じ高みに昇ってくる時が楽しみだぜっ」
 さわやかな笑顔。
「ごまかしてんじゃねぇ! つか、そんな台詞で格好付けてんじゃねぇ!」
 ボケとツッコミの応酬。すると、さすがに見かねた浦々さんが横から口を挟んだ。
「分かったからそろそろ話を戻しましょう。あなた達さっきから脱線しすぎなのです」
 止めてくれてありがとう。こういう時、浦々さんの存在が有り難く感じられるよなぁ。やっと本題に戻れるよ。ね、浦々さんっ。
「それでは敵の正体が分かったということで、今日は解散することにしましょう」
「終わらせんのか〜い! 早く帰りたかっただけかよ!」
 ズココーッと、音がする位ずっこけた僕。なんて古典的な。
「だって……なんだか最近、この人達って実は役に立たないんじゃないかと薄々感じ始めてきたので、もうなんか別にいいかなって」
 長い髪をいじりながら、わざとらしく寂しそうな口調で話す浦々さん。
「僕はただ巻き込まれただけの立場なんだけどなんか凄い落ち込みます」
「ふん。物語というのはな、その時が来れば俺達がどうしようと進むものなんだ。それまでは何をしようが、進まないのなら進まない。今はただ日常パートを過ごして伏線でも張っておけばいいんだよっ」
 反省する気ナッシングな劇下さんは、また意味不明な事をのたまう。
「い、いきなり何言ってんですか、劇下さん」
 そんな話をされても僕は引くだけですよ。他になんとリアクションを返せばいいか分からなかったので、隣にいる浦々さんの顔を見る。え――っ?
「…………」
 正直、びっくりした。それは――無表情。無感動。冷たくも醒めてもいない、それは……人形のような――顔。
 浦々さんはただ劇下さんをじっと見つめていた。それだけの事なのに僕はぞっとする。
 そんな僕達を尻目に、劇下さんは気にせず切り出した。
「それになぁ、笹波ぃ。お前も人が悪いぜぇ。今回の事件にお前がどう絡んでいて、何の魂胆があるのかは知れないけどよ、俺はちょっとやそっとの事では攻略することはできないぜ? 俺の存在力と影響力はでかいんだよぉ」
 魂胆? 攻略? 一体何のことだ? 浦々さんは何を隠している? 劇下さんは何を知っているのだ?
「……」
 浦々さんは何も答えない。
 2人はしばらくの間、無言で見つめ合っていた。
 この2人には何か共通に認識しているものがあるのか? 僕には見えていない何かが2人には見えているというのか。だったら僕はそれを……いや――絶対に見たくない。
「さ、さぁ……何のことかしら。私は何も知らないのですよ」
 ようやく浦々さんが口を開いたと思えば……完全にとぼけている。絶対何か知ってる。
「まっ、別にどうでもいいんだけど……そうかい。笹波が知らないってのなら、そういう事にしておくか。俺は紳士なのだよ、玖難くん」
「そこで僕に振りますか」
 あと、お前のどこが紳士なのかと問い詰めたい。
「話の結び方が分からなかったんだよ」
「そうですか。ていうか話はこれで終わりですか。全然進展してないじゃん」
 てなわけで、今日も特に何事もなく解散することになった。
「それではさよならなのです、玖難」
 店の前で浦々さんは手を振って僕とは反対方向へと歩いていった。
 そういえば浦々さんはどの辺りに住んでいるのだろう。僕は浦々さんが家出中なのかなと思っていたから、なんだかそんなことが気になった。


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