超中二病(スーパージュブナイル)

第2章 激闘交錯

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1

 
 戯作劇下はノンアンコールショップで一人暇そうにテレビを見ていた。青い探偵助手服を着崩した相変わらずの格好。テレビではワイドショーがやっていて、そこに右城條区が映っていた。何やら新しい条例を作ろうとしているようだ。一生懸命演説している。
「暇だな……誰か来ないかな。来ないよな。うん。俺は退屈なのが一番嫌いなんだよ」
 愚痴っていても仕方ないので劇下はテレビを切った。暇だ暇だと言っても最近はマシな方である。随分と久しぶりにこのノンアンコールショップに依頼人が来たからだ。
「それにしても奴らのおかげでここも騒がしくなったもんだ」
 口ではそう言っているが、戯作劇下の内心は今の生活もそう悪くないんじゃないかと思い始めていた。まるで戯作劇下と浦々笹波、そして久我山玖難の3人が一緒にいる事が一番しっくりするような、そんな感覚。
「ふふん。けどそれが世界の意思なら逆らえないわけだよな」
 外側から見た閉じられた世界。外側から見て一番都合がいいように、楽しめるように、エンターテインメントとして見られるように世界は変革された。世の中の全てに意味が込められた。だからそれは仕方ない。その事が知覚できるだけ人類は進化したのだ。
「にしても暇だ。あいつら以外に客が来てもいいもんだろうに……釣りにでも行くかな」
 と、ひとりごちていた時だった――店の扉が開かれたのは。
「久しぶりだな、戯作劇下。相変わらずそんなくだらないことをやっているのか」
 店にやって来たのは、長身で線の細い、整った顔の男。
 その男は服装を真面目に着こなしてはいるが、なぜか春だというのに黒くて長い、まるで神父のような暑苦しいコートを羽織っていた。
 劇下は――その人物をよく知っていた。
「お、お前は……竜胆灯火(りんどうともしび)じゃないか。どっ、どうしたんだよ、こんなところに来て。つか……もう俺には愛想が尽きたんじゃなかったのか?」
 劇下は驚いて目を見開いた後、自嘲するように口元を歪めて鼻を鳴らした。
 その男は戯作劇下とは旧知の仲。かつて共に戦った戦友――竜胆灯火。
「勘違いするなよ、劇下。オレだってできればこんなトコには来たくはなかったさ……今日はオマエに会いに来たわけではないのだ」
 竜胆はすました顔でクールに答える。彼はいつもスマートな態度を心がける。
「それじゃあ何しに来たんだよ」
 劇下はむくれた。竜胆のすかした態度が昔から好きではないのだ。
 竜胆は劇下の様子を見て懐かしそうに笑って、そして言った。
「オレは浦々笹波という女を捜している……ここに来ているんじゃあないのか?」
 竜胆の口からでた名前に、劇下は一瞬だけ凍り付いた。
「……これは驚いたな。なんつーか意外だよ。堅物のお前もとうとう女の子に興味を抱くようになったってわけか」
 けれど、劇下は冷静を装って茶化した。
「そうそう。オレもやっとまともな男として性に目覚めたというわけだ……って違うわ!フンッ。誤魔化しても無駄だぞ、劇下。オマエがあの娘をかくまっている事は知っているのだ。悪いようにはせん。オレを浦々笹波に会わせろ」
 竜胆は咳払いしながら劇下に言い寄る。
「相変わらずノリツッコミが下手な奴だな……。まぁ、それより……お前も連中の仲間ってわけだな……はっ。お前も堕ちたな。世界最強の竜胆灯火が聞いて呆れるぜ」
 劇下はあくまでしらを通すつもりだ。
「……何度も言ってるがオレの目的は世界最強の強さではない。それはあくまで手段に過ぎん。オレは間違った方向に向かおうとしているこの世の中を救うため、敢えて世界最強などという、矛盾した方法をもって世界を正しい道に帰そうとしているのだ。世を正すため、世の中のルールで野望を果たす……その屈辱。お前なら分かるはずだ、劇下。オレと共に戦ったのだからッ! オレはオマエの力を認めている。それともオマエはもう忘れたというのかっ! あの時の約束を――」
「ちょ、ちょーっと、タンマっ! おいおい。今日はそんな話をしに来たんじゃないだろう、灯火。何度も言ってるけど、俺は新しい俺の道を行くだけだ。だからお前はお前の道を行けって……ってことで、とりあえず話を元に戻そうぜ」
 真面目な話はひょうひょうと切り抜けるのが劇下の生き方。
 竜胆はそんな様子の劇下に憤るように舌打ちした。
「くっ……オマエには何を言っても無駄ということか。オレ達も随分変わったもんだな。しかし、オレをみくびってもらっては困る。オレはその連中とやらの仲間ではない。むしろオレは奴らの敵だ。そしてオマエも浦々笹波をかくまい続けると言うのなら……オレとオマエと連中の……三つ巴の浦々笹波争奪戦になるということだな」
「はぁ。俺にはよく分かんねーんだけどよ、そもそもどうしてお前達は笹波を狙ってるんだ? 確かに笹波の事を知っている事実は認めるよ。けれど俺にはあの腹黒娘がそんな必死になって追い求める価値があるのかと疑問に思うよ。ただの女の子じゃねーか」
 劇下がそう言うと、途端に竜胆の顔が青ざめてきた。
「ま、まさか、オマエ……何も知らないで浦々笹波と関わっていたというのか? 彼女に関わるというそれ自体がどういうコトかも理解しないで……」
 竜胆の態度が変わった。目を見開いて動揺している。
「? 何言ってんだ、お前?」
 劇下にはいつも冷静沈着な竜胆がここまで取り乱すわけが分からなかった。
「どうやら本当に何も知らないようだな。いや、何も知らないから良かったのかもな」
「さっきからわけ分かんねーぞ。一人で納得してないでどういう事なのか説明しろ」
 勿体ぶる竜胆のせいで、劇下もそれなりに真剣になってきた。
「フン。知らないのならそれに越したことはないが……何も知らないというのは公平さに欠ける。オレの目的は教えておいてやろう。オレの目的は――浦々笹波を囮として……彼女の父親であり、十一人の世界創造者の一人――浦々瀬埜(うらうらぜのん)を捕らえる事だ」
「な……にっ!? 十一人の世界創造者だとっ!?」
 十一人の世界創造者――。
 かつてこの世界の仕組みを全て解明した一人の天才がいた。知らない者は誰もいないが、未だその正体を知る者も誰もいない。その存在はもはや神としてみなされている。果たして今もこの世界にいるのか、あるいは……。
 そして神が解き明かした世界を研究し、維持しようとする十一人の天才がいる。実質的に世界を管理し、掌握している存在。彼らにはある崇高な目的があると言われているが何であるかは分からない。
 だが――それらの話は半分伝説のようなもので、おとぎ話とされていたのだが。
「十一人の世界創造者は確かにいる。そしてその中の一人が浦々笹波の父親だ」
 竜胆は長い髪を微かに揺らして静かに言った。
「な、なるほど、それで笹波をエサに使おうとしてるのか。そりゃ娘が人質に取られたなら動かざる得ないだろうよ」それにしても驚いた、と劇下は頭をボリボリ掻いた。
「違うぞ、劇下。オマエは勘違いしている。連中が浦々笹波を狙うのは単にオレから身を守るためではない。連中は浦々笹波を使って何かをしようとしている。浦々瀬埜にとって娘は研究材料でしかないのだ」
「何かって、何だよ」
「――オレがやろうとしている逆の事だ。オレは奴らの組織を壊滅させなければいけない……今の世の中の根本部分である組織を潰せばオレの悲願は叶えられるだろう。これはその足がかりとなる重要な仕事だ。浦々瀬埜を捕まえる事ができれば、今まで謎に包まれていた他の世界創造者の情報や、この世界の真の目的も聞き出す事ができる」
 そう語る竜胆の目には確固たる意思が宿っているように見えた。
「そうか。笹波に一体何の秘密があるのかは知らないけど、何かとんでもないモノを抱えてるってわけだな。事情は大体分かったよ」
 劇下は両手を挙げて、まるで降参するようなポーズをとった。
「なら劇下。オマエもオレと共に世界を変革しようじゃないか。オマエだって望んでいるはずだろう。かつて志同じくして……オレと肩を並べ戦ったのだから」
 竜胆は子供のように目を輝かせながら劇下に言い聞かせる。しかし劇下は。
「いいや。俺はこの世界がどうであろうと、その中で自分のやり方を貫いて生きるだけだ。時代についていけないようじゃ一気に老け込むぜ? ってことだ。残念だがお前に手を貸すことはできないし、勿論大人しく笹波を引き渡すわけにもいかない……帰りな」
 戯作劇下は口元を歪めて言った。
 劇下の答えを聞いた竜胆は特に落ち込んだ様子もなく、乾いた笑顔を向けて言った。
「フ……そう言うと思ってたよ。期待はしてなかったさ。突然旅に出たかと思えばいつの間にか戻ってきて、そして今度は訳の分からない道楽だもんな。お前の考えは分からんよ……今日のところは引き下がる。だが……次に会ったときは敵同士かもしれんぞ」
 そう言って、竜胆は劇下に背を向け、店を後にした。
「やれやれ……相変わらず古風な奴だな。ま、丁度いい暇つぶしにはなったかね」
 一人になった劇下は懐かしそうに目を細めて、小さく笑った。


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