超中二病(スーパージュブナイル)

エピローグ あるいは久我山玖難の冒険の始まり

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 ――一連の騒動から数日が経った。
 僕は何事もなかったかのように、いつものように学校に行って、いつものような日常を送っていた。
「おはようございます、久我山君」
 隣の席に座る歩餡がいつものように挨拶してくる。
「おはよう、歩餡」
 僕も挨拶を返す。当たり前で平和な一日。
 うん。やっぱり僕はこの生活が性に合っている。それ以外に思うところなんてない。まぁ具体的に言うなら、こういう事件にはつきもので、よくありがちな感情。なんだか物足りないとか、寂しいとかそういった感情。決して僕には一切合切ありませんよ。
 なんて考えに耽っているとホームルームのチャイムが鳴った。
 あれ――今なにか嫌な予感がしたんですけど。
「どうしたの、久我山君。嬉しそうな顔して」
 隣の歩餡が豆鉄砲食ったような顔で僕を見つめてくる。ていうか嬉しそう? 苦々しい顔の間違いでしょ。冗談はやめておくんなまし、歩餡さん。
「いや、なんて言うか……すごいお約束な展開が脳裏に浮かんでしまったんだけど……きっとそれは僕の思い過ごしだから気にしなくていいよ」
 ため息混じりに説明する僕。そうだ、僕は昔から心配性だからそんな事があるわけないんだよねー。
「ふ〜ん、でもなんかにやにやしていて気持ち悪いかな〜」
 きひひ、と笑ってそのまま会話を終わらせる歩餡。
 にやにや? なんだよ、それは。まるで僕が喜んでいるみたいな言い方じゃないか。ちっとも嬉しい事じゃないのにさ。つか気持ち悪いとはなんだ、酷いな。
 と、丁度その時担任の教師が教室に入ってきた。
「おっはよ〜」
 そして言った。
「みんな〜聞いて〜。とっても嬉しいニュースよ〜。今日から、わたし達のクラスに新しいお友達が入ることになりました〜」
「……」
 嫌な予感的中したよ! おいおい、嘘だろ。……いや、でも待て。転校生が例のあの人だとは限らない。ここは落ち着いて様子を――、
「浦々笹波さんで〜す」
 そうだったよ! やっぱり来ちゃったよ! 想像を裏切らないよ、この人! 変わらない安心感だよ、嫌な方向で!
 教師に呼ばれてゆっくりと華麗に教室に入ってきたのは、まごうことなき浦々笹波。
「浦々笹波です。よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げる。沸き立つ歓声。主に男性陣から。う〜ん、ベタにもほどがあるのでは……。
 それにしても、あの丁寧な物腰と清廉潔白な笑顔……改めて見ると浦々さん、綺麗な顔してるよな〜……って思わず見とれてしまった。いやいや、騙されちゃいかんぜよ。
「……ちらり」と、隣の席にいる歩餡を見てみると、
「……はわわわ」
 彼女は口を開けて絶句していた。というか、はわわとか言ってた。ん〜……ま、無理もないけどさ。そりゃ驚くよね。でも……なんかちょっと悲観的な顔にも見えるのは僕の気のせいだろうか。歩餡には後で適当な事を言って誤魔化しておこう。なにせ浦々さんが既にこの学校にいると思っていたんだから。
「そんじゃ浦々さん。久我山君の後ろ……あの一番端のとこ、そこ空いてるから座って」
 担任が僕の方を指さす。うわ〜……席も近くになっちゃうのね。
「はい」と言って、浦々さんが僕の方を見て笑った――ような気がした。
 はぁ……でもマジで転校してきちゃった。なんだか初めて浦々さんと会った時の事を思い出したよ。
 浦々さんはゆっくり僕の方へと――正確には僕の後ろの席――へと近づいていく。すれ違いざま彼女は僕にだけ聞こえるような小さな声で言った。
「ね、やっぱり私達クラスメイトだったでしょ?」
 おどけるような声だった。
 先が思いやられるよ。

 それでもどうにか、浦々さんの転校初日は無事に過ぎていき放課後になった。
 浦々さんは休み時間の度にクラスメイトに群がられ、結局僕は浦々さんとまともに会話を交わすことはなかった。で、何事もなくてよかったと僕が帰り支度をしている時。
「ちょっとついてきて下さい」
 後ろの席から浦々さんの声がした。思わず体ごと振り返った。
「……え、僕?」
「ええ、ちょっと用があるので」
 お上品に笑って見せる。浦々さんは相変わらずの猫かぶりだ。
「どこに行くんだよ」
 本性を知ってる僕はわざとぶっきらぼうに尋ねた。
「いいから。ほら、わがままは女の罪、それを許さないのは男の罪って言うでしょ?」
 と、浦々さんは僕の手を掴んで席から立ち上がらせた。短気なのも相変わらずだ。っていうかそのフレーズよく考えたら凄い傍若無人な言葉なんですけど。
 僕は浦々さんに引きずられながら、誰か助けて〜、と心の中で叫んだ。すると、願いが届いたのか――、
「ちょ、ちょっと浦々さんっ。あなた久我山君のなんなのよっ?」
 僕の隣から歩餡が浦々さんに食ってかかった。さっすが天敵同士。
 しかし浦々さんはそれにも動じず不敵に笑ってとんでもない答えを出した。
「ふふん、私と玖難は一言では語れない、切っても切れない深ぁ〜い仲なのよ」
 うん。確かにあんな事件一言では語れないけど、ある意味深い仲なんだけど。その言い方はやめてもらえません!? 歩餡がもの凄い怖い目で僕を見てるんだけど!? なんていうか僕が歩餡に切られそうな感じですよっ!?
 歩餡は俯いて顔を赤くして震えている。なんか怒っていらっしゃる!?
「く……久我山君の……」
 やばい、殺されるのかな。
「あ……歩餡。これはね、ちょっとした誤解だよ。浦々さんが言いたいのはつまり、え〜と……なんだろうね?」
 僕にも分からないよ。
「久我山君のばかーっ!」
「にゃぎいいいいぃぃぃ!」
 歩餡の右ストレートが僕に炸裂する。僕は倒れながら、歩餡がこの教室を走り去っていく姿を見た。教室に残っているクラスメイト達の言い晒し者だよ、僕は。
「大丈夫ですか、久我山君?」
 浦々さんがかがみ込んで、無垢な子供のような顔をして僕の身を心配する。いや、ていうかこれ全部浦々さんの罪じゃないか。全然無垢じゃないじゃん! ギルティな存在だよっ! なんで僕が殴られなきゃいけないの!?
「さぁ、これで邪魔者はいなくなったから一緒に帰りましょう、久我山君」
 もしかして歩餡を追い払う為に僕を利用したというのかい、浦々さん。
「ひ、酷い……」
 人間の優しさといったものをおよそ持ち合わせていない浦々さん。断わればこれ以上の過酷な罰が待ち構えているだろうことは明白なので、僕は大人しく浦々さんに従うことにした。バッドエンド。ちーん。

 そして浦々さんに付き合い、着いた先は随分とボロボロの小屋。
 いや……家か? まさか浦々さんこんなトコに住んでるの?
「そうよ。当分の間は私、ここで暮らすことに決めたの」
 学校の外では猫は被らないらしい浦々さん。そこに彼女のこだわりがある。
「で、でも……浦々さんを狙っていた奴らがまた……」
「だいじょぶだいじょぶ。私には頼れる用心棒がいるんだから」
「はい? 用心棒?」
 僕はもうあんな危険な目に遭うのは2度とごめんだぞ。そうだ、浦々さんとこれ以上関わる必要なんてないんだ。僕はここらで失礼させて……。
「はぁ〜それにしても今日は暑いわね〜……あ、とりあえず家の中に入りましょうか」
 まだ4月だというのに、なぜか僕に見せつけるように、わざとらしく胸元を開けてみせた浦々さん。うわぁ〜柔らかそうナリ〜。
「お邪魔します」
 帰ろうかな〜と思ったけど、少しくらいはいいよね。うん。決して下心とかそういうのじゃないよ。
 それで一歩中に入った瞬間――僕は驚きで目玉が飛び出しそうになった。
「よお、玖難じゃねーか。久しぶり」
 正面に見える部屋で戯作劇下が寝転びながら、ほっこりお茶飲んでくつろいでた。
「なんで劇下さんがここにいるんだよ!」
 驚きと悲観でドシュー、と吹っ飛んだ僕。色々な意味で僕は泣き出しそうになった。
「おいおい、玖難。なんでいるって、ここは俺の家なんだぞ。前の家はお前も知っての通り瓦礫と化してしまったからな。ってことでボロくなっちまったがここが俺の新居さ。なのにお前は家人に向かってなんて事言うんだ。お前はそんな奴じゃなかっただろ?」
 店も台無しになったし探偵業も廃業したのだろうか、劇下さんはアロハシャツを着崩したラフな格好で、軽薄そうに言った。
 あんたがいったい僕の何を知ってると言うんだ。
「いやいや、それより劇下さん。ここって劇下さんの家なんですか? え? じゃあ浦々さんは?」
 僕は浦々さんの方を振り返る。
「私は劇下さんの家にしばらく居候する事にしたの」
 にぱ〜っと、とっても可愛らしい笑顔で答える浦々さん。
「わあ! すっごい犯罪の臭いがする! こんなとこにいちゃ危ないよ、浦々さんっ」
「な〜にが危ないんだよ。危ないのは俺の方だっての。いつまた連中が襲ってくるのかも分からないんだからな」
 失敬な、と顔を曇らせる劇下さん。
「そうよ、玖難。私の方から劇下さんに頼んで、しばらくかくまってもらう事にしたの。その間はバイトっていう立場なわけ」
「なるへそねぇ……なんか納得できないけど……て、バイト? 劇下さん、まだあのバイト続けるんですか?」
 店あんなにボロボロにされたのに。
「ああ、世の中に行き過ぎた物語がある限り、俺はこの仕事を続ける」
 懲りないね〜。てか実際、どんな仕事なのか未だ全然理解できないんだけど。
「ふ〜ん。そうですか……だったら丁度いい機会ですから、いっそ店の名前も変えたらどうです? ノンアンコールショップって絶対普通の人には何の店か分からないですよ」
 まっ、僕はもう関係ないんだからいいんだけどね。
「そうだな。俺も前々から考えていたんだがな……あっ、玖難。それでお前にも言っておきたいんだけどな――」
 劇下さんは思い出したように口火を切った。はいはい、どうしたんです? 部外者の意見でよければズバリなんでも答えますよっと。
「――お前も今日から正式にここでバイトする事になったから」
 なんでだよッッ!
「ちょっと待って下さいよ! なんで僕までバイトするの? っていうか勝手に決めないで下さい!」
「しょうがないだろ……笹波の能力は特殊だし、いつまたアレが発動するか分からん。お前はこの間アレを阻止したじゃねーか。それに学校でも一緒なんだし、お前は笹波のお守り役にぴったりだろ」
 親指を立ててキラリと歯を光らせる劇下さん。なにそのナイスアイデアみたいな顔。全然ナイスじゃないじゃん! 僕、完璧とばっちりじゃん! 僕は保護者かよ!
「あら、なんで私が玖難なんかに……。私が玖難をお守りするのよ。ねぇ玖難ちゃん」
 僕の頭をなでなでしてくる浦々さん。ママだいちゅき。
「……って、それもうお守りと言うより浦々さんのおもちゃになっちゃってるよ!」
 これ以上僕の生活を狂わせないで!
「それよりも、ねぇ……」
 と、なんの前触れもなく、いきなり浦々さんは妖しげに目を細めて僕の瞳を見据る。
「なっ、なんだよ、浦々さん……」
 急なことに僕はどきりとして体を硬直させる。
「私のこと名前で呼んでよ、玖難」
「……はい?」
 いきなり何を言っているのだ、この人は。
「だから、名前で呼んで。この前はちゃんと呼んでくれたじゃない。……だって私達3人の中で、名前で呼んでくれないのは玖難だけじゃない? 私達はお互い、名前で呼び合う義務があるのよ」
 何をわけの分からないことを言っているのだろう。だってそれじゃあまるで。
「――だって私達、家族じゃない?」
 か、家族?
「……どこがだよ。ついこの間までまるっきりの赤の他人だったじゃないか」
 なんでいきなり家族になるんだよ。本当にわけが分からない。
「そういう設定よ。今度はそういう風にあなた達を利用するのよ」
「は、はぁ……利用ね……前回は失敗したってのに懲りない人だ……」
 物語のストーリーをねじ曲げるために、また僕達を利用するっていうのかよ……不穏な気配しか感じない展開だぞ……なのに、どうして……。
「前はお互いの信頼関係が足りなかっただけよ」
 なんてことまで言っちゃってるし。僕だってそれは同じだよ、まだ信用しきれてないって……なのに、それでも……どうして僕は。
「……はぁーあ、本当なんでこんな事になってしまったんだろうな」
 僕は誰にともなく呟いた。
 だってこれじゃあまるでライトノベルだよ。物語の序章みたいな感じじゃないか。ここからもっと大きなお話が繰り広げられるみたいな、そんなノリだよ。完全に。そんなの僕が一番危惧するパターンじゃないか。これからもっともっと大変な目に遭うのが目に見えるようだよ。僕はいつもこんな貧乏くじを引かされるから参っちゃうよ、ほんと。
 ……だけど……まあ。
「それはそれで悪くないかもね、笹波さん」
 降参だよ。とりあえず僕は大人しく世界に従うしかない。僕はその場のノリに流されてしまう人間なのさ。
 それに、僕はこの世界が嫌いだけど、父が僕に言おうとしていた意味がなんとなく分かったから。
 そう。きっと、僕も笹波さんも、今が楽しいはずなんだ。
 だから――今ここで僕達3人の世界を取り巻く、大きな物語が幕を開けたんだ。
 たとえそれが劇の中で演じる、偽りの劇であったとしても。
 現実と虚構の境界線上で、僕はこれからも生きていくのだ。


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