超中二病(スーパージュブナイル)

第一章 久我山玖難の新しい日常

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

右城條区の回想 2

 
「と、いうわけで私はやはりあなたの提案には従うことはできませんね。つまり私達は協力関係を結ぶことはできません、藤田会長」
「そうかね……君は実に優秀で、それに若い。君のような若者と手を組めるのなら儂も大層喜ばしい事だったのだが……」
「光栄です。この国の経済界に多大な影響を与えていらっしゃる藤田会長からそのようなお言葉を頂けるなんて、私には勿体ない言葉です。ですが、私の意見は変わりません。私は今度の市長選挙に出馬します。そして……そうなると私の当選は確実でしょう」
「ふふ、やはり君は儂が見込んだ通りの男のようだ……だがね、逆に言えば君のような男は敵にまわすと驚異となる。長年の勘で分かるのだよ。今はちっぽけな若造でもいずれ君は儂を脅かす存在となるとな」
「……それでは失礼します」

 何とも嫌な人間だ、藤田卓次。己の利益の為には何でも利用とするその精神、虫唾が走るよ。まるでオレ自身を見てるようだ。そして今度は市長の座を狙う……か。
 だけど、これで次の市長選……オレのものだ。あいつの配下となって安全なポジションで飼い殺しになんかされてたまるか。何でも利用するのはお前だけじゃないんだよ、藤田。オレは王となって全てを手に入れるんだよ……くははっ。
 それよりも――さっきから妙な気配を感じる。もしかして誰かがつけてきているのか?
 オレの気のせいじゃない。まさか藤田が送り込んできたのか? ビルを出てからずっとつけられていたのか? くそ、オレはなんて不用心なんだ……しかもよりによってこんな人通りのない路地裏にいるなんて。
 その時――どこかから声が聞こえてきた。
「もう気付いているんだろう? アンタ」
 子供のような高い声だった。――女か?
「何故だって? だってボクがアンタに気付くように敢えて気配を現したんだよ〜……右城條区ぅ〜」
 ……まずい。オレは今まで何度も危ない橋を渡ってきたから直感で分かる。こいつはやばい人間だ。
「ど、どこにいる……オレに気付かせたって事は何か話があるんだろう? 姿を見せろよ」
 こういう時は強気でいるべきだ。少なくともいきなり殺される事はない。
「ふふ〜んっ。さすがだね〜右城條区。こんな状況でもそんな態度がとれるなんてね」
 ……その声は、オレの真後ろから聞こえてきた。
「なっ――?」
 とっさに振り向けば、意外なことに――小柄な少女。真っ白なコートに、真っ赤な髪とやけに個性的な格好をしている。背筋が一気に凍り付いた。
「き、貴様いったい何者だ!?」
「おおっと、これは失礼。ボクは一二三黄泉(ひふみよみ)。フリーの殺し屋をやってるよ。今はね、藤田のおっさんに雇われててね、君を殺すように命令されて来たんだ」
 やはりそういうことか……あのクソじじい……奴はいずれ、どうにかしなければと考えていたが……先手を打たれたか。
「でもね〜右城條区。ボクはおっさんからこうも言われているんだよね。右城條区が素直におっさんの手下になるのなら命は助けてやるってね……さぁ、どうする? 右城條区。別にボクとしてはどっちでもいいんだけどね〜。あっ、ボクは殺し屋だけど殺しが好きってわけじゃないからね。ボクの場合、殺す為の手順が少々面倒臭いしぃ」
 頭の上で腕を組みながら気怠そうに語る一二三黄泉。随分余裕じゃないか。
「だったら残念だな。答えなんて聞くまでもない。ノーだよ。オレは誰の下にもつかない。オレは常に頂点なんだよ。お子様には難しいかもしれんがこれがオレの生き方だ」
 オレは上り詰める為には何でもやる。時には誰かの下につく事も確かにあった。だがそれはオレが踏み台として必要な場合の話だ。今回は断固として拒否させてもらう。藤田、貴様はもう利用価値のない、社会の廃棄物なんだよ。
「……そう。そうなんだ。断っちゃうんだ〜。面倒臭いけど、やっぱり断ってくれて嬉しかったな〜ボク。だってね、ボクちょっと怒っているんだよ」
 殺し屋が俯いて肩を震わせている。さぁオレも覚悟を決めないとな。こんなところで死ぬわけにはいかない。だったらオレは憎むべき自分のこの力を使うしかないのか。
「よくもボクに向かって言ってはいけない事を言ったなッ! 誰がお子様だとぉ……」
 一二三黄泉はオレが言った些細な事に傷ついているみたいだ……。馬鹿らしい。
「くだらない。そんな事をいちいち気にしてるからお前はお子様なんだよ、小娘」
 挑発は十分だ。かかってこい。できればこんな力使いたくはなかったのだが……。
「……右城條区。君を殺す前に宣告しておきたい事がある」
 なんだ? てっきり逆上して襲いかかってくるものだと思ったのだが……。
「ボクはね、殺し屋なんだけどさ、実は腕力も体力も自身がなくてね……正直、気配を消すような殺し屋としての基本以下の事位しかできないんだよね」
 一体何を言っているんだ、こいつ。だが……うかつには動けない。
「でもね、それなのにボクは自分で言うのもなんだけど、結構裏の世界じゃ有名な殺し屋として恐れられてるんだ。うん、それというのもボクにはある特別な力があるんだ」
 ……こいつ、やはり能力者か。
「ボクの持っている力はね……対象となる相手の命を確実に奪う呪いのようなものなんだ。この呪いにかかった相手は確実に死が訪れる。イメージ的には寿命が著しく急速に減るような感じかな。呪いにかかってすぐに死が訪れる場合もあれば、長くても数日後に訪れる。死因も様々だよ。病死、事故死、自殺、他殺といった具合に。その辺は曖昧だけどさ、けれど確実に言えることは、この宣告を聞いた者は確実に死ぬってことだよ……最後まで傾聴ありがとう、右城條区。これで君は死んだ。ボクの死神の宣告(ゴースト・ウィープス)によってね」
「こいつ何を言って……なっ……し、しまったっ!」
「そうだよ、右城條区。死神の宣告は呪いの仕組みを話すことで相手に効果を与えられるんだ。呪いというのはかける相手に、自分が呪われているんだって理解させることで初めて効果が現れるんだからね。まぁ、それは思い込みによるものなんだけどっ」
「く、くそっ……このガキめっ」
 なんというでたらめな能力なんだ……。こんなの反則すぎるじゃないか。だからオレはこんな力なんてものが大嫌いなんだっ。か、考えないと……どうすればいい?
「最後の悪あがきでもするか〜? ふふん、でも何をしても無駄だよ。死の運命からは決して逃れられない」
 受けた呪いの解除。それは、それは……。駄目だ。できない。……ならば。
「分かったっ。降参するよ。オレは藤田に従う。だから助けてくれ、お願いだ!」
 オレはこんなところで死ぬわけにはいかないんだ。手段は選ばない。だから今は恥も外聞もなく命乞いをする。オレは一二三黄泉の手を握ってみっともなく懇願する。
「往生際が悪いね〜、右城條区。でもアンタには悪いんだけどさ、この宣告を受ければボクでも解除することはできないんだよ」
 くそっ。なんともありがちな約束事じゃないか。本当に……なんていう能力なのだ。
「そ……そんな。オレは。オレは……」
 すると一二三黄泉は、すがりつくオレをはねのけながら言う。
「分かったからいい加減手を離してくれないかな。ま、こうなったらもう諦めて残り少ない人生を謳歌しなよ。といってもあと数分しかないかもしれないけどね……それじゃあ、ボクの仕事はここまでだから……ば〜い、右城條区」
 ゆっくりと遠ざかる殺し屋の背中を呆然と見つめていた。
 オレは……笑いがこみ上げてきそうだ。


 ――翌日、オレは新聞記事によって藤田卓次の死を知った。
 どうやらオレと密談を交わしたあの部屋で死んだようだ。死亡時刻は昨日オレが殺し屋に襲われて間もないこと。死因は心臓麻痺らしい。
 ……一二三黄泉、オレの思い通りに動いてくれたじゃないか。オレの元を去ってからすぐに戻って、藤田に報告してきてくれたわけだな。思わずにやけてしまう。
 本当に何から何まで……あいつはなんてオレに相性がぴったりなんだろうな。
 あの能力、まるでオレの為にあるようなものじゃないか。
 ――オレの能力は引き継ぎ(テイク・オーバー)。どんなモノでも移行させることができる。相手から自分へと。自分から相手へと。怪我でも病気でも能力の効果でも……たとえそれが逃れられない死であってもだ。
 昨日の場合は直接あいつの手を握り、死の効果をオレから一時的に一二三黄泉へと返還したが……まさかこうまで上手くいくとは我ながら感心するよ。
 オレは一二三黄泉にただ能力を移行させたわけじゃない。死神の宣告の移行後、一二三黄泉が最初に会話した相手に、死神の宣告がさらにもう一度だけ移行するように細工した。まぁ、一二三からすれば、無意識に能力を発動させられたかと思うかもしれないが。
 くくく。あの小娘にとって、まさにオレの能力は天敵。これで目障りな藤田は消えた。一二三黄泉もボスを殺したとあっては命はないだろう。ボス殺しの汚名を着せられた奴は既に他の殺し屋に始末されているか、あるいは上手く逃げおおせたか。
 ふふ、どっちにしよもう会う事はないよなぁ、一二三ぃ。
 感謝するよ。お前のおかげでオレは野望に一歩近づいたんだから。
 だが、お前達が悪いんだぜ、オレに能力なんて忌々しいものを使わせたんだからな。
 くくく……そうだ、いずれオレはこの世から全ての異端を抹殺する。


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