超中二病(スーパージュブナイル)

第2章 激闘交錯

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

5

 
「がはっ……くそっ!」
 大きく振り下ろされたハンマーが床を砕き、反動で吹き飛ばされた瓦礫が劇下の体を打ち付ける。それだけで、劇下の体は弾き飛ぶ。
 戯作劇下は苦戦していた。顎奇の巨体から繰り広げられる攻撃は直線的で単純なハンマーによるものだけだが、何しろその一撃が重い。当たればどれもが致命傷である。なんとか今まで直撃を喰らうことはなかったが、かすっただけでも骨が軋むほどの威力だ。
「くっ……なのにこっちの武器はちっぽけなナイフ一本なんてな。最悪だ」
「がははーっ! 弱音はいかんぞっ、劇下ぁ! 男ならたとえ得物がなくとも己の体ひとつで立ち向かわんかぁい!」
 海パン姿の顎奇は豪快に笑う。
「自分はそんなハンマー使っておいて無茶言うなよ……」
 明らかに劣勢。劇下はなんとか顎奇の隙を狙い、何度かナイフで切りつけてみたが、かすり傷ひとつ付かない。分厚すぎる。こんなナイフでは傷ひとつ付かない。
「そこは運が悪かったと思って諦めろ! どうした、劇下。もうここまでか? あまり時間をかけると姉貴にまた叱られるからな。どれ、そろそろうぬに引導を渡してやるわ」
「ちくしょう……どう考えても勝てる見込みがない。だったら仕方ねぇ、覚悟を決めるしかなさそうだな」
 そう言って劇下は目を閉じてゆっくりと深呼吸をする。
「何をするかと思えば戦闘放棄か。おぬし、ワシの見込み違いだったというわけかっ」
 顎奇は落胆した目でゆっくりと劇下に近づいていく。
 その間の刹那の出来事――。
 今までとは比べものにならない程の破壊音が響いた。
「なっ――」
 響く震動。2人に伝わる衝撃。そして感じる恐怖。
 それだけで理解できる、圧倒的な力。暴力。それは人の域をはるかに超えた存在。
「なんじゃぁっー、こりゃあー!?」
「くっ……こ、これは……上からっ!?」
 突然の出来事に顎奇も劇下も為す術がない。建物の天井から徹底的に破壊された残骸が店中に降り注ぐ。天井という概念が消え去ってしまったかのように、上には青空が広がるのみだった。廃墟と化した店内に太陽の光が差し込む。舞い散る埃がキラキラと輝いている。短い静寂が続く……一体、何があったのだ? 2人は上空を見つめている。
 そこに、どこからともなく声が聞こえた。
「はは〜、いや、悪い悪い。ついやりすぎちゃったよ、劇下〜。だが許せよな。だって登場シーンは格好良く決めるっていうのがワタシのポリシーなんだからさっ!」
 と、聞こえてきた声は上空ではなく、なんと2人の間からだった。
 瞬間、2人は自分の死を強烈なほどに感じ取った。生物としての本能。食べられる立場としての捕食者の存在。
「なっなんじゃあっ! いつの間にっ、全然気付かんかったっ! 何者なんじゃあ!」
 店内中に霧散する風塵がようやく収まりをみせ、2人の間に立った人物の容姿を浮き彫りにする。
「……まさかとは思ったけれど、パラソル。お前が出てくるなんて……悪夢だな」
 劇下は突如現れた人物の正体を知って、安堵するよりさらに強く恐れを抱いた。
「あっははー、何言ってるのさ〜。劇下がピンチの時はいつでも駆けつける、それがワタシ、全宇宙究極の存在、虚仮書(こけかき)=胡蝶(こちょう)=パラソルじゃないか〜」
 腰下まで届く手入れのなされていない虹色の髪。瞳の色は見る角度によって左右共に別々の色に映る。生物として異才を放った人間。カタチだけ見るならば、目の前にいるのは小柄な女。だが劇下は知っている……それは人間の枠を大きく外れた化け物だと。
「……」
 顎奇も劇下も女を前にして全く動けなかった。
「2人共なに葬式みたいな暗い顔して黙ってるんだよ〜。別にワタシは2人をとって食おうとしてるわけじゃないよ〜。部外者のワタシが余計な真似するつもりはないって。だけどね、劇下の事なら話は別だよ〜? 劇下はここで死なすには惜しい存在なんだ。だからそこのデカブツ。劇下と戦いたいなら……代わりにワタシが相手になってやるぜ?」
 女は、様々な色に映る瞳で顎奇をひと睨みする。
「ひ、ひいっ……」
 その巨体に似合わず、顎奇は子供のように怯えていた。劇下も内心は顎奇と同じようなものだったが、今までの恨みを晴らすように顎奇を挑発する。
「おっ、どうした顎奇さんよ〜。さっきまでの威勢の良さはどこいっちまったんだよ〜。そんな態度お前らしくないぜ〜」
 ついつい調子に乗って、言わなくてもいいことを言ってしまうのが劇下の悪い癖。
「ぐぅっ……そ、そうじゃ、ここで逃げたらワシは自分を一生許せんようになる……それだけは嫌だ。ワシは常にツッコミなんじゃ〜っっっっっっっ!」
 劇下の挑発が逆効果となってしまったか、顎奇はハンマーを握りしめ虚仮書=胡蝶=パラソルと名乗った女に相対した。
「はぁ〜……いやいや〜、そういうプライド、ワタシは好きなんだけどさ〜……あんた自分で悟ったんでしょ? ワタシと戦ったら命はないって。その上で立ち向かうってのは命を無駄に捨てるのと同義じゃない。はぁ……ワタシはそういうのは嫌いだなぁ〜」
 と言って、面倒臭そうにパラソルは頭を掻いた。全く構えがない。隙だらけだ。
 顎奇が己の体を軸にしてハンマーを振り回し始めた。勢いが次第に増していく。
「確かにそうかもしれんがのぉ……まだワシが負けるって決まったわけじゃねぇじゃろーッ!!!!!! くらえっ! 奥義、トルネードォォォハンッッマァァァァ!!!!」
 顎奇がハンマーの遠心力でもの凄い回転をしながらパラソルにツッコんだ。
「はは〜……なかなか剛気な男じゃない、あなた。ワタシそういうのは好きだな〜」
 それでもパラソルは戦闘態勢をとろうとしない。それどころか避ける素振りもない。
「なっ……パラソル。お前正気か? あんなのを喰らったらいくらお前でも……」
 劇下の言葉は途中で続かなくなった。信じられない光景を見てしまったから。
「なっ、なんじゃとおおお! ワシのツッコミを受け止めただとおおおおおおっ!!」
 ピタリ、と。顎奇の2メートルはあろうかという身長の、その半分以上はあるハンマーを、小柄な女であるパラソルは――それを片手で止めていた。
 全身から流れる汗と、顔を真っ赤にして歯を食いしばっている様子から、顎奇が全力でハンマーを振り下ろそうと力を入れているのが分かる。それなのに時間が止まったように、パラソルは清々しい顔でびくとも動かない。
「なっ、なんでじゃあ……なんでじゃあ……」
 顎奇の体が震えている。巨体から流れる尋常じゃない量の汗は、きっと恐怖からきているものなのだろうと劇下は思い至った。
「ほ〜ら、これで分かっただろ? あんたがワタシに勝てるなんて1%もあり得ない」
 パラソルは顎奇の目を見据え不敵に笑う。これで、これだけで顎奇の心は折れた。
「う、うわああああああああああああーーーッッ!」
 顎奇が、それこそ建物が崩壊しそうな程の悲鳴を上げると、ハンマーを落としてその場にへたり込んでしまった。
「大丈夫、大丈夫。殺しはしないって。さっきも言ったじゃん……ワタシはただの部外者。本来ならこうして2人の邪魔するのもタブーなんだけど、ワタシのワガママで介入しちゃっただけ。悪いのはワタシの方だよ。ごめんね、怯えさせちゃって」
 パラソルは両手を合わせ謝る。顎奇はパラソルの顔から目が逸らせないまま、なんとか逃げようと腰を抜かしたまま、みっともなく後退している。その姿は哀れですらある。
 顎奇の心も知らずパラソルはあることに気付いたようだった。
「あっと、ねえねえ、ハンマー忘れてるよ、はい。ちゃんと手に持って……」
 パラソルは落ちていたハンマーを軽々と片手で持ち上げて顎奇に手渡した。
 それが――きっかけだった。
「わ、わああああーっっ!」
 ハンマーを手渡された瞬間、顎奇はまるで幽霊を見た子供のように全速力で建物から逃げ去っていった。
 後に残されたのは戯作劇下と謎の女、虚仮書=胡蝶=パラソル。
「あーりゃりゃ〜。随分ボロボロだね〜、劇下の店」
「……半分はお前の責任なんだけどな。主に天井部分全般が」
「ほら……見通しがよくなって日当たりもいいし、良かったじゃん!」
「よくねーよ……はぁ。ほんと、最悪の一日だ」


inserted by FC2 system