超中二病(スーパージュブナイル)

エピローグ あるいは久我山玖難の冒険の始まり

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 その日は雨だった。
 浦々笹波は市民ホールで開かれている右城條区の葬儀に参列していた。
 黒いスーツに身を包んで大勢の人でごった返す会場の中で、肩身の狭い思いで端の方に立っていた。
「――私達は大変惜しい人物を失ってしまいました」
 さすが現役の市長というだけあって、その葬儀は盛大に行われている。マイクを持った喪服の女性が声を落としてしみじみと司会を進行させていた。
「右城條区市長はその革新的な政策と行動力により、多くの敵も作ってきましたが、同時に多くの人々達から慕われてきました。ここに集まっている方々の数を見ればその人気が伺えますでしょう」
 なんとなく浦々笹波は壇上にある豪勢な棺に目をやった。近くに誰もいない絢爛豪華に飾られた棺。丈夫そうなその黒い棺はしっかりとフタが閉じられ静かにそこにあった。顔の部分だけが開かれるようだがこちらからは見えない。あの棺の中に右城條区が――ついこの間まで敵対していた人物が永遠に目覚めない眠りについているのだ。
 耳をすませば外から雨の音が微かに聞こえてくる。
 浦々笹波はふと思った。
 どうして自分がここにいるのだろう。自分をさらった人間の葬式に出るのはなぜだろう。
 笹波には分からなかったが、もしかしたらその答えは、右城條区が死んだ時に自分が流した涙にあるのだろうと思った。右城條区と自分には、なにか繋がりのようなものがあるのかもしれない――と。
「さて、みなさん。それでは最後に故人にお別れをしましょう。盛大な拍手でお送り下さい」
 司会者が声を張り上げて言った。
 いよいよフィナーレだ。浦々笹波が背中を預けていた壁から離れた――その瞬間だった。
 フッ――と、突然、視界が真っ暗闇に包まれた。
「えっ? なっ、なんだっ!? 停電かっ?」
「み、みえないっ。おい、どうなってるんだ」
「お、落ち着いて下さい。しばらくすればすぐに戻りますのでみなさま落ち着いてくださいっ」
 どうやら停電のようだ。ちょっとしたハプニングによって周囲は少し混乱状態に陥った。だが、司会者の言う通り1分もかからない内に照明は戻り、会場は再び光に満たされた。
「申し訳ございませんでした、みなさま」
 どうやら電気系統のトラブルで停電したようだった。
 司会者が丁重に参加者に詫びて、葬儀が再開される。
 だが。
 本当のトラブルは、このあとに待ち構えていたのだ。
「それではみなさま、右城條区さまに――」
 と、司会者の女性が右城條区が眠る棺に近づいていった。その時。
「えっっ? な、なに……なんで……うそっ!」
 司会者の声が、明らかに変わった。葬儀にふさわしくない、感情的な声。
 司会者はよろよろとおぼつかない足取りで後ろに下がった。
 どうしたんだ……と、会場がまたも騒ぎ出す。
 司会者は放心したようにその場に崩れ落ちた。近くにいた人達は司会者を介抱する。
 やがて、いてもたってもいられなくなった人々が、右城條区の眠る棺へと近づいて――フタの開いた顔の部分を覗き込む。
 その瞬間、またも悲鳴があがった。
 何人かが棺から逃げるように離れていく。何人かは棺を強引に開けようと手をかけた。スタッフ達が止めに入って来る――が、彼らの制止も虚しく棺のフタは開け放たれた。
 そして次の瞬間、浦々笹波の耳に、信じられない言葉が飛びこんで来た。
「なあァっっ! い、いないッッ!!!!??? 右城條区がいなくなっている!!?」
 しばらく、沈黙が流れた。
 いなくなった。誰が? 右城條区が。死んだはずの右城條区が。いつ? 停電の時しかない。でもフタはしっかり閉まっていた。それに停電は1分もなかった。なぜ。
 浦々笹波の頭の中で思考がぐるぐる回っているうちに――会場は騒然となった。
「きゃあああああああ!!!!!」
「う、うそだろっっ!!! そんなっっっっっ!!!!!!」
 棺に駆け寄る者やその場に崩れ落ちる者。会場から逃げようとする者までいて会場はもはや葬儀場のそれではなかった。
「つ、ついさっき見たときは確かにいたのに……なんでぇ」
 マイクに通された司会者の声は、今にも泣き出しそうなくらいに震えていた。
 もはや式は破綻したも同然だった。
 当たり前だ。この式の主役(右城條区)がこの場所から消え去ったのだから。
「…………」
 右城條区の死体が消え、パニックに陥った式場の中。浦々笹波は静かに、ただじっと棺の方を見つめていた。
 まるでそれが、自分の役目であるかのように――。


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