超中二病(スーパージュブナイル)

第2章 激闘交錯

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

8

 
 ある意味さっきよりもマズイ状況。僕は竜胆灯火を前にして一歩も動くことができなかった。
「さぁ、オレと共に来るんだ、浦々笹波。大丈夫だ、君を危ない目に遭わせないことを、オレがこの命にかけて保証する」
 竜胆が浦々さんへとにじり寄る。浦々さんは竜胆をじっと睨みつけながら後退する。
 僕は――何もできない。
 そんな僕の様子に気付いた竜胆灯火は、言った。
「……どうした、久我山少年。先程の殺し屋に対して君は果敢に立ち向かったというのに、今はただ見ているだけじゃないか。それでも男か?」
 竜胆灯火、お前は何がしたい。みすみす敵を増やそうというのか。それとも……僕なんかが抵抗したところで竜胆にとっては何の障害にもならないとでも言いたいのか。
 竜胆灯火は懴忌とは違い、まだ話の分かりそうな相手ではある。しかし――先程の懴忌との戦いで見せたあの化け物じみた力。確かに僕なんかが出て行ったところで結果は何も変わらない……。でも。
「竜胆さん、教えて下さい……あなたは何故そこまでしてこの世界を変えたいのですか」
 この男がそこまで必死になる理由……どうしてここまでの情熱を持っているのだ。
「……」
 竜胆灯火は少し躊躇った後、ゆっくりと口を開いた。
「世界は一部の人間達によって閉じ込められた。内側とすることで世界自体を作品に変えた。確かにそうすることで嫌な部分や汚れた部分は見えにくくなったかも知れない……しかしそれは所詮虚構の世界でしかない。本物じゃない! 君はそれでいいのか? たとえ傷ついても、思い通りにいかなくても、それが人のあるべき姿だと思わないのか?」
「ぼ、僕は……それでも」
 僕には竜胆の言っている事の意味がほとんど分からない。多分『虚構革命』の事を言ってるんだと思うけれど……。僕は、なんだか気分が悪くなってきた。
「いいや、久我山少年。君はただこの状況に流されているだけだ。だがそれもこの世界の仕組みに囚われているという事なんだぞ。自分の意思を持て。世界から己を解放しろ」
 世界は世界だ。本物とか偽物とか知ったこっちゃない。そんなもの勝手に誰かが決めただけのもの。……気分が悪い。僕は吐き気を紛らわせるために仕方なく口を開いた。
「でも仕方ないです、どんな場所だって自分がいるところが世界なんですよ。たとえこの世界を出たとしても、そこが本当の世界なのかは分からないですよ……。本当の世界なんてないのかも……。実は僕も今の世界はそんなに好きじゃないんです。でも」
 上手く説明できない。僕は何を言っているんだろう。僕だって……竜胆と同じじゃないか。本当は、この世界が。とても、とても、とてもとてもとてもとてもとても。
「……そうか、分かったよ。けれどもオレは己の道を通す。ならば意見の衝突する君とオレは戦う運命しかないわけだ」竜胆が僕に殺気を向けた。
 僕は体の震えが止まらない。
「僕は……あなたには勝てない」
 戦うなんて馬鹿げている。こんな男と戦っても勝負になるわけない。
「久我山少年、確かに君は無力だ。そう、結局は力がものを言う場合もある。その力というのは何も腕力的なものだけじゃない。知力であれ、政治力でもあれ……おおよそ力と呼べる全てのものだ。力だけが全てじゃないとは思うが、なくて困るものでもない……そう、オレが世界を変えると言うからには、それら全てを包括する程の圧倒的な力をオレ個人で所有しなければいけない。どんな場合でもオレに敗北は許されないのだ……それ故にオレは世界最強にならなければいけない。たとえ、己に矛盾した方法であろうとも」
 地面に這いつくばった僕を見下ろしながら、竜胆は語り続ける。
「この場合、オレの力が君を上回ったからこんな結果になった。だが悲観することはない久我山少年。君だけが持っている力も確かにある。オレなんかじゃとても及ばない力が」
「な……それは……」
 竜胆を上回る力が僕にあるだと……何なんだそれは。
「それは君が自分で見つけなくちゃいけないものだよ。……それじゃあそろそろオレ達は行くよ。時間もないからな」
 突然、竜胆はくるりと僕に背中を向けた。
「ま、待って……どこに」
「それは教えられない。ただ……君がオレの見込んだ通りの男ならば、きっと再会する事になるだろうな、近いうちに。……また君と戦える日をオレは楽しみにしてるよ」
 そして竜胆は浦々さんを連れて静かに歩き出した。
「う……浦々さん。きっと、きっと……助けに行くから……」
 遠ざかる意識の中で僕は、浦々さんが立ち去っていく背中をずっと眺めていた。
 僕はかすれる視界の中で、浦々さんがこっちを振り向いて口を開いたのを見た。
「――もう私のことは忘れて、玖難」
 人形のような白い顔は……とても冷たい表情で、それはとても悲しそうに見えた。
 僕の記憶はそこまでだった――。


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