超中二病(スーパージュブナイル)

第3章 舞台上にて踊る者

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

右城條区の回想 4

 
 右城條区の快進撃はとどまるところを知らなかった。
 市長就任後、強力なバックボーンを手に入れた右城條区は、政財界においてもその存在感を際立たせるようになってきた。
 そして彼に黒い噂が立ち始めてきたのも同じ頃だった。
 ある日、右城が講演会に行ったときの話だった。
「お疲れ様でぇす、右城條区市長〜」
 右城の講演が終わったのを見計らったように、沖浦がやって来た。
「ああ……沖浦さん。来ていたのですか」
「はい、今日は右城市長にお願いがあって来ましたぁ」
 相変わらずマネキン人形のような、ロボットのような、偽物くさいスマイルを終始浮かべて見せる沖浦。
「またオレに手を汚させるつもりか」
 聞こえないように小さくため息を吐く右城。
「えへへへ〜〜。今回は非常に簡単な雑務ですよぉ」
「雑務……ですか」
「そうでぇす。あなたに護衛して貰いたい人物がいるのですよぉ」
「護衛……?」
 それは、今までにない珍しい仕事だった。
「そうです。不服ですかぁ?」
「いいえ。ですが……どうして私がそんな子守のような真似を……」
「くくく……それはですね、単に人手不足だからですよ。それにあなたなら信用できます。念のためにこちらから優秀な用心棒を付けておきます」
「用心棒ですか……そんなに重要な人物だということですか?」
「ええ、大変に重要人物でありますよ〜。なにせゼノン様の娘なんですよ……浦々笹波という名前です」
「……なっ!? む、娘っ!?」
 瞬間。右城はとてつもない衝撃を喰らったように、目を見開いて体を硬直させた。
「? おや、どうかしました? ゼノン様に娘がいることがそんなに驚きでした?」
 沖浦は右城のあまりに大きなリアクションに、珍しく動揺してみせた。
「い、いえ……なんでもありません。それよりも、いきなりどうして娘の護衛なんて」
 沖浦の不可解そうな顔を向けられて右城は、ようやく落ち着きを取り戻した。それを感じ取ったらしい沖浦は話を進める。
「ええ〜、ちょっとねぇ〜。元々いろいろな国を巡られている笹波様なんですけど、今回はある用件でこの国へやってくる事になりましてねぇ。しばらくの間なんですけどね。ですが、ある情報筋によると彼女を狙おうとする者がいるらしいのですよ……実を言うと笹波様にはある特別な力がありましてね〜」
 ある用件に、ある情報筋に、ある特別な力……駒でしかない右城には多くは語られないのだ。
「そうですか。その娘は能力者……なんですか。それでその期間私が彼女の身の安全を確保すればいいのですね?」
「ええ、その後、決められた日時に空港まで送って頂き、笹波様を決められた飛行機に乗せてそれを見送って頂ければそれでお仕事は完了です。ねぇ、簡単でしょう?」
 沖浦はニコニコ笑いながら両手を小さくあげた。
「彼女はこの国に滞在した後どこへ行くのですか?」
 右城の質問に、沖浦は困った顔をして少しのあいだ言いよどんだ。
「う〜ん……なるべく秘密にしたいのですが、まぁそれくらいは構わないでしょう。お父上の元です。ゼノン様がね、笹波様の力をどうしても必要としているのですよぉ」
「力を必要……一つ教えてくれませんか? 特別な力ってどういったものなんですか? 私の仕事に差し支えがあるかもしれません」
「……うふふふふ。それは言わない方がいいでしょう〜。世の中には知らない方がいいこともあるのですから〜。でも大丈夫ですよ。大した事じゃありませんし、あなたが気にするような力ではありません」
「でも今回の護衛と何か関係があるのでは……?」
「ないですよ〜、これは万が一のためですよ〜。ただ娘の身が心配だから念のために厳重な警護をつけるとか、そういう風に思って頂いて結構ですよぉ。ゼノン様も1人の親というわけです〜」
 沖浦の言葉にはどうにも気にかかる点が多い。しかし命令は絶対。従うしかない。
「そうですか……分かりました。引き受けましょう……と、言っても私には選択肢なんて初めからないのですけれどね」
「そういう事でーす。笹波様はあなたとも比較的年齢も近く、市長という立場からある程度は信頼もしてくれるから大丈夫でしょう。用心棒の方達にもあなたの下に付くように言っておきますねぇ」
 さらっと言う沖浦の言葉の中に、用心棒という物騒な言葉が引っかかった。
「……その用心棒という方はどのような人で?」
 不審げな顔で右城は尋ねる。
「はい、殺し屋ですが? その筋では残虐姉弟と呼ばれる有名な2人組でぇす。あなたもこちらの世界に足を踏み込んだのなら聞いたことあるのでは……?」
「そうですね。なにぶん日が浅いもので私にはその世界の事はあまり分かりません」
 冷たくきっぱり言い切る右城條区。殺し屋なんて自分とは住む世界が違う人間達だ。
「ふっふっふ」と、右城の答えに対して、沖浦はただ不気味に笑っていた。
「何がおかしいのですか?」
「いえいえ。ただね、あなたはまだ悪の自分を認めたくないのだなと、思いましてね」
「……市長の私が言うのもですが私はすでに悪です。あなた達に出会うずっと前から」
 右城は視線を地面に落とし、何もない場所を凝視した。
「そうでしたねそうでしたね。すいません、悪気があった訳じゃありませんので……それでは私はこの辺で失礼します。浦々笹波様のこと頼みましたからね……彼女はこの世界の運命を担った特別な存在なのですからぁ」
「ええ、任せて下さい……いつものように仕事は完璧にこなしてみせます」
 右城の返事を聞くと、沖浦はいやらしい笑みを浮かべてゆっくりと去っていった。右城はその姿をじっと見つめていた。
「浦々笹波……そういうことか。ゼノンの、あの男の娘……ということは、オレの」
 右城はただ立ち尽くしていた。その目に映るのは追憶。
「ずっと探していた……オレの妹」


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