超中二病(スーパージュブナイル)

第2章 激闘交錯

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

右城條区の回想 3

 
「右城條区市長。おめでとうございますぅ〜」
 と、眼鏡の男は不気味なほどにニコニコと笑顔を張り付かせていた。
「はは、まだその呼び方をされると歯がゆいものがありますね」
 右城は男の正体と目的が分からないまま曖昧に返答する。
 右城條区は今、とある建物の廊下を一人の人物と共に歩いていた。
「そのうち嫌でも板に付くようになりますよお。まず立場についてから人は、その立場に合わせて成長するものですよぉ〜」
「なるべく早く成長できるように努力しますよ……それで、沖浦さん。私に大事な話があるとの事でしたが一体どのような……?」
 沖浦と名乗る全身黒ずくめの男にこんな場所まで連れてこられたが、右城はまだ来訪の理由を知らされていない。右城の胸中は穏やかでなかったが、どうやら沖浦のボスは政財界の大物であるらしいので無下にもできない。
「ええ〜、あなたの武勇伝は常々入ってきましてね……聞くところによるとあなた、色々と危ない橋も渡っているそうじゃないですかぁ」
「ははは〜。またまた、そんなの根も葉もない噂話ですよ。私はやましいことなんてこれっぽっちもしておりません。そんな……」
 またこういう類の人間か。人の弱みを見つけて揺すろうという魂胆……笑いながら右城はそう思った。適当に話を切り上げて帰ってもらう算段を考え始める。
「いえ、右城市長。私はそんなどうでもいい話をしに来たのではありませんよぉ。私どもはねぇ、あなたに才能を見いだしたのですよ〜」
 沖浦は意外なことを口にした。どうやら右城の闇についての話ではないらしい。
「はぁ……才能、ですか」
「そうですよ。あなたのその成長力に私達は強く魅せられました〜! 若干20歳とそこそこの年齢で市長にまで昇り詰めるっ! どんな手を使ったのかは分かりませんが凄い出世街道ですよぉ! 私のボスはね、あなたのその貪欲なまでの出世欲がいたく気に入りましてね〜! 是非あなたと手を結びたいと思いましてね〜!」
 沖浦は大げさに興奮している。その様子に、右城は何やら嫌な予感を感じた。
「ちょっと待って下さい! つまりビジネスの話ですよね?」
「まぁ、そんなところです……つまり私はあなたにとことんまで昇り詰めて欲しいんですよぉ。あなたがどこまで行くのか、その先にいったい何があるのか、果たしてあなたの目的はなんなのかね〜」
「えっと……話が見えづらいんですが、結局私に求めることは何なのですか?」
「いいえ〜。何もありませんよぉ。私達はただあなたが駆け上がっていくのを全力でサポートさせて頂くだけですぅ。強いてあなたにして欲しいことがあるとすれば……そうですね、あなた自身に簡単な雑用のようなものを任せますよ〜」
「……なんなんですか、さっきから言ってることがよく分かりません」
「……前置きはここまででいいでしょう。実はあなたに会って欲しい人物がいます」
 すると沖浦は長い廊下の行き止まりにまで来ると、そこで立ち止まった。
「会って欲しい人物?」
「ええ、その方がこちらの部屋にいます。どうぞお入り下さい」
 一つの扉の前で立ち尽くす沖浦。ここからは右城一人で行けということか。
「……分かりました」
「では、お気を付けて」
 右城は扉を開けて中へと入る。そこは――。
「……な、なんだ? この部屋、真っ暗じゃないか……」
 明かりが付けられていない部屋。不安に駆られた右城は、すかさず部屋の明かりを付ける為スイッチを探す……が――。
「おっと、右城條区君。電気は付けなくていい」
 どこからともなく声がした。中年の男のような声。
「えっ? で……ですがほとんど何も見えないのですが」
 とっさの事に怯んだ右城だったが、なんとか暗闇に向かって尋ねた。
「悪いがその場で聞いてくれていいだろうか。なにぶん儂もお忍びの身だからのう。易々と人前に姿を現すことができなんだ」
 その声は部屋のどこからでも聞こえてくるようであり、また……声の主はこの部屋のどこにもいないような感じさえした。それほどにここは異様な空間だった。
「分かりました……それで失礼ですが、あなたはどちら様でしょうか?」
 右城は恐る恐る尋ねる。様子からして相手はかなりの大物に違いない。
「儂か……儂はな……そうだな。ゼノンとでも呼んでくれ」
「ぜ、ゼノン……?」
 右城は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「はっはっは、まぁ名前なんて記号のようなものだ、気にせんでくれ」
「……あ、あの。そろそろ教えて下さい。なぜ今日、私をお呼びしたのかを……」
「ふふ、気が早いよ、右城君。あまり急くこともないよ。……それよりなぁ、右城君。突然だが、君は世界とはどういうものだと思うかね?」
「世界、ですか? それは、その、数年前の『虚構革命』と関連してのことですか?」
 突拍子もない質問にたじろいでしまう右城。目が慣れてきて部屋の様子がかすかに見え始めたが、依然声の主は見当たらない。
「いやいや。そんな小難しく考えてくれなくていい。子供が寝る前に考えるような、そんな単純なものでいいんだよ」
「そうですか……ではそうですね、世界とは一つのゲームのようなものだと思います」
「ほほぅ、ゲームかね」
「はい。月並みな例えだと思われるでしょうが、世界というゲーム内で我々一人一人のキャラクターがいかに行動するか。そこにプレイヤーが操作するキャラ……つまり世界に主人公がいるのかどうかは分かりませんが、全員がよりゲームを楽しいものにしように切磋琢磨する。ゲーム世界でのし上がっていこうとする。楽しみ方はそれぞれです」
「ははは、そうか。なかなか面白い。ならばさしずめ君にとっては、世界は王となるためのプロセスを楽しむゲームだということだな」
 右城には男のその言葉が皮肉に聞こえたが無視して尋ねる。
「それで、質問の意図は何なのですか?」
「ふふふ、そう急くでない。……ちなみに儂の場合はな、世界というのは1つの牧場だと思っている。いや、牧場というより、家畜が放し飼いにされている柵の中かな」
「は、はあ……」
「家畜は柵の外には出られない。彼らにとっては柵の中が世界なのだよ。家畜はエサに不自由しない自分達を幸せだと思っているかもしれんし、そうじゃないかもしれん。そんな事はどうでもいい」
「何が言いたいのですか……?」
「つまりだ。実際、世界は柵の外にもあるということだよ。家畜はいずれ自分達が人間に食べられることも、柵の外の事も知らずに生きているんだ。もしも彼らが世界の真理を知ってしまったら、それでも彼らは幸せに生きていられると思うだろうか」
「だ、だからなんだっていうのですか……話についていけませんっ」
 右城はこの部屋にきてから正体不明の悪寒をずっと感じていた。吐き出しそうだ。
「――つまり儂は知ってしまったのだよ、外側の存在を」
 右城には男の言う事が理解不能だった。右城が感じているものは恐怖。
「……そ、それが私をお呼びしたのと関係あるのですか。あなたは何者なのですか?」
 それでも右城は取り繕うように冷静さを保つ。
「ふふ……そうだなぁ。君の例えで言わせてもらうなら……我々はね、そのゲームをより面白く演出してあげようとする、いわばプログラマーなのだよ」
「プログラマー? 演出?」
「誰でも退屈なゲームは嫌だろ? 刺激が欲しくてゲームをする。目的があるから、敵がいるからゲームはゲームとして成り立つのだよ。我々はそれを提供しているのだ。人に生き甲斐を与えてやってると言ってもいい。そこで今回の話はつまり、君にも協力して欲しいって事だよ。我々のプログラミングに」
「……抽象的すぎて私には理解しづらいのですが」
「そうか……では君はアカシックレコードという概念を知っているかね?」
「はい、聞いたことはあります。たしか世の中の過去・現在・未来あらゆる全ての出来事が記録されたモノであるとか……それが何か」
「なかなか博識だねぇ。そうだ、アカシックレコードには世界の全てが記録されている。それはすなわちアカシックレコードこそが世界そのものだとも言えるんじゃないかな? それこそ、そのレコードはゲームとも言い換えられるね……同じ円盤状だからね」
「それが、どうしたのですか? ただのおとぎ話でしょう」
 先程から話が飛躍しすぎて男の言いたいことが分からない。
「まぁ聞きなさい。さっきの話と重複するかもしれんがね……つまり世界がレコードだとしたら、我々はその中に存在している事になるだろう? だったら世界をプログラミングするには少々骨が折れるんだよ。だってそうだろう? 我々だってまたレコードの中のプログラミングの一部でしかないんだから」
「……あなた、まさか」
 右城條区は何かに気付いた。同時に彼は背骨が引き抜かれるほどの寒気を感じた。
「ふふ。察しがいいね。そうだよ。儂はね、レコードの内側から外に出たいと思っているのだよ。レコードを再生する立場にいれば、どの時点からでも音楽を聴くことはできるし、技術さえあれば、レコードの中身そのものだって自由自在に変えられるじゃないか」
 それはすなわち、世界の改ざん。そしてそんな事がもし本当にできるというのならば、それは――神の領域。
「あなたは、あなたは、あなたは――」
「ああ、だから儂はこの世界を内側に閉じ込めたんだよっ! 柵でもレコードでも外側に出るためには、自分がいま内側にいるってことを知っていなくちゃいけないんだからねぇ! これは実験だよ。まずはこの世界の外に出る。そして次々と、外へ外へとパラダイムシフトしていくのだ! 正真正銘の現実、本物の世界を目指して!」
「そ、それじゃあまさか、先の『革命』は……」
「そうだよ! あれは儂らが起こしたんだよ! あれも演出の一部……そして同時に外側への宣戦布告だ」
 その時、右城條区は確かに感じた。今まで全く感じなかった人間の気配を。
 それは……彼のすぐ後ろだった。
「右城君。君は我々にとって必要な人材だよ。君はゲームが面白くなる要素だ。合格だ。待ってるよ……きっと君の答えは、既に決まっているのだろうからね」
 声は右城條区の背後から聞こえてきた。だが、右城は身動き一つできなかった。
 右城は、悟ってしまった。

 部屋の外へ出ると沖浦が笑顔で出迎えた。
「お疲れ様でぇす、右城市長〜」
 廊下の明るさに目が眩みそうになりながら、右城條区は弱々しく沖浦に会釈した。
「それでは私どもの用はここまでです。外までお出迎えします」
 そう言うと沖浦は右城の返事も待たずに歩き出した。右城はそれを慌てて追う。色々聞きたいことがあったが、沖浦の背中が一切の質問も受け付けないと物語っていた。
 やがて2人は無言のまま、建物の外へと出た。にわか雨が降っていた。
「時間はあります。ゆっくり考えておいて下さい。よいお返事をお待ちしています」
 それだけ言って沖浦は建物の中へ引き返した。
 右城條区は一刻も早くこの場所から遠ざかりたくて一気に駆けだした。
 走りながら彼は考える。
 あの男の真の目的は何なのかということ、そして男の正体を。
 だが、右城條区は気付いてしまった。目的は分からないが、少なくとも男の正体を。
 だから右城條区は男の言う通り、既に答えは決まっていた。右城條区は男と手を組む事にした。それは彼の悲願の為に。
「ああ、オレはなんだってするぜ。望み通り、あんたらの犬に成り下がってやるよ……だってようやく見つけたんだからな……ゼノン。いつかお前を――殺してやるよ」
 いつの間にか、にわか雨は土砂降りへと変わっていた。


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