超中二病(スーパージュブナイル)

第一章 久我山玖難の新しい日常

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

3

 
 場面が変わって学校の屋上。今は昼休み。近頃昼休みは浦々さんと一緒に昼食をとるのが定番となっている。
「わっ、このお弁当すごい豪華。もしかして浦々さんが作ったの?」
 僕の隣でちょこんと正座している浦々さんの膝の上には豪華な重箱。セレブか。
「ええ。朝早起きして作ったのです。よければ玖難も食べてみて下さい。作りすぎたので私1人じゃ食べられませんし」
 と言って、僕の方に重箱を差し出す浦々さん。
「えっ、いいの? ありがとう〜」
 昼はほとんど購買のパンばかりなのでこれは有り難い。それじゃ遠慮無く頂こう。
「いただきま〜す……ぱくり」
 うん、味もなかなか……あれ? ピキーン!
「ご……ごびゃあああああっ!」
 口の中、全部吹き出した。あ……虹ができたよ。
 め――滅茶苦茶まずいじゃねーかっ! いま彼岸の世界が垣間見えた、確かに!
「どうしたのですか? お口に合いませんでした? お行儀悪いのです」
 きょとんとした顔でこちらを見つめる浦々さん。その顔に悪意はなさそうだ。
「あー、うん……せっかく頂いたのにこんな事言うのは申し訳ないけど、ちょっとこれは食べない方がいいよ。むしろ死ぬよ」
 怒りたい気持ち抑え、僕は浦々さんの身を心配して真実を伝えることにした。
 すると、想定外のリアクションが返ってきた。
「あー、やっぱりですか〜。でもそんなにまずかったのですね〜……うん、頑張って作った甲斐がありました」
 無邪気に笑う浦々さん。うん、笑顔もとてもかわいい。
「いや〜、気にしなくて……って、え? いや……え?」
 作った甲斐……あったの? どゆこと? 僕の聞き間違いかな? ホワイホワイ?
「ん〜……だって、ヒロインのお弁当を食べてみたらちょっぴりまずかったっていう展開ってお約束じゃないですか。主人公はそれでも残さず全部食べておいしかった〜、って言わなきゃ駄目なんですよっ。玖難はそこのところ全然駄目ですね〜」
 悪意のない顔でにやにや微笑む浦々さん。はっ……腹黒い!
「な、何を言ってるんだ、君は。そんなネタの為に僕は危うく死ぬとこだったんだぞ。ちょっぴりまずいどころか、ジャングルに生息する毒蛇の如くの致死性だよ!」
「……ご、ごめんなさいなのです。よかれと思ってやった事なのです……でも愛情はたくさん入れたつもりです」
 しょんぼり落ち込む浦々さん。この子、感情がはっきりしてて可愛いなあ……。でも全っ然よくないことなんだよ、殺人は。そして入っていたのはきっと愛情じゃなくて殺意だと僕は思うんだ。
「……いや、ま、まぁそんな事は水に流すとして――」
 その顔に免じて思わず許しちゃった! でも仏の久我山と呼ばれる僕だからこそ水に流せるんだぞ。感謝しろよな! フン!
「実は昨日家に帰ってから右城條区のことについて少し調べてみたんだよ」
 僕は本題に入る。戯作劇下があまり役に立たないので仕方なかったのだ。僕が調べる他ないだろう。
「そ……そうなのですか。ふ〜ん」
 なぜか浦々さんの表情が曇った。あまりこの話題に触れたくない様子だった。けどせっかく調べたんだ。勝手に話を続ける。
「右城條区。数年前に突如世間に現れ出て、若くしてこの街の市長になった。彼には常に黒い噂がつきもので、色々危ない連中と手を組んでいるだの、何か企んでいるだの噂されてるんだよ。で、事あるごとに問題行動を起こしてマスコミの注目の的になってるんだ。この間もなんか能力を撲滅するとかどうとか言ってたみたい」
 と言っても、所詮ネットで簡単に調べられるような事だ。
「はぁ……それは、うん。怪しいですね、はい」
 さらりと感想を述べ浦々さんは自分のお弁当に手を伸ばした。食いつき悪りぃ。
 何というか……やっぱり浦々さんはこの件に関して関わろうとする事を避けているように見える。でもそれならなぜ浦々さんは僕達をこんな事件に巻き込むんだろうか。
 彼女は何が目的なんだろうか。正直言うと、僕は彼女のそんなところが怖かった。
「ねえ、玖難」
 突然浦々さんが僕の名前を呼ぶ。浦々さんの目に不信の色が見えたような気がした。
「っ……あ、何?」
 思わず固まってしまう僕。情けない。
「私の手作り弁当おいしいじゃないですか。あなた味覚がおかしいんじゃないの?」
 浦々さんはさらっと、とんでもない一言を告げた。
「え……え? マジ? マジで言ってるの? 浦々さん」
 そう言えばこの子普通に殺人弁当食べてるしっ。味覚おかしいのはあなたなんじゃ?
「……ああ、そっか。そういうことね……あなたにとってはその味の認識が、この場面では一番都合が良かっただけってこと……か」
 小さい顔をこくこくさせながら、なんか納得している浦々さん。
「へ? それってどういう事? 食べる度に違う味がするってこと?」
「ま……それでいいわ」
 わけが分からない。パルプンテかよ。やはり、どちらかの味覚がおかしいのか。それよりなんか裏の性格が出てきてるし。
「じゃあ玖難。もう一度食べてみる?」
 僕が怪訝な顔でお弁当を見ていると、浦々さんが再び危険な賭けを持ち出してきた。
「え、ええ!? ……んっと、そ……それじゃあ少しだけ……」
 こんなもので命を賭けるのもどうかと思うが、好奇心は猫を殺すというやつだ。
 ぱくっ。
「ぐごぎがああああああおおおおおお!」
 はい、殺されました!
 だと思ったよ。ベタベタだし。
 と、後悔しながら僕が苦しみ悶えている時だった。
「ちょ……ちょっとー! いいかげんにしなさいよっ、あなた!」
 憤るような声が聞こえてきた。
 驚いて振り向けば、一人の少女。肩まで切りそろえた栗色のショートの髪と、身だしなみの綺麗な制服姿。スラリとした体格だけど、ぱっちりした瞳の童顔……そして標準よりもだいぶ大きく思える胸の持ち主――その人物は。
「……って、歩餡?」
 そこにいたのはクラスメイトで学級委員長の望月歩餡。ずっと見てたのか?
 歩餡は僕に構わず、隣に座っている浦々さんに食ってかかる。
「あ……あなたねえ! 誰だか知らないけど少しおふざけが過ぎるんじゃないのっ? どうやら最近ずっと久我山君に付きまとってるみたいだけど……久我山君も困っているじゃない! なぜ久我山君に付きまとうか知らないけど久我山君はね、こんな性格だからあなたみたいな傍若無人な人に対しても何も言えないのっ! お人好しなのよ!」
 ちなみに歩餡は僕と幼なじみだったりする。つか、酷い言いようだな……ま、僕はお人好しだから何も言わないけど。
 対する浦々さんは水筒に入れたお茶を飲んでいる。そして優雅に飲み干した後、初めて歩餡に気付いたとばかりにようやく一言。
「あら? あなた……どちら様でしたっけ?」
 そりゃ知りようもないよな。だって浦々さんこの学校の生徒じゃないもん。
「そっ、それはこっちの台詞よ! あなたこの学校でみかけない人だけど……まあ、私も高校生になったばかりで全ての生徒を把握している訳ではありませんが……。私の名前は望月歩餡ですっ。以後お見知りおきをっ!」
 全ての生徒を把握してたら逆にすごいよ。なに? まさか覚えるつもりなの歩餡。さすが優等生。さすが学級委員長。
「はあ、そうですか。え〜と、私は浦々笹波です。つい先日転校してきました。で何か用なのですか?」
 心底どうでも良さそうに受け答えする浦々さん。こういう態度だと敬語じゃ逆に相手の神経を逆なでしそうな気がするんだけど大丈夫かなあ。だって正確には侵入者だし。
「そうですか浦々さん。えと、わ、私はただちょっと浦々さんがいつも久我山君を引っ張り回すもんだから、学級委員長として様子を見に来たのよっ」
 何故か歩餡は顔を赤くして、焦ってるように見えた。
「様子を見に来ただけなら、手に持ったそれは一体何なのかしら」
 僕もさっきから気になってた。何を持ってるんだろ。見たところお弁当っぽいけど。
「これはお弁当です。きょ、今日は天気がいいから屋上で食べようと思ったからっ」
 何のひねりもなくお弁当でした。
 望月さんは不機嫌そうに僕の隣に来るとそのまま腰を降ろす。
「あっ、歩餡。お前もお昼一緒に食べるの?」
 浦々さんと仲が悪そうに見えるけどさすが学級委員。転校してきたばかりの生徒とスキンシップを図ろうということか。なかなかいいトコあるじゃん。見直したよ。
「ちょ、ちょっとお弁当を作りすぎたから久我山君に食べて貰おうかなって……す、捨てるのもったいないしっ! ……あ、浦々さんはもう去っていいわよ」
 見直すことを見直した。ってか最近はお弁当を作りすぎるのが流行っているのか。
「まぁ、何を言うのかしらね。玖難は私の愛情弁当を食べてるのよ。あなたの分のお腹は残っていないのです」
 雑に扱われてご立腹なのか、浦々さんも負けじと憎まれ口を叩いた。
「あ、愛情ですって〜〜〜〜っ!? な、何言ってんのっっ! あんなの食べられるわけないでしょ! 久我山君を殺すつもり!?」
 うん。本当に死んでいてもおかしくなかったよ。一瞬違う世界見えたし。
「あれはね、あまりのおいしさに喜びを表現しきれずのたうち回っていたのですよ……ほら。玖難、あ〜んして。私が食べさせてあ、げ、る」
 なんかさらにキャラ変わってないか、浦々さん。ブレまくってるよ。
 ――にしても、やばい。なんでこうなってしまうんだ。なんて強引な展開なんだ。何故にこんな急展開で僕が絶体絶命な状況に追い込まれなければいけないんだ。正直、僕はこういうの苦手なんだよ。そしてまた殺人弁当が僕の目前にあるし。
「ちょ、ちょっと待ってよ、浦々さん。いくらなんでもそれはないんじゃない? もう三度目だよ、これ以上食べたら僕死んじゃうんじゃない? ちょ……なに無理矢理口に押し込もうと……うぐぐぐ……口にしてたまるか」
「大丈夫よ、玖難。今度こそおいしく感じられるんじゃない? 三度目の正直って言うし……。ほらほら、せっかく私が丹精込めて作ったお弁当なのよ。有り難く食べなさいよ〜」
 浦々さんが僕の体を押し倒して、馬乗りに跨がってきた。
 僕と浦々さんの攻防が始まった。でもこれ第三者から見たらちょっと誤解されそうな位に破廉恥な行動をしてるみたいに思われるんじゃないんだろうか。
「ほらほら〜これでどうだ〜玖難〜」
 浦々さんは僕の体をくすぐってくる。
 それよりも……なんかさっきから体に柔らかいものが当たってるんだけど。それも2つ。……もっ、もしかしてこれは。こ、れ、わぁぁ〜!
 むにゅむにゅっ、と当たって。そしてもつれ合って、これはなんというか……。
「ちょっと――あなた達っ、だからいい加減にしなさいってばっ!」
 おっ? おお、歩餡。僕を助けてくれるのか。やっぱ持つべき者は幼なじみだよな! でももうちょっとだけ遅くても良かったかも! 何故か分からないけどそう思った。
 そして歩餡は、顔を赤くして力一杯叫ぶ。
「く、久我山君は私の愛情弁当を食べるんだから〜っ!」
 ――えっ!? なんでそうなるの? なぜか歩餡まで混ざってきちゃったけど!? 愛情!? あなたも愛情弁当なのですか!? いや、まずいよこれ。他人から見たら絶対誤解されるよ。少し嬉しい事は確かだけどっ。
「ちょっ……2人共もう少し落ち着い……もごっ」
 あっ。食べちゃった。しかもよりによって浦々さんの殺人弁当食べちゃった。何この二分の一の悪運。だ、だが……こうなれば賭けだ。僕は三度目の正直に賭ける。果たして今回は、この場面の流れ的にどういう味が一番ベストなのか。それによっては本当に味は変化するものだろうか……。ここが僕の見せ所だッ!
「ぷ……ぷぴゃゃああああああああ!」
 やはり全然変わりませんね。いや、っていうかもう流れからしてこれがベストだもん。むしろさらに味が酷くなってる気がするよ? これどういう事なの、笹波さん!?
 僕はしばらく、この世界と天国とを行ったり来たりした。


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