超中二病(スーパージュブナイル)

第4章 越えて世界

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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 その時、大きな轟音が聞こえた。とっさに音の方に顔を向けると、ジャンボ機が大爆発していた。
「あ、あ……劇下さん」
 戦いはどうなったのだろう。劇下さんは無事なのだろうか……。僕が心配していると懴忌が呆れた声で語りかけた。
「おい〜っ、ガキぃ。よそ見してる場合じゃないっしょお。アンタ自分の立場分かってるのッかねぇ」
 そうだ。僕は今、とってもピンチな状況に陥ってるのだった。前方には浦々さんの手を引いている懴忌。後方には右城條区。
「まっ、こんなガキは放っておいてもいいんだけどね〜……念のために殺しておくことにしますか〜っ!」
 やっぱりそうなるのか……。懴忌が糸ノコギリを構える。
「駄目っ! やめてっ!」
 と突然、浦々さんが糸ノコギリを持つ懴忌の手を押さえ込んだ。いきなりの事に僕も右城條区も戸惑った。
「こっのガッキぃ……ゼノン様の娘だからって調子に乗りやがってっ」
 懴忌がしがみつく浦々さんを振り払おうとする。浦々さんはそれでも必死になって懴忌から離れようとしなかった。
「私の事は忘れてって言ったじゃない! どうして来たのよ、玖難! 迷惑なのよ! もうここから逃げてよっ! 玖難!」
 浦々さんの叫び。それはきっと彼女の本心からの言葉なんだ。僕が関わる事で物語が展開、加速していくから。破滅へ向かってしまうから。だからそれが彼女の本音なんだ。
 ……でも、それでも僕は彼女を放って逃げることはできなかった。そう、あの時のようには。だから僕は。
「駄目だ。君の言う物語の進行なんて僕は知ったこっちゃない。僕は君の為に来たんじゃない、僕は僕の為に来たんだ。僕の為に君を救いに来たんだ……」
 感情が高まっていく。僕の頭の中が真っ赤になっていく。
「だからって余計な真似をされちゃあ、取り返しのつかない事になっちゃうのよっ」
 浦々さんが人形のような顔を歪めて悲痛に叫ぶ……でも僕には分かる。彼女の気持ちが。彼女の本心が。だって彼女は人形じゃない。だから、
「関係ないっ。たとえ悲劇に進んでしまおうと、それでも僕は加速する。だって浦々さんはそんな顔をしているから。本当は浦々さんだって助けて欲しいんだ……だから僕は悲劇の中を進んでやる。その先に……笑って過ごせる場所に浦々さんを連れて行くまで!」
 僕は柄にもなく熱くなった。もしかしてこれも、舞台の上で踊っているだけなのかもしれないけれど。それでも。
「玖難……あなた……まるで主人公の台詞じゃない」
「そうだよ。今回の物語に関しては僕はヒーローなんだ。君が言ってただろ? 最後に勝つのは愛だって。僕はお姫様を救いに来たんだ。僕なら物語をハッピーエンドに導くことができるんだ……。だから……懴忌。彼女を……彼女を離せえええええ!」
 僕は無我夢中になって、懴忌の元へ突進していった。
「こっのガキがああああ!」
 懴忌も眉根をひくつかせながら怒り心頭の顔をする。
 僕は懴忌を殴ろうとパンチを繰り出すが、懴忌はそれを軽々とかわし――すれ違いざま僕の腹部を思いっきり蹴り上げた。
「がふうぁあ!」
「玖難っ!」
 痛い痛い気持ち悪い。胃物を吐き出してしまいそうなくらいに痛くて気持ち悪い。
 すると僕は急激に冷静になった。どうして僕がこんな目に遭わなければいけない。どうして僕はいつも余計な事に巻き込まれてしまうんだ。僕はそんなこと望んでいない。
 僕は地面に転がり、浦々さんの顔を見上げる。苦しい苦しい。どうして僕はこんなに必死になって頑張っているのだろう。どうして僕は何の意思もないのに余計な事件に出しゃばるのだろう。僕だってこんな事やりたくないのに。
「う……うええ……うう」
 それでも僕は立ち上がる。それでも僕は浦々さんを助ける。だって仕方ない事だから。これが僕の背負った運命、あるいは業そのものだから。
「ほっほーうっ、まだ立ち上がってくるかっ、意外と根性あんじゃんっ!」
 懴忌が馬鹿みたいな声で笑っている。ああ、こいつは何も分かっていない。
 だってしょうがないじゃないか。僕がここで浦々さんを助けないとお話にならないじゃないか……。本当は僕だって望んでいないんだ。たぶん、きっと。
「はぁーっ、はぁーっ……」
 上手く呼吸ができない。一発蹴られただけでこんなざまか。なんとか立ち上がったものの足元がふらついている。
 見れば浦々さんが涙を浮かべて僕に懇願する。
「やめて玖難、私は大丈夫だからっ、もうあなたはここから逃げてっ! 私は、私はもういいのっ! だって私は……」
 ごめん。でも駄目だよ、浦々さん。君も分かっていないよ。ここで僕が君を助けないと物語は破綻するじゃないか。だってこれは君を救う物語なんだよ。
 だから浦々さん、君の口から聞かせてくれ。だったら僕はきっと頑張れるんだ。僕は自分を信じられるんだ。一言でいい、助けて欲しいって君の口から。
「う、浦々さん――」
 と、僕が何かを口にしようとした時――後ろの方でまた轟音がした。
 さっきよりも大きい。ジャンボ機がまた爆発したのだろうと思った。だから大して気にしなかった。
 けれど――その刹那だった。

「あ――」
 僕に向かって、もの凄いスピードで何か黒いものが飛んできた。
 それと同時に浦々さんが僕の前に立ちふさがった。
 たった、それだけだった。
「く、玖難……」
 気付いたときには、機体の破片らしき大きな鉄の塊が、
 浦々さんの胸に、深々と突き刺さっていた。
 それだけだった。
「――う、浦々さん……。そ、そんな馬鹿なっ。浦々さんッ!」
 信じられない。こんなことあっていいわけがない。僕は浦々さんを助けに来たんだ。これが今回の物語なんだ。こんなバッドエンドあっちゃいけない。こんなこと……。
 これは――僕のせいだ。僕が悲劇を進めてしまったんだ。まさかこんな事になるなんて。僕を庇ってこんな事……僕が浦々さんの忠告を聞いていれば。
 浦々さんは胸に破片を突き刺したまま、虚ろな目をして立ち尽くしていた。それは、こんなことを言うのもなんだけどとても不気味な光景だった。
 僕の心は――完全に折れてしまった。
「なっんてコトだ……ゼノン様になんて言えばァいいんだよっ!」
 懴忌は僕の事なんてもうどうでもよくなったらしく、浦々さんの身を……いや、任務を失敗したことを気にしている。右城は――。
「……うわ……ああああぁぁああ! さ、笹波っ! 笹波いいいいッ!」
 気が動転している。それは単に任務が失敗したとかそういうレベルの悲観じゃない……懴忌とは全然違う。これは浦々さんを本気で心配しているといったもの。それでも右城はよろけながら浦々さんの元へと歩み寄っている。
 それにつられるように僕も浦々さんの元へ。
「浦々さん……僕をかばって……」
 けれど、僕にそんな価値があるのだろうか。ただ僕はその場の状況に流されているだけなのか。右城條区のような、彼女の元に行くための資格はあるのだろうか。
「…………」
 依然虚ろな目で佇んでいる浦々さん。懴忌は浦々さんから少しずつ距離をとっている。突然のアクシデントに動揺しているのだろう。右城はなおもよたつきながら浦々さんの方へ進んでいる。
 僕も進む。こんな事しても、更なる悲劇に突き進めてしまうだけかもしれないのに。僕はこの状況において、事態を最悪に導く邪魔者でしかないのに。
 あれ……だけど、なんだかおかしい。
 唐突に僕は、異常なこの事態にある違和感、異質を感じた。それは。
「なんで立っていられるんだよ……浦々さん」
 胸にあんなものが刺さっているんだ。大丈夫なはずがない。なのに何故平気そうに立っているんだ。そもそも生きていること自体がおかしい。いや……果たして浦々さんは生きてるのか? さっきからずっと黙ったままだ。
「浦々さん!」
 僕はいてもたってもいられなくなり、浦々さんの元へと走った。
「浦々さん、大丈夫……え?」
 浦々さんに近寄って間近にその体を見たとき、僕は驚愕した。
「それは……その体は……」
 破片が刺さっているというのに体から血が出ていない。いや、というより破片が刺さっているという形容が間違っている。それは――まるで破片が体と一体化するように、破片は浦々笹波の体に吸収されていた。
「う、浦々さん……なんだよ、それどうしたんだよ……ねえ、大丈夫なのっ」
 彼女は未だに何も語らず……いや、違う。耳を澄ませば聞こえてくる。何かうわごとめいた言葉が聞こえる。僕は耳を澄ました。それは、
「……gssrえきgdろせhぁ sfcnえてdgdっつぁfあsだrsrdhさwfsdfsdklfcbzをtyhふぃひ……」
 それは何の意味も持っていない言葉。単なる文字列。表記できない記号。しきりに繰り出す不協和音。
「う、浦々さん……」
 僕は頭がおかしくなりそうだった。どうかしている、こんな異常。
 これじゃあまるで……。
「wぃえて……にgtえ……kうえn」
 浦々さんは狂ったように呪詛のような言葉を発し続ける。その時、僕は気が付いた。その言葉は僕を呼んでいるように聞こえた。もしかして浦々さんは何かを言おうとしているのではないかと。
「hうぃglsgえて……に……て」
 僕は必死で浦々さんの言葉を聞き取ろうとする。さっきからもの凄く嫌な予感がしていた。いっそ死んでしまった方が楽なくらいに気持ち悪くて頭が痛かった。
 だってこの状況は……。
 ――僕は、ようやく浦々さんの声を聞いた。
「に、げて……玖難」
 浦々さんの言葉。ああ……やっぱり。これは、この展開は。
「え?」
 僕の、世界の、浦々さんが……言っていた――。
「みんな……死……ぬ」
 そして破滅が始まった。


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