超中二病(スーパージュブナイル)

第3章 舞台上にて踊る者

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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 劇下さんが依頼人から譲り受けたと言う古いバイクは想像していたよりもずっとポンコツで、途中何度も故障しかけたが騙し騙しでなんとかこうして竜胆さんの隠れ家まで到着できたことが奇跡のようにも思えてくる。僕は必死の思いで運転する劇下さんの背中にしがみついていたから、既に時間帯が真夜中になっていた事に今ようやく気付いた。
「それで……ここに竜胆さんが住んでいるんですか?」
 僕は年季の入ったアパートを見上げながら、前方の劇下さんに語りかける。
「そうだ。ここの2階の部屋だ。と言ってもずっとここには来てなかったから、今も住んでるのかは分からねぇがな」
 劇下さんはずかずかとアパートの階段を昇っていく。
「ちょっと待って下さいよ! 作戦とかないんですかっ!? ちょっと劇下さんっ」
 僕は劇下さんの後を慌てて追う。
「鍵はかかってないみたいだぞ」
 扉の前で劇下さんが、今まさに乗り込もうと意気込んでる。
「じゃあ、中に誰かいるんですよっ。もっと慎重に行きましょうよ、劇下さん!」
「というかお前こそ慎重になれよ、声でけーっての」
 劇下さんは用心する素振りも見せないままドアを開いた。
「……真っ暗だな。誰もいないのか?」
 ――本当だ。鍵をかけ忘れていたんだろうか? 劇下さん以上に不用心だな。
「ま、これも想定内だけどな。中に入って手がかりを探そう、玖難」
「気を付けて下さいよ……罠とか仕掛けてあるかもしれませんよ」
 そして僕達は竜胆灯火の住む部屋の探索を始めた。外観からいかにも安アパートって感じだったが、やはり部屋も外観同様だった。狭い部屋で生活感の感じられない空間の探索はそれほど時間はかからなかった。
「ですが手がかりらしいものは何もありませんね……」
 そりゃそうか。普通はそんなヘマ、誘拐犯がするわけないもんな。
「いや、玖難……奴の行き先は分かったぜ」
 あったのかい! 
「本当ですか、僕は全然気付かなかったのに」
「ってかな、灯火の奴がわざと残したって言った方がいいかな。どうやら俺にあてたらしい手がかりがあるんだよ」
 えっへん、としたり顔で大げさなポーズを取っている劇下さん。
「ええっ、それって何です?」
「俺と竜胆だけにしか分からない暗号だよ」
 すごい。この人普段はいいかげんなのに、やっぱりここぞという時は頼りになるんだな。それに僕が思っている以上に劇下さんと竜胆さんの絆は強いんだな……。それもそうか。だって2人はあの『戦争』の生き残り、なんだもんな……。
「それで……劇下さん。良かったら僕にその暗号の正体とやらを教えてもらえます?」
 言ってから、さすがにこの頼みは無理だろな〜って思った。だってよく考えたら、教えた時点で2人だけの暗号じゃなくなるし。僕あんまり関係ない人だし。
「ああ、いいぜ」
 いいのかい。しかも即答かい。
「この置き時計に重要な秘密が隠されている」
 と言って劇下さんはタンスの上に置かれた置き時計を手にとる。よく見ればその時計、時を刻んでいない。電池が切れているのだろうか。それともそこが重要なポイントなのか。時計一つでわかり合えるなんて、一体どんな複雑な暗号が示されているのだろう。
「うん。これは4時で時計が止まっているから、4時の方角に竜胆は向かったな」
 うわー、すっげーアバウト。4時の方向とか!
「てゆーか、そんなんで居場所分かるわけねーでしょ。僕達は4時の方角にどこまで進めばいいんですかっ」と、いつものように僕はツッコミを入れるが、
「ちっちっちっ、話はまだ終わってないぜ、玖難くん」
 ますます偉そうにふんぞり返る劇下さん。っていうかなんかむかつくんですけど。
「距離は分針で示されているのだよ。だからこれは48分位を差してるから48q先だ」
 おお? なんか凄いかも。少し見直した。でも、それでもまだちょっとアバウトなんだけど、多分いまは劇下さんのこれまでで一番格好いいシーン。彼の人生のハイライト。
 ついでにもう一個疑問に思ったことを聞いておこう。
「時針が方角、分針が距離……それじゃあ秒針は一体なんです?」
 今の劇下さんならいい答えが返ってきそうだ。
「……さぁ? なんだったっけ」
「ま、予想はしてましたけどね」
 オチは必要だもん。
 そんなわけで、これ以上ここにいても何も得るものはないだろうということで、僕達は4時の方角、48q先を目指す事になった。それでもまだ竜胆の目的地が判明したわけじゃないけど、ぐずぐずしてもいられなかった。
「よし、さぁ玖難。目的地は分かったんだ。急ぐぞっ、バイク飛ばしていくぞ」
 マジですか……。むしろバイク使わない方が早いかもよ。つーか今度こそ事故起きるんじゃないの? とか考えながら渋々バイクに乗って、劇下さんの背中につかまる。

 やはりポンコツバイクは大したスピードが出せず、大きな橋にさしかかった頃には、朝日が今まさに顔を出そうとしていた。海に浮かぶ朝焼けはとても綺麗だった。
「うわ〜、綺麗ですね〜。この橋ってニュー・レインボーブリッジですよねぇ。僕ここ通るの初めてですよ〜」
 なんてのんきな感想を漏らして、劇下さんの背中にしがみつきながら景色を眺めていると――僕は自分の目を疑いたくなるようなものを見てしまった。
「って、うそっだろ……っ!?」
 最初、橋の端に人が一人で佇んでいるのを見かけて、不思議に思い注意深く観察する。こちらに背を向けて海を眺めているその姿になんとなく見覚えがあった。というかちらっと横顔が見えた。衝撃的偶然。目下捜索中の竜胆灯火だ。
「り、竜胆灯火っ――!? ちょ、ちょっとバイク停めて下さいっ、劇下さんっ。竜胆さんいましたよッ!」
 僕は興奮が抑えられない。こんな橋の真ん中で停められるわけないし。
「えっ、マジかっ……うわっマジだ! くははっ、こんな偶然ってあるかよ、玖難。いやもうこれは必然だ。だったらこいつは一体誰の仕業なんだろううな、玖難」
 とか変なことを言って、劇下さんはバイクを無理矢理竜胆さんの元に走らせた。
 バイクを橋の端に寄せて、僕達は呆然と立ちすくむ竜胆灯火の前に出る。
「……ふん。これは意外な組み合わせだな。まさか君までやってくるなんてね」
 竜胆は僕の顔を見て力なく笑った。なんか元気なさそうだ。どうしたんだろう。
「ってか竜胆さん! 浦々さんはどこなんですかっ! 浦々さんを返して下さいっ!」
 僕はなんだか無性に嫌な予感がした。
「すまない、久我山少年。浦々笹波は、攫われた……オレが不甲斐ないばかりに」
 ――嫌な予感が当たってしまった。
「なっ……そんなっ。どうして――」
「おいおい、灯火ぃ。お前、世界最強じゃなかったのか? 聞いて呆れるぜ〜?」
 劇下さんが僕の言葉に重ねて嫌みったらしくにやにや笑う。
「オレは世界最強にはほど遠いよ……。世界は広いな、劇下」
 やたらとしおらしい態度の竜胆灯火だった。
「なに気持ち悪いこと言ってんだ、おめぇ」
 竜胆の言葉に、劇下さんがきょとんとした顔をしてみせる。
 そして竜胆はゆっくり口を開いた。
「……虚仮書=胡蝶=パラソルをという名に聞き覚えはあるか、劇下」
 竜胆が遠い目のまま、漫画家のペンネームみたいな名前を口に出した。っていうか、ありえねぇ。
「……ああ、お前にも何度か話した事があるだろ……旅に出ていた時のパートナーだ」
 劇下さんの口から意外な事実を知った。劇下さん旅してたのか。
「ふ、そうだったのか。あいつがお前の旅の連れだったとはな……はは、驚いた。……そうか。お前をたぶらかしたのは、あの女だったというわけか」
 なんだか会話がかみ合わない。竜胆に一体何があったというんだ?
「灯火……お前、まさかパラソルに会ったのか? ……というか一体何があったんだ? 笹波はどうなったんだ。全部白状して貰うぞっ」
 劇下さんはいつになくシリアスな顔で竜胆に詰め寄る。僕も竜胆には借りがある。
「そうですよ! 竜胆さん言ってましたよね。浦々さんを決して危ない目には遭わせない。オレが保証するって……」
 僕の言葉によって竜胆灯火が申し訳なさそうに俯いた。気にしているようだ。
「くっ……。ああ、分かった。オレの負けだ。全部話すよ」
 そして竜胆灯火の口が重々しく開かれる。
 その内容を聞いていく内にこの人は嘘を吐いてるんじゃないかと疑いたくなった。それくらい信じられない出来事が、つい数時間前この橋で繰り広げられた。
「……つか、なんなんだよ。俺はあの巨人1人相手に相当手こずってたってのに、お前はたった1人でそんな数相手に戦ってたのかよ」
 話を途中で遮りたくなる気持ちも分かる。劇下さんの言うとおり、竜胆さんの話は衝撃的だ。あの懴忌だけでなく、その巨体のハンマーを持ったスキンヘッド男に、武装した数十人の兵士。それらを1人で相手にしていたのか。やっぱりこの人化け物だ。
「だが、虚仮書=胡蝶=パラソル。あの女の登場で戦況は変わった。奴は究極の悪魔だ。常軌を逸した暴力を前に、俺は全く太刀打ちできなかった。気が付いた時は浦々笹波の姿はなかった。どさくさにまぎれて連れ攫われたんだ……右城條区も消えていたからな」
「そんな……市長がどうして」
「あいつは市長なんかじゃないよ。右城は市長という今のポジションをただの踏み台としか考えていない……あいつの目的はもっと別のところにある」
「別の目的……?」
「詳しくは言えん。それに今は関係ない事だ……。とにかく浦々笹波が連れ攫われた後、虚仮書=胡蝶=パラソルが唐突に戦いを中断した。もう飽きた、らしい。全くふざけた話だよ。奴にとっては遊びに過ぎなかったのだ」
 竜胆はそう言うと、遠い目をして再び空の彼方を見つめた。
 遊び……遊び。遊び? 懴忌や武装した兵隊に、極めつけは竜胆灯火。それら全てを滅茶苦茶にかき回したのは一人の女? その女は遊びのつもりだったとでも言うのか?
「……それなら、竜胆。お前はこれからどうするつもりなんだ?」
 しばらく続いた静寂を破って、劇下さんが唐突に言葉を発した。
「……オレは、もう今回の件からは手を引くことにした」
 振り向くことのないまま竜胆は言った。僕はその言葉に腹が立った。
「な、何言ってるんですかっ! 竜胆さんっ! だってあなた、浦々さんの事は安心して任せろって言ってたのに無責任過ぎますよっ! それに野望はどうしたんですっ! 大きな使命を果たすって言ってたでしょう! 諦めるんですかっ?」
 口から感情が溢れ出す。竜胆を責めたってしょうがないって分かってるけど。
「すまないな、久我山少年。だが、今回もうオレの出る幕はないのだよ。我が侭を言うようで申し訳ないが、浦々笹波の事は……後はお前達に頼んだ」
 竜胆はまるで気の抜けた炭酸飲料のように脱力して、何もない空間に視線を漂わせていた。僕は納得できるはずがない。
「いやっ、勝手すぎだ――」
「よし、ここからは俺達に任せろ!」
 なぜか僕の言葉を遮って、劇下さんが即答で引き受けた。
「え? あっさり引き受けちゃったよ! い、いいんですか、劇下さん!?」
 意外な言葉に僕は頭がこんがらがった。劇下さんに何か意図があるのか?
「だって元々は俺達が笹波を取り戻しに来たんだろ? だったら標的が灯火から連中に変わっただけだ。なら話は簡単だ。後はあいつらをぶっ飛ばせばいいだけだ」
 口元をにやりと引きつらせて小気味良く笑う劇下さん。う〜ん、そんなんでいいのかなぁ……。僕にはどうしても納得できないのに。でも。
「分かりましたよ。ここでぐだぐだ言ってても仕方ありません。それじゃあ浦々さん奪還しに行きましょう……で、竜胆さん。連中の行き先くらいは分かるんですか?」
「フフ……オレに聞かれても困るよ」
 すっかり戦意喪失した竜胆は両手を挙げて気のない返事をした。そのポーズがいちいち様になってた。う〜ん、格好いい男は得だな〜。
「って、なに格好つけてるんだよ! 元はといえばあんたが原因でしょうが!」
「知らんものは知らんよ。けれど、そうだな……う〜む。……たしか右城條区は浦々笹波にこう言っていたぞ。フライトまであと1日を切ったぞ。空港に向かおう、と」
「空港……だって」
「飛行機に乗って『お父様』のところに行くのだろう。きっとこの先にあるスーパービッグサイト……そこの飛行場だろう。お前達も早く追った方がいいだろう」
 だからなんでこいつは偉そうなんだよ。劇下さんも何か言ってやって下さいよ。
「そうだな。サンキュな、灯火。んじゃ行くか、玖難」
「……」
 そしてなんで劇下さんはこんなに素直なんだ。まるで、この人なにかを急いでいるような……いや、急いでることは急いでるんだけど、もっと違う何かがありそうな……そう、まるで次のシーンの時間が押しているから急いでいるとか、展開を加速させているとか、僕達を取り巻く一連の事件を、俯瞰して見ているような。いや、気のせいだ。
「うん、まぁいいんですけどね……」
 考えても仕方ないことだ。だから、僕達は浦々さんの追跡を再開する事にした。僕は最後に竜胆を見る。
「……オレは所詮ここまでの器だったという事か……まだまだ精進せねばな……ああ、そうだ。奴らからいいものを奪っておいた。何かの役に立つかもしれん……持ってけ」
 別れ際、竜胆が劇下さんにとある物騒な物を渡して、また僕達に背を向けた。


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