超中二病(スーパージュブナイル)

第3章 舞台上にて踊る者

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

2

 
 真夜中、車は渋滞のただ中にあった。車内には2人の人間だけがいた。
「……さっきからずっと黙っているな。疲れているなら眠っていた方がいいぞ」
 車を運転する男が言った。
「いいえ、とても眠りたい気持ちじゃないからいいのです」
 後部座席に座る少女は頬杖をつきながら顔を外に向けている。
「そうか……悪いな。本当はオレの家で一晩休んでから出て行ってもよかったんだが、いつまでもあそこにいてはいつ追っ手が来るか分からんからな……オレの勝手な行動に君を巻き込んで申し訳ないと思ってはいるのだが……」
「思っているのなら降ろして欲しいのです。っていうか年頃の女の子を得体の知れない男の部屋に泊めさせようなんてしないで下さい」
「なっ、失礼な……オレはそんな野蛮な男ではないっ!」
「その辺にあった車を盗んで、あげく少女を無理矢理押し込んで連れ回す人のセリフじゃないのです。犯罪者です」
「むぅ……」
 何も言い返せない男――竜胆灯火はばつが悪そうに黙り込んだ。車内は再び沈黙に包まれた。彼は少女――浦々笹波のことがよく理解できずにいた。彼女の考えていることが分からない。怯えている様子は見せていない。かといって強がっている風でもない。しかし――これが彼女の自然体なのかと言えばそれも違うと竜胆は思った。
「……ねぇ、竜胆さん」沈黙を破って少女は語り始めた。「暇だからなんか面白い話でもしてよ」
「……君はこう見えて結構傍若無人なんだな」
 竜胆にもようやく笹波の本性が見えてきたようだ。
「あなたに言われたくはないのです。……何も話すことないのですか?」
 話を促す割には興味のなさそうな顔の笹波。まるで本当は聞きたくないのだけど、何かを意識して、それに対して仕方なく聞いているといった感じ。そう、それはまるで観客の為の退屈しのぎ。場つなぎ。
 竜胆は少し気味悪く感じたが、笹波の要望に応えることにした。
「ふふっ、そうだな……では昔の話をしようか。オレはかつて大きな戦いに参加した事があってな、そこで共に戦った男がいた」
「……その戦いってもしかして」
「ああ、『聖戦』だよ……。俺はレジスタンスだった。戦友のほとんどは死んだよ。今から話す男は数少ない生き残りなんだがな」
 ハンドルを握る竜胆は、寂しそうな瞳を通り過ぎるアスファルトに向け語り始めた。
「そいつは無謀で馬鹿な男だった。正直あの時から何を考えているか分からない奴だった。……だけど奴がいるとオレ達はなぜか戦いの疲れも忘れ、心の緊張がほぐれ、励まされた……不思議な男だ」
「ムードメーカー的な存在だったのですね」
「ははっ、どころかトラブルメーカーだよ、奴は。オレ達の仲間であるはずなのに、まるでオレ達のやっている事を否定しているような存在だった。結局奴は何がしたのかったかオレにも分からなかったよ」
「それで、その人がどうしたのです?」
「うん。それはオレ達がある大きな戦いを前にした時だ。その頃のオレ達の戦況は絶望的だった。この戦いでオレ達は完全敗北するだろうとみんな心のどこかで思っていた」
「でも……勝ったのですか?」
「いいや、その逆さ。そもそもオレ達は戦ってすらいない。逃げたんだよ、オレ達は」
「えっ……? 逃げた?」
「あの男が言っていた。みすみす死ぬのは勇敢でも誇りでもなんでもない、ただの馬鹿だと……。あの戦いはオレ達にとって大事なものだった。逃げるなんて選択肢はなかったんだ。なのに奴はオレ達の悲願よりも命をとったんだ。無理矢理オレ達の進撃を妨害して、オレ達の敵になってまで戦いを阻止したんだ」
「……じゃあその後はどうなったのですか?」
「結局は負けたよ。逃げた時点で負けは決まったようなものだし、けれど逃げなかったらみんな死んでいただろう。しかし、その敗北で完全に決定した……この世界が一つの虚構に成り下がった。一部の人間によって創造という支配を受けるようになった」
 竜胆は憎々しげに眉間に皺を寄せて真っ直ぐ前を見つめる。笹波はその顔を儚げな瞳で見ながら静かに言った。
「だけど、少なくともあなたは生きているじゃないですか……」
「ああ、そうだな。だからオレは奴に生かしてもらったこの命を決して無駄に使うことはできないのだ。オレはずっとチャンスを待っていた。そして今その時がきたのだ」
「そういうことですか。それで、その人は今のあなたを見て何て言ってるのです?」
「ふふ。同じ事さ。昔と変わらないよ……。いや、今はもっと分からなくなったな」
 竜胆はバックミラー越しに笹波の顔をちらりと見た。まるでその顔に竜胆の言う男の姿を見ているようだった。
 だけど、竜胆の顔はまるで憑き物が落ちたみたいに晴れやかなものになっていた。
 なるほど、と竜胆は思った。
 確かにその男は竜胆にとって、今でも大切な仲間なのだ。

 その後しばらく走っていると、車は大きな鉄橋にさしかかった。近年開通したばかりの都心で一番大きな橋。ニュー・レインボーブリッジ。
 しかし橋の上を渡った途端に、竜胆は不吉な予感がした。
「……なにかおかしい」
 竜胆のただならぬ様子に笹波の体も強張る。
「おかしいって……何がなのです?」
「さっきまであんなに渋滞だったのに、この橋には車が一台も見当たらないんだ」
 橋を渡っているのは竜胆達を乗せた車のみ。強いて言うなら、あとは上空を飛んでいるヘリコプター1台のみだった。
「あ……本当ですね。でも偶然なんじゃあ……きゃっ!」
 その時――車内全体に大きな衝撃が走った。車外には土煙が舞っていて周囲の様子が分からない。
「な……何が起こったんだっ!」
 しかし竜胆は取り乱すことなく、アクセルを強く踏み車を加速させようとする。だが、
「車が……動かないだとっ!?」
 アクセルを思いっきり踏んでも車は全く動かない。やがて辺りの様子が見渡せるようになると、2人は目の前の光景に驚愕した。
「きゃあ!」と笹波。
 車は巨大な障害物にぶつかっていてびくとも動かなかったのだ。その障害物は――。
「人が――いるだとおーっ!?」さすがの竜胆も衝撃を受けた。
 車の前に立ちふさがった一人の大男。身長は2メートルは越そうかという巨体。そしてなぜか青紫色の海パンとTシャツ姿。手には身長の半分以上の大きさはあろうハンマーを掲げている。車は彼にぶつかった状態で全く前進できないでいた。
「クソッ! 新手の追っ手かッ!」
 すかさず竜胆は急発進で車をバックさせる。ニュー・レインボーブリッジの上を高速で巻き戻る。
「逃がさんぞおおお!」
 だが、ハンマーを持った大男がもの凄いスピードで追いかけてきた。
「なっ……走って追いかけてくるなんて……」
「り、竜胆さんっ、もっとスピード出せないのですかっ!」
「こっ、これが限界だッ!」
「どんどん近づいて来てるわっ……」
 あの巨体で、しかもあれだけ大きいハンマーを持ったまま追ってくる男。その巨体に橋が揺れる錯覚を覚える。さながらホラー映画のような光景だ。
 竜胆は橋の入り口に向けて車をバックで走らせる。しかし橋の中程にさしかかった時、竜胆は新たな人影を見た。
「なっ――危ないっ!」
 突然現れた人物を避けるため、竜胆はとっさにアクセルを切ろうとする。その瞬間――。
「えっ……?」
 竜胆と笹波を乗せた車は、縦に真っ直ぐ一刀両断された。
「きゃあああああーっ!」
「笹波さんっ!」
 左右に分断された車から、竜胆はすかさず笹波を抱えて飛び降りた。
 直後、切り離されたそれぞれの車が炎上し、爆発する。
「ひいいいいぃぃぃっ!」
 笹波の叫びがこだまする。
 笹波を上手く抱えたまま着地した竜胆は、素早く状況を確認した。
 周囲は火に包まれている。前方からはハンマーを持った大男が仁王立ちで見下ろしていた。そして、後方。そこには炎をバックに立つ、見知った顔がいた。
「おっひさっしぶりいぃ〜竜胆灯火っ。また会っちゃったっねっ」
 赤紫色のスーツに顔中ピアスだらけの長身の女。糸ノコギリを持った殺し屋――懴忌。
 こいつが人影の正体。そして車を真っ二つにした人物。どうやってあんなもので車を真っ二つにしたのかは分からないが――竜胆の直感で分かる――懴忌の仕業だ。
「あ、姉貴ぃ。こいつ、姉貴が全く歯に立たなかった相手なんだろぉ……2人がかりでも勝てるのかのぉ……」
 大男がその見かけによらず、気弱そうな声で懴忌に語りかける。
「一体どうしたってんのアンタっ? 顎奇……あの店で何があったのッ?」
「……」大男はしょんぼり沈んだ顔をしていた。
「ほら、そうやってすぐに黙りこんじゃってっさあ! はぁ……調子狂うなア」
 懴忌が大げさにため息を吐く。その様子を見ていた笹波が呆れるように言う。
「それにしても懴忌さん。ということはですね……この大男が顎奇さんなわけですね……あの悪名高い残虐姉弟が揃ったのはいいですけど、あなたもしつこいですね懴忌さん。弟さんが言ったように、あなたは一度竜胆さんにコテンパンにやられているのですよ。もう諦めたらどうなのです?」
 竜胆は、自分の背後に隠れながら挑発をかます笹波に呆れた。
「君もなかなかずうずうしい人だな……。だが確かに、オマエ達2人が相手でもオレは――負ける気がしない」
 夜風が竜胆の髪を撫でいた。
「あっはっはーんっ、カチョイー台詞ありがとございまーす。そしてそれはどうかな、竜胆灯火。誰が2人がかりだって言った」顎奇とは対照に、何故か余裕の懴忌。
「まさか……オマエ一人でオレと戦うと言うのか?」
「んっんー、逆だよ、逆。悪いが多勢に無勢でいかせてもらッうよ」
 突如、上空から闇を切り裂く眩しい閃光と激しい風、そして轟音。竜胆と笹波が上を見上げるとそこには1機のヘリコプター。先程からこの付近を飛んでいた機体だった。
「な、なんだ……こちらに降りてくるぞっ」
 ヘリは強風を起こしながら徐々に高度を下げる。やがて鉄橋の上に着陸すると、そこから黒いスーツを着て武装した男達が大勢現れた。
「なるほど……確かに多勢に無勢ね」
 笹波は竜胆の背後に回ってその様子を眺めている。さすがの竜胆も焦りを隠せない。彼一人ならまだしも、竜胆は笹波を守りながらこの人数を相手にしなければいけない。
 竜胆が思案している間にも敵の陣営は戦闘態勢を整えていく。懴忌と顎奇の2人はその先頭に立って、竜胆と笹波に相対する。
 不敵に笑う彼らの後ろ、ヘリの中から怒鳴り声が聞こえた。
「おい、貴様ら! 銃の使用は極力避けろッ! 浦々笹波は無傷で捕らえるッ!」
 そして直後、一人の男がヘリから現れた。
「右城……條区」笹波が息を吐くように呟いた。
 全身黒づくめの服装に、黒いサングラスと黒い帽子。この姿からは想像しがたいが、この男は市長。右城條区。
「そうか、右城條区。お前もここに現れたか……」
 笹波は勿論だが、竜胆もその顔には覚えがあった。なぜなら竜胆にとって右城條区もまた、彼にとってのターゲットなのだから。
 そんな事を知ってか知らずか、右城は帽子をサングラスをとり笹波に語りかける。
「やぁやぁ、笹波ちゃん。あの時の追いかけっこ以来だね〜、元気だったかい?」
「たった今、元気はなくなってしまったわ……あなた達のせいでね!」
 笹波は竜胆の背後から出ると、右城に向かって憎まれ口を叩いた。
「オレ達もすっかり嫌われたもんだ。だったら仕方ない、やっぱり強制連行するしかない、か。予定のフライトまで1日を切った、そろそろ空港まで行って色々準備をしないと。これも任務なんでね……お父上のところになんとしても行ってもらうぞ、笹波ちゃん」
 竜胆と笹波に緊張が走る。竜胆は能力で武器を生成する。創造武器。今回生み出した武器、それは以前のものとは違った。剣ではあるが一本ではなかった。右手と左手に一本ずつ。白く発光する短刀を構えた。
「ほう。貴様、能力者か」
 ここにきて右城が竜胆に初めて興味を示した。
「ああ、そうだが……それがどうかしたのか、オマエには関係ないだろう」
「ハッ、関係ないことはない。オレは能力者というのが大っ嫌いなんだ。常識外れの力によって世界の均衡を崩す、そんな力がね」
 右城は歌うように高らかに宣言した。
「ほう、そうか……。それは奇遇だな。実はオレも能力なんてのは大嫌いなんだよ」
 竜胆は笑って、創造武器を構えた。
「……ハッハー、噂以上じゃないか、竜胆灯火。面白い、オレ達をせいぜい楽しませてくれよなッ!」
 右城はくるりと背を向け下がって行ったと同時に……彼らの戦いは始まった。

 竜胆灯火の強さは本物だった。まさに一騎当千。何十と襲いかかる敵を瞬く間に薙ぎ払うその姿は、まさしく鬼神の如きである。
「姉貴ぃ、灯火のやつ息一つ切らしてないよぉ……」
 顎奇は空振りしたハンマーを持ち上げて、近くにいる懴忌に弱音を吐いた。
「ばっかっ、アンタそっれでもプロの殺し屋なのかっ。それにアンタが思ってる程こっちも不利じゃなっいよっ。あたし達はアイツと対等にやり合えてるっ」
 懴忌は腕につけられた傷を布で縛って、再び竜胆に攻撃を仕掛ける。
「くっ……キリがないな」
 全部で30人近くはいるだろうか。それほどの数を相手にしてさすがの竜胆も余裕がなくなってきている。
「ははーっ! どした、竜胆っ! 世界最強の名が聞いて呆れるぜっ? いくぜっ、秘技・切殺ッ!」
 懴忌は糸ノコギリを振り乱し、竜胆と切り結ぶ。
「どっせええええいっ!」
 横からは隙を見計らった顎奇が、巨大なハンマーを地面に叩きつける。しかしこの攻撃も竜胆には当たらなかった。
「……」
 笹波は彼らの戦いを、ただじっと見ていることしかできなかった。
 果たして彼女はこの光景に何を思うだろうか。彼女を巡ってこんな激戦が繰り広げられている。こんなにまでシナリオが大きく膨れあがってしまった。それは彼女が一番望まないこと。望まない展開。
 しかし今の笹波にはただ見ている事しかできないのだ。どうしようもなく無力で。
 だから……彼女が一番早く気付くことができたのだろう。
 ――史上最悪の存在がこの場所に現れたことに。
「……え? なに、あれ?」
 ふと笹波が橋の遠くに目を向けた。そこにあるのはぼんやりと輝く虹のような――七色の光だった。
「こっちに、近づいてきている……?」
 闇に浮かぶかすかな光はある種、幻想的な光景に見える。
 次第に戦闘中の者達もその存在に気付き始めた。
「あれはなんだ?」
 竜胆が懴忌の糸ノコギリを短刀で受けながら呟く。
「あ、わわわわわ……」
 顎奇は武器であるハンマーを落とし、呆然とその場に立ち尽くし震え上がった。
「おい、どうなってんだよ……ここにはオレ達以外誰も入れないようにしてあるのに」
 戦闘からは下がって観戦していた右城條区も『虹』に気付いて動揺している。
 一歩一歩ゆっくり近づく眩しい光。まるでこの場所がその存在の為に用意されていたかのような美しい光景。やがて彼女は笹波達の前に姿を現すと、
「うん! なっかなか面白いイベントを楽しんでいるじゃないか、君達〜。だったら当〜然、ワタシもそれに参加する義務があるよなっ。なにせワタシがいないと物語にならないんだから……そんなの勿体ないもんなっ」
 と、虚仮書=胡蝶=パラソルは言った。
 それをきっかけに――せきを切ったように周囲はざわつき、混乱する。
「あ、ひいいい……な、なんで……あいつがこ、ここに……」
 特に顎奇の反応が飛び抜けていた。顎奇はパラソルがここに存在する、ただそれだけに対して小動物のように怯えていた。一種異様な光景だった。
「顎奇……アンタが言ってた化け物みたいな女ってもっしかして……」
「そ、そうじゃあ……姉貴ぃ、駄目だぁ。ワシらみんな殺されるぅ……」
 狂乱といっていい顎奇の取り乱しように、パラソルはがっくり肩を落とした。
「なんだよぉ〜、酷い言いようだな〜……って思ったらアナタ、あの時の無謀なデカブツ君じゃないか。元気ぃ?」
「ひ、ひいい〜……」
 顎奇にもはや戦う意思はない。パラソルの登場によって戦闘は一時的に中断されてしまった。一人の女が出てきただけで、ここまで戦いに影響を及ぼすものなのか。
「おい、貴様」
 それをみかねて、チームを仕切っている右城がパラソルに呼び掛けた。
「何者かは知らないが、貴様いったいどうやってこの場所まで来た? 橋の入り口は兵が封鎖していたはずだが?」
「ああ、あれね……うん。ただ通りたいだけなのに邪魔してくるからさ〜、橋の下に落としてやっちゃった。あっ、でも下は海だから多分大丈夫だよっ」
 滅茶苦茶だ。右城は開いた口が塞がらない。
「……は、はは、なるほどねぇ。確かに貴様は化け物だ」
「失礼なっ、ワタシは化け物じゃないってば……虚仮書=胡蝶=パラソルっていう立派な名前があるんだからっ」
 七色の髪と、様々な色を見せる瞳を妖しく光らせながらパラソルは否定する。
「そうか。それじゃえーと……虚仮書くん。君はいったい何をしにここに来たんだ?」
 あくまで右城は、その高圧的な態度を崩そうとはしなかった。
「うんっ。ワタシはね、このストーリーを正しい方向に導きに来たんだよ」
 パラソルはどんと薄い胸を張って堂々と言った。
「はあ? 君は何を言っているんだ?」
 右城は顔をしかめる。
「えとね、歴史において重大な出来事が起こる際にはね、いつもそれを影から動かす人間がいるんだよ。簡単に言うならね、ワタシは監視人なの。あなた達に無事、その女の子を渡すのが今のワタシの目的」
 それはつまり、パラソルは右城達の味方ということになる。そして、それは――竜胆の敵だということ。
「な、なんで貴様はそんな事を……」
 右城條区はある男を思い出した。そしてパラソルにその影を見た。
「だって、その方が断然面白いじゃない」
 その言葉に、あの時の感覚を思い出した右城條区はぞくりとし、言葉をつぐんだ。
 説明を終えるとパラソルは、ゆっくりと竜胆と笹波の方に振り向いた。
「噂は聞いているよ、竜胆灯火ぃ。あんたワタシの劇下にいつもちょっかいかけてるんだって〜? ああ〜、羨ましいな〜、妬ましいな〜、狂おしいな〜」
 ゆらり、ゆらりと近づく異常の存在。
「なっ――」
 竜胆は恐怖を感じた。それは忘れて久しい感情だった。
「だからぁ……今日はワタシの劇下がいつもお世話になってるお礼に、少し遊んでやるよぉ〜……竜胆灯火ぃ〜」
 竜胆はこの時悟った。自分は未だ、世界最強にはほど遠い存在なのだと――。


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