超中二病(スーパージュブナイル)

第一章 久我山玖難の新しい日常

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 日が傾きかけた夕暮れ時、僕達3人が到着した場所は一軒の建物だった。建物自体は何の変哲もないようだけれど、
「ノンアンコールショップってなんですか……?」
 戯作さんの言ってた店だろう。けれど看板に掲げられた『ノンアンコールショップ』という文字だけでは具体的に何を営んでいるのか皆目検討つかない。多分アルコールが入っていないドリンクを出すお店ではなさそうな事は建物の外観からなんとなく分かった。あと、世界遺産の寺院建築でもなさそうなのも明らか。
「まぁ、とりあえず中に入れ。シャワー位なら特別にタダで使わせてやんぜ〜」
 戯作劇下は呆気にとられている僕達を残し、建物の中へと入っていく。っていうかよく見ればこの建物もなんか年季の入ったえらく古びた建造物だなぁ……。大きなくしゃみしただけで倒壊するんじゃないかって位だよ。
 僕と浦々さんは少し躊躇したけれど、ここまで来たからには入らない訳にはいかない。意を決して僕達は魔窟へと進入する。
「なんだか汚らしい部屋ですね」
 浦々さんが開口一番にしかめっ面で言った。言葉遣いが丁寧だ。でも言ってる内容はどうかと思う。う〜ん、コロコロとよく変わる態度から考えるにこの子、どうやら普段は猫を被っているみたいだな。
 でも、確かに汚らしい部屋だな。物がごちゃごちゃしてるとかそういう類の汚さじゃない、掃除があまりされていないような……いや、なんだか古い家って感じの空間っていうのか。だったらそれは汚いというよりなんだか懐かしいような……そんな気がした。
「じゃあさっそくだけどシャワーを使わせて貰こうかしら……覗いたら殺す」
 最後の台詞は僕の聞き間違いなのかな。そうだよ。綺麗な顔してるのにそんな言葉遣いするわけないもんね。空耳ということにして僕の幻想は保たれた。
「ったく、近所では紳士の名で通ってるこの俺がそんなガキの入浴なんて覗くような真似するかよ……なぁ?」
 戯作劇化が呆れるような声で僕に同意を求めてきた。
「……はぁ」
 しらねーよ。つか、信用できねー。紳士の顔じゃないもん。よく見たら下心満開の目してるじゃん。鼻の穴ぴくぴくしてるじゃん! 
「……分かりました。それでは案内して欲しいのです」
 絶対信用してない顔だけど、渋々といった感じで浦々さんは頷いた。気を付けてね。
 そういえば着替えはどうするのかなと僕はふと思ったけれど、浦々さんは戯作劇下に導かれて奥へと姿を消した。その間に僕はタオルで体を拭いた。

「それで……戯作さん。さっきあなたは店とかいってましたけど、一体何をやっているとこなんです。『ノンアンコールショップ』って何をする店なんですか?」
 浦々さんがシャワーを浴びている間、僕は得体の知れない男、戯作劇下と2人きりになってしまったので、まぁ黙っているのも気が悪いので間を繋ぐため僕は何気なく聞いてみた。奥からは勢いよくシャワーの音が聞こえる。惜しみないな浦々さん。っていうかそういえば、僕はまだ濡れたままの状態なんだけど。僕の事はスルーなんですね。何気に戯作さんはバスローブに身を包んでいるし。
 ま、結構時間も経ったし、ある程度服も乾いてきたから別にいいんだけどね。
「ん〜それはな……アンコールしない。つまり、きれいに舞台の幕を引く生業。和訳すると幕引き屋だな」
 唐突に戯作劇下が言った。いや……ますます分からないんですが。
「ほら、今ってこんな世の中だろ? だからさ、ちょっと加減ってものが分からない連中も出てくんだよ。俺はな、少年……少年、お前なんて名前だ?」
 どっしりと椅子に腰掛けて戯作さんは尋ねた。いちいちこの人の動作は演技臭いというか。大体なんでバスローブなの? 服装がいちいち洋風っぽいんだけれど。不信感を感じら僕は口を開く。
「えっと、ああ……僕は久我山。久我山玖難です」
 本名を言っても大丈夫なのか迷ったけれど、とりあえず僕は名前を名乗った。
「そうか……久我山少年。どうでもいいが君はなんとも普通だな」
 どんな感想だよ、それは。
「はぁ、そうですか……」
 余計なお世話だ、こんちくしょう。
「いやいや、へそ曲げるなって。いい意味で言ってるんだよ。誤解すんなよ。うん、俺は君が実に気に入ったね。自分を名乗るシーンにおいてこんなにあっけない演出で済ませようとする、ある意味時代錯誤なとこが気に入ったねぇ」
 僕は戯作さんのその話し方に時代錯誤的なものを感じたんだけれど。ていうか、アンタに気に入られても仕方ないんだけど。
「はぁ……よく分からないんですけど、それでこんな世の中だからどうするんですか?」
 自分の事について深く話を掘り進められたくないし、話を元に戻そうと試みた。
「淡泊だな、お前さん……まぁいいや。でだ、こんな世の中だから俺はこの仕事を始めたってわけなんだよぉ」
「いや、分かんないです。はしょりすぎです。さっき何か言おうとしてましたよねっ?」
 加減の分からない連中がどうとか。
「ああ……そうだな……なんか面倒臭くなったから上手く流そうと思ったんだよ。いや、食いついてくるね。やっぱりここは流せないか……だよな、だったら物語として成立しないもんな……最低限のフラグは踏まなきゃいけないよな〜、やっぱ」
 ああ、そうさ。僕も不本意だけれど……確かに今の状況ならその話は聞かなければいけないのだろう。さもないと物語の先に進めないんだから。
「う〜ん……そうだな。簡単に言えば世の中の均衡を保つのが俺の仕事だって事だ。世界のルールから大きく逸脱するものを正す……警察みたいなもんだ」
「警察……ですか」
 絶対違うと思うけど一応頷いた。
「そう。俺は収拾の付かなくなった物語に引導を渡して丸く収める、いわば抑止力だ」
 戯作劇下は誇らしげににやりと微笑んだ。なんだかそれは見ているこっちまでもが爽快な気分になれそうな笑顔だった。
 と、その時奥から湯上がり姿の浦々さんが現れた。
「私がシャワー浴びている間に何を話していたのですか?」
 ぶかぶかのアロハシャツを着た浦々さんはやけに色っぽい。なんだかいい匂いがするし、湯気が出てるし、濡れた髪とかがなんか凄くイイ! グレイトォ!
「グレイトォ!」
 ……って、戯作さんかよ! びっくりした! てっきり僕が心の声をつい口に出したのかと思ったよ! つか、同じ事考えてんなよ! せめて口に出すなよ!
「……この服は洗濯して返します」
 すっごい冷徹な目で劇下さんを見る浦々さん。あ……でもその目ちょっと良い感じかも。ゾクゾクするよ。僕にも向けて欲しいかも……。ていうかその服やっぱり戯作さんのなのね。借りたのか。ていうか、戯作さんのファッションセンスがさっぱり分からん。
「いいってことよ。気にするな」
 戯作さんはどっしり構えてクールに言った。センスはともかく意外といい人なのか。
「洗濯はしなくてもいいんだぜ。きっとその方がマニアに高く売れるからな、お嬢ちゃあががああああぁぁぁああ!」
 浦々さんの関節技が戯作さんに決まった。イッツクール!
「この服は私が頂きます」
 浦々さんはさっきの言葉を訂正して、戯作さんをゴミのように見下した。
 この人も懲りないなと思いながら、僕は戯作さんを放っておいて浦々さんに尋ねる。
「浦々さん。僕はさっきから成り行き上、ずっと困惑させられっぱなしなんだけど……そもそもなにより一番気になるのは、どうして君が追われているのかって事なんだ。あいつらは一体何者なの?」
 こんな事態に陥ってしまった原因の中心となる少女。この部分をはっきりさせておかなければ、多分僕はこの問題から解放されないだろう。もう僕はこの物語の舞台上に上がってしまったのだから。
「……さぁ。私にもよく分からないのです」
 一瞬の間のおいて、僕から目を逸らしながら答えた。……それは、嘘だ。
 浦々さんは明らかに何かを隠している。そんな素振りだ……それになによりこういう時は必ず何かあるはずなんだ。やっぱりこの問題、結構複雑なものらしい。
「戯作さん」
 浦々さんはそんな僕の気持ちを知ってか、話を逸らすように戯作さんに呼びかけた。
「なんだい譲ちゃん。あと俺の事は気軽に劇下でいいよ」
「そう……劇下さん。私、さっきの話を聞かせてもらいました。あなたの仕事の話。だから、私――あなたに依頼します」
 ……え? 今なにを?
「依頼だと……? それは、なんだ?」
 劇下さんの目つきが急に変わった。
 そして浦々さんは――、
「劇下さん、私を守って。そして――この物語を終わらせて下さい」
 浦々笹波は静かな口調で言った。窓から差し込む暖かな西日が彼女の髪を照らして、幻想的に輝いていた。ああ春なんだな、と何故か場違いに僕は思った。


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