ガンプラマスター昇太郎

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

エピローグ  〜 帰り道の寄り道 〜

 
 ある日。学校が終わって俺が帰り支度をしていた時。
「なぁなぁ、坂場ぁ〜ん……んっ!」
 前の席にいる能勢がヘラヘラした表情で俺に話しかけてきた。
「なんだよ能勢……変な声あげて。とうとうおかしくなったか?」
 せっかく帰ろうとしてたのに、なんの用だよ。
「相変わらずオタクには手厳しいの、貴殿は。じつはさっき授業中にケータイでネットみてたんだけどねぇ、それである記事を見つけてさぁ……」
「いやちょっと待てお前。さも普通に言ってるけどさ……お前がそんな不良だったとは思わなかったぞ。俺は悲しいぞ。あと俺が厳しいのはお前にだけだぞ」
 授業の間やけに熱心に下向いてると思ったら……野瀬、お前というやつは。
「いやはや坂場君。なかなかどうして高校生の授業というものは難しいものだろうか」
 能勢は遠くに視線を向けた。おやおや現実から逃げるのか。
「同意はするけど、そろそろ本題に入れよ。で、何の記事を見つけたんだ?」
「ほらね、前にしてたじゃん。クイックモデリングの話。ブラックロードっすよ」
「ああ……してたよな。で、それがどうした?」
「それがですな、ブラックロードが公式に発表したんさ。クイックモデリングは、その他の別の用途のために使わない。これはタイムマシンなどではないーって」
「つまり、どういうことだ?」
 俺はついつい能勢の話に体を乗り出す。
「ああ、うん……つまり結局、軍事産業に利用するとかそういう話はなくなったんさ。クイックモデリングはおもちゃ以外のなにものでもないってさ」
「そう……なのか」
 それを聞いて、俺はほっとしたのを感じた。
 ブラックロード社の中でなにがあったのか、俺には知る余地もない。
 だけど俺は、よかったなって思えた。ブラックロードは子供に夢を与える会社だった。黒路地家は黒い血脈なんかじゃない。俺は――これでようやく一段落したような気がした。
 気付くと、能勢がまじまじと俺の顔を覗き込んでいた。
「……ん? 俺の顔になにかついてる?」
「ほほっ。やはり貴殿、興味あるじゃないか」
「え? 興味?」
「今まではこういう話に興味ないとか言ってたよね。でも今、とても興味しんしんに聞いてるねっ? ねっ、ねっ?」
 なぜか鬼の首をとったかのごとく得意げになってる能勢。まぁ、でも。
「うん、そうだな……否定はしないよ」
 俺は素直に認めた。確かに興味があったことは事実だから。
「ん、あれ……? 坂場君。貴殿はそんなキャラだったっけ? オタクのこと、毛嫌いしてたような気がしてたのだけれども……僕の勘違い?」
 すると能勢は拍子抜けしたように首を傾げた。
「オタク……? いいじゃないか、オタク。好きなことに一生懸命打ち込める……これほど素晴らしいことはないよ」
「……へ? へへへへぇええっ? なにを仰ってるんですか? 貴殿、なにか不治の病的なものをこじらせたのでは?」
「俺だってたまにはいいこと言いたいんだよ。ってか俺がオタクを認めるのがそんなにおかしいのか」
「こりゃあマジだぁ。坂場のやつ……ほんとに、おかしくなりやがった」
「…………」
 失礼なやつだ。俺はそんなにオタクを憎んでいたように見えたのか。いや……そういう風な人間だったんだろう。俺はずっとそうやって演じてたんだろう。
「それじゃあな、能勢。また明日」
 頭の上にハテナマークを浮かべながら首をひねっている能勢に別れを告げて、俺は教室を出る。そして校舎を抜けて、そのまままっすぐ校門の外へ。


「――あら、昇太郎じゃない。奇遇ね」
 校門を抜けてすぐに声をかけられた。顔を向けると、学校の塀に背中を預けて立つ黒路地止水がいた。
「あ……師匠、奇遇ですね」
 同学年なのにこの人に対してついつい敬語を使ってしまうクセがまだ抜けない。ていうか師匠、塀にもたれて何してたんだよ。絶対俺のこと待ってただろ。なにが奇遇ね、だよ。
「あら、もしかしてあなたも柴島さんの店に寄るの? 奇遇ね、私も寄って帰ろうと思ってたところなのよ」
「いや、奇遇もなにも俺なにも言ってないじゃん。別に行くなんて……」
「今日は……今日は新作ガンプラの発売日なのよっっっっっ!!!!!」
 師匠はいきなり声を張り上げた。帰宅中の生徒達が一瞬ぎょっとして振り返った。
「ちょっと……なに叫んでるんだよ。恥ずかしいじゃないかっ」
 俺は師匠の腕を掴んで、その場を逃げるように足早に歩いた。
「なによ昇太郎。あなたはガンプラバトルで負けたのよ。私の言う事をなんでも聞くんじゃないの? 私の下僕になったんじゃないのっ? ほら、鳴きなさいっ!」
「誰が鳴くかよっ! ……ちょっと待てちょっと待て。下僕になるなんて誰が言ったんだよ。それに……あれはほとんど俺の勝ちじゃないか」
「結果が全てなの。まごう事なき私の勝ちよ」
「……だな」
 ――師匠とのガンプラバトルで、ガンダムのラストショットがマスターガンダムを倒せたまではよかったのだけど……俺はそれで勝ちが確定したものだと思ってた。すっかり忘れていたのだ。まだ師匠にはシャアザクがいたってことを。
 俺に下敷きにされていた師匠はとっさにシャアザクを回収すると、斧で俺のガンダムに止めをさしたのだ。
 その結果。俺は負けてしまった。
 そして俺は、約束どおり師匠言うことをなんでも聞かなくちゃいけない羽目になった。
「――そういうわけで私の買い物に付き合いなさい、昇太郎」
「はいはい、分かりましたよ師匠。付き合いますよ」
「そう言って……でもほんとは最初から行くつもりだったんじゃないの?」
 ぎくり。
 な、なんで分かったんだ。
「いや……別にそんなこと……な、ない……よ」
「嬉しそうに急ぎ足で歩いてる姿を見たら簡単に分かるわよ。というかその反応からしてやっぱり行くんじゃない。ものすごく嘘が下手ね。もしかしてそれで誤魔化してるつもりなの? なに、死にたいの? 童貞」
 俺は平静を保ったつもりだったんだけど、バレバレのようだった。ていうかなんでそこまで言われなきゃいけないんだ。童貞の何がいけないんだよっ!
「ああ、そうだよ! 行くよ! 俺はこれから柴島さんの店に行くつもりだ! 特に用もないけど柴島さんの店に行くんだ! 悪いかっ! 童貞で悪いかああああっ!!!」
 俺は清々しいくらいに開き直って答えた。
 すると師匠が呆れた声でため息をついた。
「振られたのにまだ懲りてないのね……あなた」
 どことなく不機嫌そうにも見えた。
「う、うるさいな。別にいいだろ。俺の勝手じゃないか……って、知ってたのっ!?」
 師匠には振られたこと黙ってたのに、どうしてっ!?
「そりゃあ知ってるわよ。師匠たるもの弟子のことはなんでもお見通しなのよ」
「なんだよそれっ!」
「あなたの態度を見てて知らない方がおかしいくらいよ」
「うそっ! 俺そんなに態度に表れてたのっ!? やばいよっ! どうしようっ!」
 一回振られたのにまだ柴島さんに未練たらたらだって本人に思われたらどうしよう! いや、実際そうなんだけどそれを知られたら俺は生きてけないよ!
「そんな、なんでもお見通しの師匠から馬鹿弟子にアドバイス」
「えっ。それはなんですか師匠! 是非ご享受をっ!」
「時には諦めも肝心よ」
「そんなアドバイスならむしろしてほしくなかったっ! 俺はまだ諦めちゃいないっ!」
 それができればこんなに苦しまないさ。簡単には諦められないのが恋なのさっ。
「ふ〜ん……あっ、そう……」
 と、なぜか師匠は口をとがらせてそっぽを向いた。
 ……あれ? このタイミングで怒るの? なんか怒らせるようなこと言った?
「――で、前置きはこのくらいにして。……任務のほうは順調なの?」
 師匠は淡々とした口調で言った。
「今までの全部フリだったのかよ! てか任務って? なんのことだよっ?」
 俺はそんなこといま初めて聞かされたんだけど。
「……あんた素で忘れてるんじゃないわよ。いま最も優先させるべき任務と言ったらひとつしかないじゃない――ガンプラ部(仮)を正式な部活動に昇進させること!」
「あ。それね……」
 そう言えば言ってたな。俺には関係ないと思ってたけど。
「あなたから全然やる気を感じないのだけど」
「いや〜……だって無理だと思うよ〜。前も先生に即答で却下されたし、部員だって2人しかいないし」
「だから部員を集めればいいじゃない」
「え、誰が?」
「あなたが」
「俺かよっ!」
「何でも私のいうことを聞くんでしょう、下僕」
「ガンプラバトルの勝敗が後々こんなにも大きな影響を及ぼすことになるなんてっ!」
 こんなことになるんだったら、その場のノリとはいえなんでもいうこと聞くなんて気軽に言うべきじゃなかった。
 とまあ――そんなやり取りをしているうちに、俺達は柴島さんの店に近づいてきた。

「あ、柴島さん」
 店の近くに立っている木。そのすぐ傍に柴島さんがいるのを見つけた。俺の心臓の鼓動は自然と早くなる。
 俺は手を振って彼女に呼びかけようとした。
 だけど――。
「……あ」
 俺の笑顔は思わず固まってしまう。凍り付いてしまう。
 柴島さんはどうやら誰かと話している最中みたいで――その人物は白城静夜だった。
「な、なんであいつがここにぃぃぃいいいい……????」
「幼なじみだからでしょ。なに本気でショック受けてるのよ。きひひひ」
 なぜか師匠はニヤニヤと嬉しそうに俺の方をみてくる。性格悪いぜ、師匠。
「べ、別にショック受けてねーしっ。ただ、その……店番はいいのかな〜って」
 柴島さんと白城が何やら話しているのを遠巻きで見守る形で、俺はぽつりと愚痴をこぼしてみせる。
「あら知らないの? 彼女の父親、もう退院したのよ。よかったわね」
「ふ〜ん……そっすか」
「……よかったわね、ほんと」
 師匠の声には、俺には理解できないような重みがあった。
 俺はその場を動けず、ただ柴島さんを見つめていた。
 って。あれ……? 以前にも俺は、こうやってこの場所に立って柴島さんを眺めてたことがあるような……。
「さ、昇太郎。そんなことよりガンプラよ、ガンプラっ。今日は新作の発売日って言ったでしょっ。こんなに嬉しいことはないわっ」
 師匠はマジでうれしそうな声をあげて意気揚々と店に向かって行った。
「ガンプラっ♪ ガンプラっ♪ ガンプラっ♪ ガンプラっ♪」
 ……ガンプラ愛もここまできたら狂気だな。
「つーか、そんなことって……俺にとってはガンプラの方がそんなことだよ……はぁ」
 泣きたい気持ちだった俺だけど、まるで小さな少年のような師匠の後ろ姿を見ていたら、なんだか笑えてきた。
 ふと――俺はとある過去の情景を思い出した。
 桜の花が満開に咲く木の下に立つ少女と、こっちに向かって走ってくる純粋でまっすぐな少女の姿。
 それを見て人生が劇的に変わったと信じた俺。
 ああ、そうか。思いだした。俺は今、あの時とちょうど同じ場所に立ってるんだ。
 ほんと……笑えるよ。そうさ、今となっては笑える話だ。
 俺は柴島さんと白城が話している傍に立つ木を見た。
 もうその木には桜の花なんて一枚も咲いていなかったけど、夕日を浴びたその木に俺はあらためて誓ってみせた。
 ――――。
 それは、俺の心の中に、そっとしまっておくことにしよう。だってまた心変わりしたら恥ずかしいもんな。
 俺は思い出の木に背中を向けて、師匠の後を追って店の中へ足を進めた。
 そうだ――今日は俺も、なにか1つガンプラを買って帰ろう。
 あの子と同じ、お揃いのものを。

――完。

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