ガンプラマスター昇太郎

昇太郎、ガンプラをやめる

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

3

 
 休日の午後。俺は部屋に閉じこもっていた。
 俺は、夢を見ていた。
 これは俺の運命の日。中学の卒業式の出来事だ。
 卒業式の間、俺は新作ゲームのことばかり考えていた――。


 ――ああああああ〜〜〜。はやく終わらないかな終業式〜。いやでもほんと、明日からもうここに通わなくてすむなんて嬉しいな。スカッとするよ。って……おいおい、女子達泣いてるよ。なんで? いつもは校長が話してる時うざそうにしてるじゃん。どうして今日は泣いてんの。まったく、意味が分からない。僕は周りの雰囲気なんかに流されるほど、弱い精神構造してないんだよ。おっと……やっと終わったか。さて、あとは教室に戻ってチョチョッと話聞いたら終わりだな。
「というわけでみんな、さ……さようならっ! うおおおお〜〜〜〜」
 ……っておいおい、なに先生まで泣いてんだよ。お前そんなキャラじゃねえじゃん。気持ち悪い。なんかみんな先生の方に集まってるし。これってもう帰っていいんだよな? みんなこのあとどうするとか、写真とろうとか、打ち上げしようとか言ってるけど、そんな面倒なことに関わりたくないよ、僕。帰ろう、このままこっそり帰ろう。
 ふぅ〜……さすが僕、存在感のなさを活かして校舎の外まで無事脱出することができた。
 でも校舎を出てもまだ油断できない。なんかみんな写真とったりしてるよ。……うわ、あっちには告白してるやつまでいる! しかも第2ボタンもらっちゃってるし!
 ……こんな学校からははやく出よう。僕は早歩きで学校を抜け出して家に向かって歩いていた。
 頭の中には購入したばかりの新作ゲームのことでいっぱいだった。レベルあげのこととか、装備の充実をどうしようとか、ずっとそんな考えに支配されていた。
 だけど僕のそんな思考は――まるで落雷に打たれたように、一瞬で弾け飛んだ。
 桜並木の通り沿いに、制服姿の少女が立っていた。その少女の顔を見た瞬間に、僕の足が止まっていた。
 少女は笑顔を向けていた。僕は一瞬自分に向けられてるのかと驚いたけど、どうやら写真を撮っているみたいだった。少女の手には卒業証書が入っているであろう筒がある。この子も今日卒業式だったんだ。僕はなぜか目が離せなかった。
 そして、僕の中に変な気持ちが沸き上がってきた。なんだ……この胸を締め付けるような痛みは。この焦燥感は。寂寥感は。
 僕はなぜか泣きたくなった。とんでもない失敗をしたような気持ちだった。取り返しのつかないことをしてしまった気分だった。
 その時、僕が歩いてきた方向から誰かが走ってくる気配を感じた。
 僕はそちらに顔を向ける。写真を撮っている少女と同じ制服を着た別の少女だった。手にはやはり卒業証書。そしてもう片方の手には――おもちゃを持っていた。
 あれは確かに……ガンプラだった。


 そう、今だから分かる。
 あれは――俺が初めて作ったのと同じ、ファーストガンダムだった。
 そうだ……思い出した。あの少女はぶつぶつ独り言を言ってたんだ。ガンダムの台詞を口走りながら、ごっこ遊びしていたんだ。ぶ〜ん、どどどどど、とか言ってたんだ。そしてそのまま模型店に入っていったんだ。
 そうして俺は悟ってしまった。オタクの虚しさを、滑稽さを。卒業式の日にガンプラを手に持って遊びながら模型店に入っていく少女を見て自分がオタクだったことを激しく後悔したんだ。
 あのとき感じた胸の熱い気持ちの正体は……そういうものだと思っていた。信じていた。
 でも、そうじゃないんだ。今なら言える。今だから理解できる。
 あの少女を見て悲しいと思ったのは、俺自身が悲しかったからだ。事実あの少女はちっとも悲しいなんて思ってなかったはずだ。彼女は輝きの中にあったんだ。
 なぜそんなことが言えるのかって? それは彼女が――黒路地止水だからだ。
 黒路地止水はいつも全力でガンプラを楽しんでいた。真剣に向き合っていた。そんな彼女の姿を見て勝手に悲しみを見いだすなんて……なんて勝手な話だろう。
 だったらあの時感じた胸の中からこみ上げてくるような熱い気持ちは、もしかしたら……。
 もしかすると……と。俺がその答えが分かりかけた、そのとき。 

 ――そのとき、俺は目を覚ました。
「……ふあ?」
 いつの間にか俺は眠っていたみたいだ。借りてきたガンダムのDVDがテレビ画面に流れっぱなしになっていた。
 久々に長い夢を見ていた。久々の悪夢。
 なのに、悪夢を見たというのに俺はまるで、憑き物がとれたみたいに気持ちが軽くなっていた。
 俺はテレビ画面に目を移した。そこには師弟がガンダムに乗って熱く叫びながら戦っている場面が映し出されていた。
「……そっか」
 俺はどうしたいのか。俺が本当にやりたいことはなんなのか。それが分かったような気がした。
 俺はベッドから立ち上がって、DVDを停止してテレビを消した。
 あの時みた後ろ姿に、俺は勝手に気持ちをおしつけていたけど……それでも俺は確かに黒路地止水から感じたんだ。孤独と、寂しさを――。そしてそれだけは、本当なんだ。
 まだ日が暮れるまで時間がある。俺は寝ぼけた頭のまま、部屋を飛び出して外へ出た。

 ふふ……だから俺は、アホなのだ。



 今の俺は誰よりも早く駆けていた。通常の3倍のスピードで走っていた。
 ただひたすら、がむしゃらに、俺は走って走って走って、一分でも速く目的地に向かって走っていた。
 日曜の昼間に学校なんて行ってどうするのか、ただの無駄骨に終わるだけじゃないのか。でも、頭では理解できていても、動かずにはいられなかった。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
 もしかしたら、俺が望んでいたものの答えはいまここにあったのかもしれない。
 そう。これが、俺の青春の形だった。

「はぁ……はぁ……まさか、いるとは思わなかった……」
 旧校舎のとある空き教室。
 部屋の真ん中に並べられた机にむかって作業している少女に、俺は話しかけた。
「どうしてここに……昇た……坂場くん」
 その少女は一瞬驚きで目を大きく開けたあと、すぐさまどこか申し訳なさそうに、伏し目がちに尋ねた。
「そんな顔しないでくださいよ。いやね、日曜の昼間からこんなとこに一人じゃ寂しいと思ってね」
「え、なにを言っているの……?」
「……勝負をしようと思ってきたんですよ、黒路地さん。いや……黒路地師匠っ!」
 俺はこの少女とガンプラで遊ぶ為にここへ来たのだ。俺達は、ガンプラ友達だから!
「…………ふ。ふふ。ふふふふふっ!」
 すると。泣きそうだった少女の顔つきがみるみるうちに変わっていく。そして。
「――そんなに戦争がしたいのっ? あなたはッッ!!!!」


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