ガンプラマスター昇太郎

昇太郎、ガンプラをやめる

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

2

 
 俺が黒路地止水と師弟の関係を断ち切ってから数日が経った。
 俺はその間、旧校舎には寄っていないし、黒路地止水とは一度も会っていない。
 クラスメイトである柴島さんとは、気まずさからあれから一度も話していない。授業中などに時々視線を感じたりするけど、俺は気がつかないフリをした。
 あと休み時間とか放課後とか、教室に人が少なくなった時に柴島さんがこっちに来そうになったりしたことがあったけれど、俺は全力で話しかけられるのを避けた。
 用もないのに能勢に話しかけたり、急いで教室の外に出たり、話しかけるなオーラをバリバリ出してた。
 そんなある日の放課後、帰り支度を済ませた俺はいつものように足早に教室を出た。
 玄関で靴を履き替えて校舎の外に出る。そして校門を抜けたところで――。
「まっ……待ってっ、坂場くんっ」
 俺は心臓が凍り付きそうになった。おそるおそる振り返ると――柴島さんが息をきらせてこっちに走ってくる姿があった。
「はぁっ……はぁっ……やっと追いついたね」
「く……柴島さんっ」
 彼女に合わせる顔なんかない俺は、気まずくて窒息死してしまいそうだった。
「ねぇ、坂場くん。お話……したいの。だから、一緒に帰らない?」
「…………」
 俺は――断る理由も思いつかないので、仕方なく首を縦に振った。

「黒路地さんは、いい人だよ」
 距離をとって歩いていると、柴島さんはギリギリ聞き取れる声で唐突にそう言った。
「……どうして、いきなりそんなこと」
「坂場くん、最近ガンプラ作ってないんだよね……? 黒路地さんと遊んでないんだよね?」
「……知ってたの?」
「いつも仲良さそうにしてたし、店に来てたもん。最近の坂場くんを見てたら分かるよ」
 そっか。最近チラチラこっち見てたもんな。
「別に喧嘩したわけじゃないよ。俺……ガンプラやめたんだ」
「え、どうして……?」
 柴島さんは目を丸くした。どうしてそんな顔するんだ。君はガンプラが好きじゃないくせに、どうしてそんな顔するんだ。
「黒路地さん、前も坂場くんと同じように静夜くんとも喧嘩しちゃって……それ以来、わたしたち3人、なんとなく気まずくなっちゃって……だから、坂場くんまでそんなことになって欲しくなくて……黒路地さんのためにも」
「でもそれは黒路地さんが悪いんじゃないのか? ……知ってるんだろ、実験のこと」
「うん……。でもね、今の黒路地さんは違うんだ。白城くんとあんな事になってからはもう絶対してないし、これからだってしないはずだよ」
「なんでそんな事が分かるんだ」
「だってわたしたち……友達だもん。黒路地さんは、いい人だもんっ」
「…………」
 俺はそれ以上は訊けなかった。
 なぜなら、どっちにしたって黒路地止水は関係ないんだ。だって俺は、君の為にガンプラを始めて、そして君のためにガンプラをやめたんだ。そんなこと、言えるわけない。
 でも……と、俺はふと思う。柴島さんの言うことが本当だとしたら、それじゃあ黒路地止水は……彼女はなんで俺にガンプラを教えるんだ。なんの為に俺に近づいたんだ。
「信じて、坂場くん……」
「……信じられるわけないよ」
 もう誰も、俺は信じないんだ。
「ば、坂場くん……」
 柴島さんの悲しそうな顔。俺はその顔が見たくなかった。彼女にそんな顔をしてほしくなかった。それが俺の望みだった。
「ごめん、柴島さん。俺、ちょっと用事を思い出した。だから……先に帰ってて」
「坂場くんっ」
「大丈夫。ちょっと確かめたいことがあってさ。だから……」
「……うん。わかった。わたしも坂場くんを信じなくちゃね。それじゃあ……坂場くん。ほんとに……ごめんね」
 柴島さんは別れ際に、小さな声で俺に謝った。
 そのごめんは、どういう意味で言ったんだろう。
 でも……いずれにしても。謝らないでくれよ、柴島さん。そんな顔するなよ。
 ああ……ほんと。俺は結局、柴島さんによって動かされてしまうんだ。
 ……ほんとに、なにやってるんだか。
 俺はいつの間にか、学校へと引き返していた。
 なぜこんな行動をとっているのか分からない。柴島さんのためなのか、それとも……。


 学校に戻ってきた俺は、そのまままっすぐ旧校舎へ向かう。久しぶりに訪れた旧校舎の空き教室は、あの時と何も変わっていなかった。
 ただ、部屋の真ん中に並んだ机でプラモデルを組み立てている人物が、白城静夜だということを除いて。
「よう、坂場ァ」
「ふん……白城静夜か」
 俺は特に驚くこともなく、ずかずかと教室の中へ入っていった。
「昨日はどうも。おかげで準優勝とれたぜ。ま、そんなことはどうでもいいとして……あっけなかったよな、テメエ」
 白城は特に自慢するような素振りもみせず、とことんまで俺を愚弄する。
 ま、今の俺にとってはどうでもいい。小さいことだ。
「くっだらない遊びなんだよ、ガンプラなんて」
 白城の挑発に動じることのない俺は、感情の籠もらない声でそう言った。
 俺の言葉に、白城は意外そうに顔を輝かせた。
「……お? そうかぁ。テメエも言うようになったじゃねえか。だろう? ガンプラはプラモデルじゃねえ。プラモデルはもっと……」
「いや、そうじゃない。……くだらないんだよ、一緒なんだよそんな趣味」
「……あ?」
 空気が張りつめた。
「なんでプラモデルなんだ? そんなことやってたって女子にモテるのか? 周りから誉められる趣味なのか? そんなことしてても誰からも認められないだろ?」
「…………」
 いつも憎まれ口をたたく白城が、珍しく押し黙った。
 俺はいつもの仕返しとばかりに畳みかける。
「なぁ、白城……お前はなぜプラモデルを作り続けるんだ?」
 もっといい趣味があるはずだ。もっと打ち込むべきものがあるはずだ。わざわざプラモデルなんて……。
「おい、坂場。オレは逆にテメエに聞きてえよ。テメエは好きな事をやる時に、いちいちそんな事考えてんのか?」
 沈黙を破った白城が、俺に尋ねてきた。その声は予想より随分穏やかに思えた。
「え、だって……それじゃあなんで……お前は」
 俺は答えに窮する。
「そんなの当たり前だろ? 楽しいからだよ」
 白城はきっぱりと答えた。
 その言葉を聞いたことがあるような気がした。最近、どこかで誰かが言っていた。
 俺がそれを思い出すより前に、白城は席を立ち上がった。
「あ、おい……」
「興がさめた。もう帰るよ」
 白城は机の上をさっさと片づけると、去り際に言った。
「オレは黒路地止水の実験に利用されていたのに怒ってるんじゃねえ。それをずっと隠してたことが気に食わねえんだ。けれどあいつは……オレと同じで、プラモデルが好きだってことは本当だ。楽しくて楽しくてしょうがないんだ。お前は……違うのかよ?」
 そして、俺は教室の中に一人残された。
 好きだって……? 俺はガンプラが好きなのか? そんなのわからない。
 俺は教室を見渡してみた。すると――隅のほうに、見覚えのあるものを発見した。
「あ……俺が作ったガンプラだ」
 近づいて見てみる。ガンダムとジムだ。ああ……そういえば、ガンプラ大会の前日につや消しスプレーを吹いてからそのままにしていたんだ。
 なるほど……確かにつや消しの効果は絶大だ。吹く前と比べて質感が段違いによくなってる。プラスチックらしさが全然わからない。って……なに未練たらしいこと考えてるんだよ、俺。
 くそっ……くそっ……こんなものっ!
 俺はガンダムとジムを乱暴に掴みあげた。そしてそれらを地面に向かって――……。
「……ちっ」
 自分の手で作ったなんて、足かせでしかないな。
 俺は捨てられなかった。
 言葉では説明できない気持ち。これが。
「楽しいから……か」

 家に帰ったあと俺は、レンタルビデオショップに行って片っ端からガンダム作品を借りまくった。


inserted by FC2 system