ガンプラマスター昇太郎

第2話 昇太郎、技術を学ぶ

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「突然だけど、今日はあなた専用の工具を買いに行くわよ」
 放課後になって、校門前で師匠が合わせるなり涼しい顔で俺に話しかけてきた。
「…………ああ」
 あの後、能勢は言っていた。ブラックロード社長の死の原因は不明。心臓発作で処理されたが……いろいろ怪しい噂が飛び交ってるらしい、と。
 そしてブラックロード社長亡き後、クイックモデリングが軍事運用されるかもしれないという話が密かに囁かれているということ。
 正直、俺は能勢から『ブラックロード』についての噂を聞いた時からもやもやした気持ちでいたけれど――しかし。
 こうして師匠の顔を見る限り、まるでそんなことを感じさせない平然とした態度である。まあ、初めて出会った時から今までずっと気づけずにいたけど……逆にそれが怖くもある。
 いや……何を怯えている、坂場昇太郎。
 俺はただ、ガンプラを極めて白城静夜を倒して柴島さんと仲良くなる。軍事運用がなんだ。黒路地師匠の親なんてそこに何の関係もない。そう……関係ないんだ。
「……どうしたの、昇太郎? 工具、買いに行かないの?」
 俺が黙って師匠の整った顔を見ていたら、師匠が綺麗な顔のまま不思議そうに首を傾げた。
「あ、いや……なんでもないよ。えーと、その。ほら、でも工具って揃えたら結構かかりそうだよなぁ……って。俺、そんなにお金持ってないんだなぁ」
 ほらみろ、師匠は全然悲しんでるようにも悩んでるようにも見えない。だから俺も普通でいればいいんだ。
 俺はごまかすように慌てて取り繕ったが、あながち嘘ではない。工具ってけっこう出費がきつそうだ。きのうおとといと師匠の工具箱の中身を見たけれど、実に様々なツールがところ狭しと並んでいた。俺が使っていたニッパーとデザインナイフはもちろん、やすりや接着剤やら、そしてなぜか割り箸やら爪楊枝やら綿棒まで。……大丈夫かな。
 俺が不安そうな顔をしてたのを師匠が見抜いたのか。
「ふふ。そんなに心配しなくても平気よ。少なくともこれから行くところを知れば分かるわ。……ちなみに、柴島さんのお店じゃないわよ。残念ながらね」
 師匠が不敵に笑って、歩き始めた。
「……やれやれ」
 お金が足りないなら買わなければいいだけだ。とりあえず行くだけ行ってみようと俺は師匠のあとをついていった。他のプラモデル屋にでも行くのだろうか。
 いつも帰り道に通る道を歩いて、そして商店街の中に入る。夕方前だというのに人の少ない商店街を進み、中程まできたところにそれはあった。
 着いたところは意外なことに、100円ショップだった。
「え、工具って……ここで買うの?」
 てっきりセールでもやってるプラモデル屋に行くのだとばかり思ってた。なのに100円ショップって。
「そうよ、プラモデル作りに必要なものは大抵ここで手に入れることができるわ」
 マジでか!? それはプラモデル屋の死活問題じゃん!
「しかしここで何を買うんだ? ニッパーとデザインナイフか……あっ、師匠。もしかしてデザインナイフの代わりにこのカッターナイフとかを使うってことなのか」
 店内の工具コーナーを見渡していた俺は、いかにもすぐに刃こぼれしそうなカッターナイフを手に取った。果たしてこんなんでゲート処理できるのか。
「う〜ん。それはあまりお勧めしないわね。というか……ニッパーとナイフに限っては、少々お金を出してでもいいのを買った方がいいわ。100円ショップのニッパーだとランナーからパーツを切るときにパーツを傷つけることもあるし、カッターナイフだと切れ味がデザインナイフに比べて鈍いから変に力がかかってやりづらいだけよ」
 やっぱり無理か……さすが師匠。ガンプラを作るにあたってあらゆる道具の使い勝手を把握している。
「そっか……じゃあその2つを買うのは後回しにしたほうがいいってことだな」
「そうね。プラモデル専用のものを買うべきよね」
 じゃあ先にそれ買いたいよ。むしろ俺はその2つがあれば充分なんだよ。じゃあここでなに買うんだよ。
「えーと……これに、これに、これと……これくらいかしらね」
 ぱっぱぱっぱ買い物かごに商品を入れていく師匠。
 12色セットの色鉛筆に、台所用のスポンジに、紙やすりに棒やすり。
 なんとなくは分かる。分かるが……だけどスポンジ。お前の使い道がさっぱり分からない。いや、多分ガンプラを磨くんだろうけど……。
「え〜と。あとは……ついでにあれも買っておいた方がいいわね」
 呆然と傍観する俺をよそに、師匠がどっかに姿を消す。そして戻ってきた時に、その手にあったのは。
「か、缶スプレー? あ……これで色を塗るのか?」
 もう塗装まで考えているのか。用意周到だな。
「いいえ、違うわ。塗装はできるだけエアブラシでやるのがいいから……といってもそれはさすがに高いから私のを貸すけれど」
 と、師匠は俺の推察をあっさりと否定。
「じゃあその手に持ってるのは? スプレーじゃん」
「スプレーだけど、これには色がないのよ。これはね、つや消しスプレーというものなのよ」
 師匠は手の中にあるスプレーを俺の目の前にぐいと掲げた。確かに白いラベルにはつや消しと書いてあった。
「で……それは何をするものだよ」
「つやを消すのよ。だけどこれを使うのはもう少し後になるから……その時にこいつの絶大な効果を披露してあげるわ」
 驚くなよ――と、師匠は含み笑いしながらレジの方へと向かっていった。これで一通りのラインナップは揃ったみたいだ。
「ふぅ……さあ、今のあなたに必要なものは大方揃ったし、帰りましょうかっ」
 会計を済ませた俺に師匠が伸びをしながら言った。
「いや待て師匠。大事なことを忘れているぞ。肝心のニッパーとデザインナイフがまだのような気がするんだよ」
 俺のガンプラ制作の神器なんだぞ。
「あら、忘れてたわ。それじゃあこのままついでに柴島さんの店に寄って買いましょう」
「く……柴島さんの店っ!? け……結局行くのかよっ」
 思いがけない展開に俺は狼狽しながらも、気分はちょっと高揚していた。


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