ガンプラマスター昇太郎

第1話 昇太郎、ガンプラを作る

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 俺が黒路地止水……もとい黒路地師匠の弟子になった翌日の朝。
 俺が学校に行くと、憧れの人、柴島仔鳥さんは既に教室にいて友達と喋っていた。俺は盗み見るようにその姿を確認すると、自分の席に座った。
 すると、俺の姿に気づいたらしい柴島さんが、会話を打ち切ってこっちにトコトコ近づいてきた。
 な、なんだ? 俺は心臓が縮みそうになると。
「おはよっ。昨日はありがとね、坂場くんっ」
 満面の笑みを浮かべたその姿は、愛の天使そのものだった。ほわわ〜ん。
「あ……いや。当然のことをしたまでさ〜。あはは、あはは、あはははは〜」
 自分の席に座っていた俺は、呆気にとられて気の利いた言葉を返すことができなかった。
「それじゃあまたよろしくねっ」
 柴島さんはそう告げると、また友達のところに戻っていった。いい匂いがした。
「……おい、おいおいおい。貴殿いつの間に柴島さんと仲良くなったんさっ」
 と、俺の前の席からとげのある声が聞こえてきた。
 俺の前の席に座る男子生徒、能勢真之介(のせしんのすけ)だ。
「ふっふふ……そんなんじゃねぇよ」
 そう。今はまだ――ね。
 俺はチラリと柴島さんに視線を向けた。太陽のような笑顔で友達と話している女神のような柴島さんを。
 ガンプラ作り……頑張らないとな。

 ――そして放課後。黒路地止水の弟子となった俺はさっそくガンプラ作りを教えてもらおうと、校門の前で彼女を待っていた。
 春の陽気な放課後の日差しを浴びながら立ち尽くす俺。十数分くらい経った頃、人がまばらに門を出ていく中、そこに一際異彩を放つ美少女を見た。
 俺の師匠、黒路地止水だ。師匠といってるけど、実は俺と同じ1年なのだ。
「待たせたわね。少し用事があって遅くなったの。ごめんなさい」
 俺の元までくると、黒路地師匠は涼しげな表情でそう言った。
「いいよ。俺は教えてもらう立場だから。それよりこれからどこに行くんだ……し、師匠」
 生徒の帰宅ピークをとっくに過ぎたからか、校門を通る人影はみあたらない。師匠が来るのが遅かったおかげで人目につきにくくなっているから逆にありがたいな。師匠って言っても変な目で見てくる人がいないから気が楽だ。
「ふふ……昇太郎。あなたはガンプラを作るつもりなのでしょう? だったらガンプラ作りに必要なものがあるじゃない。さぁ、それはなに? 答えてみなさいっ」
 黒路地師匠は含み笑いを浮かべて言った。
「ガンプラ作りに必要なもの……? ま、まさか工具一式これから揃えるっていうのか? お、俺そんなにお金持ってないよ」
 プラモデル用の道具ってなんとなく高そうなイメージがある。ニッパーとかいるんだろ。
「ああ……工具は私のを貸してあげるから安心しなさい。それよりも大事なものがあるでしょうに」
 はぁ〜……と、黒路地師匠は細長いため息をついた。
「え、それは……?」
 まさかそれは気合いだとか、精神論的なことを言い出すんじゃないだろうな。
「決まりきってるじゃない。そんなことも分からないの。この馬鹿弟子が、だからお前はアホなのよ」
「え……あ、その……ごめんなさい」
 まさかここまで毒舌を吐かれると思わなかったよ。ちょっと傷ついた。
「……え? あ。いや、昇太郎……その、これはそういう意味で言ったんじゃなく……」
 俺がしょんぼりすると、なぜか師匠は俺以上に動揺し始めた。
「え……なにがです? 師匠?」
 俺はなんのことやらさっぱり分からない。てか、この人相手にするとたまに敬語になってしまう。同学年なのに。
「…………こほん」
 師匠はなにごともなかったように咳払いをして、強引に話を戻した。
「ガンプラを作るにあたり一番必要なもの。それは――ガンプラそのものよ」
「ああ、なんだ……それか」
 なんのひねりもない答えで、ちょっと肩すかしを食らったよ。おかげでなんか変な空気になったし。
「な、なんだとはなによ。ガンプラ制作で一番大切なのは何を作りたいか、その初期衝動なのよ。全てはそこから始まって、全てはそこに収束するの。あなたが何を作りたいのか、それはあなた以外には決められない最も重要なことなのよ。……というわけでこれからガンプラを買いに行くわよ」
 言いたいことだけ言って、師匠はさっさと歩きだした。
「あー……でもいきなりガンプラを選べって言われてもなぁ……俺、ガンダムそんなに詳しくないしなぁ」
 軽快とは言えない足取りで師匠の後を歩きながら、俺はぼやいてみた。
 と、俺に背中を向けていたくるりと振り向いた。
「はぁああ〜っ? あんたガンプラマスターになるって決めたんじゃないのっ? なのにガンダム詳しくないですってぇ〜っ? 昨日あれだけ予習してくるように言ったのに……。ちなみに昇太郎……あなた、いったい今までの人生で何作品のガンダムをみたの?」
 今まで食べたパンの枚数は覚えているのか、っていうくらいの勢いで尋ねてくる師匠。
「え、いや……何作品っていうか、俺あんまりロボットものアニメはみないんだよね。ガンダムはその……再放送かなんかでファーストを何回か観た程度かな。アムロとかシャアとかでてくるんだろ。オレは坊やなんだぜ〜ワイルドだろ〜、とかなんとか……」
 俺はちょっぴりドヤ顔気味に師匠の顔を伺いながらつぶやいた。どうだ、師匠。ガンダムみてなくったって結構詳しいだろ? ……あいたっ! 殴りやがった!?
「こ、こいつ……さっきのやり取りでも思ったけど、オタクの風上にもおけない奴だわ」
 俺を殴り飛ばした師匠は唇をわなわな震わせ、信じられないといった目を向けていた。
「お、俺はオタクじゃねーですし……ば、バリバリのリア充ですし。夜露死苦」
「んなことはどうでもいいのよ死ね。ったく……あなたがそんなんじゃ全然話にならないわ。もう死ね。本当だったらまずはガンダム作品を全て視聴させたいところだけど……いいわ。なら今回はファーストからあなたの知ってるガンプラを選べばいいわ」
 師匠はまた言うだけ言うと背を向けて歩き出した。死ねはひどいよ。
「いい、昇太郎? ガンプラ作りとは購入する段階からそう呼ばれるのよ? つまり、私のガンプラ講座はもう既に開始しているの。しゃきっとせんかいっ」
 師匠は出来の悪い弟子に失望するようにそう言うと、そのまま早足でまっすぐ進んでいった。

 そしてたどり着いたのは家電量販店だった。店内はまばゆい白さで満たされていて、外の暮れかかった景色と切り離された一種の異空間だった。
 いらっしゃいませ〜、と山彦のように挨拶を連鎖させる店員を突っ切って、師匠と俺はまっすぐ目的の一角へ向かった。おもちゃコーナー。そこの、プラモデルが並んだ棚。
「おー、いっぱいあるなぁ……壮観だ」
 家電量販店にガンプラがあることは知っているけどこうしてみるのは初めてだ。そうか……そういえばおもちゃコーナーなんて小学生くらいまでしか来ないから、プラモデル自体みる機会なんてそうそうないんだよなぁ。
 俺がしみじみと感慨に耽っていると、師匠が隣で。
「ふふ、昇太郎……すっかり見とれちゃって、まるで少年のような目をしているわ……私はその目にあなたの可能性を見いだしたのよっ」
 いや、俺は別にガンプラに興味津々っていうわけではないけど……師匠はなにか勘違いしているようだ。でもせっかく機嫌をよくしてくれたんだからそういうことにしておこう。
「う〜ん……いっぱいあってどれにしようか悩むなぁ」
 俺はざっと面だしされた箱の数々を見渡す。
「……昇太郎。あなたにとって初めてのガンプラなのだから、あなたの好きなものを選びなさい。私は敢えて何も口出ししないわ。温かい瞳で見守り続けるわ」
 師匠は腕を組んで見守っている。う〜ん、今更だけど……やっぱりこんな綺麗な人がガンプラって……なんか間違ってる気がするな、やっぱ。
「えーと、それじゃあ……上の方にあるでかいヤツは高そうだから小さいやつにするか。どれどれ……だいたい1000円くらいか。ん……HG?」
 小さい方の箱には、どれもHGと表記されていた。
「ああ、それはスケールのことよ。HGっていうのはハイグレードの略で、全部の大きさが作中の機体の144分の1で統一されているの。ちなみに大きい方はMG(マスターグレード)っていって100分の1の大きさなのよ」
「へぇ〜……なるほど。んじゃ今回はHGの方にしようかな。小さい分簡単そうだし……」
 そう呟くと、待ってましたとばかりに師匠が得意げに口を開いた。
「ふっふっふ、甘い! 甘いわ昇太郎! あなたの甘さはプレミアムシュークリーム並みよっ! いいこと、昇太郎! MGはね、むしろHGよりも簡単なのよ。確かに値段は高いけれど、初心者に全然お勧めできる、最もガンプラ道に入りやすいシリーズなのよっっ!」
 師匠は片手をばっと前に突き出して言い放った。
 な、なんだってー! と言いたいところだけど……なんか、まんまとハメられたって感じだ。師匠、この台詞を言いたかったんだろうなぁと思うと、なんだかちょっと切なくなった。わかるよ師匠。俺も孤独な中学時代を過ごしてきたんだ。だから敢えて乗ってあげよう。存分に知識をひけらかしてください。
「な、なんだってー!? そ、それはどういうことなんです師匠っ!?」
「昇太郎……MGはね、説明書どおりに組み立てるだけでリアルに仕上げることができるように設計されているのよ。まぁ初心者のあなたにそんなこと言っても仕方ないけれど、MGでは何もしなくても簡単にクオリティーの高い作品を作れることができるの……ま、パーツ数はHGに比べて多いから組み立てるのに時間はかかるけど……その分長い時間ガンプラ制作を楽しめるから、お得といえばお得よね」
 そう聞けばまさにMGは、俺にピッタリなマストアイテムのように思えてきた。
「でも……値段がねえ。やっぱりいきなり約3000円は敷居が高いよ……はじめは安いので……ってあれ? なにこれ300円? FGなんていうのがあるよ?」
 なんてお買い得なものを見つけたのだろう。しかもファーストのガンダムだ。箱もHGより小さいし、すぐに作れそうだ。
 俺はFGガンダムとかいう小さな箱を手にした。
 すると師匠はまたもやニヤニヤ隠しきれない笑みを浮かべて言った。
「うっふふふふ〜……昇太郎〜、あなたはつくづくお馬鹿さんなのね。いい? 値段や箱の大きさで決めちゃいけないわ。これはね罠なのよ。安いが故に、ただ組み立てるだけでは完成しないのよ」
「え……組み立てるだけで終わらないのか?」
「全然終わらないわ。むしろそこからが本番。このキットはね、プロポーションはいいけれど色分けもされていないし、すじ掘りなども自分でしなければいけない、いわば上級者向きのキットなの。昇太郎、このガンダムを組み立てても色は真っ白なんだけど……それでいいの? っていうこと」
「いや、よくはないな。じゃあ……やっぱ無難にHGにしておくよ。HGの……あ、ファーストガンダムあるじゃん。これにするよ。値段も安いしさ」
「そうね、そのキットなら質も高いから私もお勧めできるわ。初めてにはもってこいね」
 と、ようやく師匠のお墨付きを貰えたということで、俺はHGガンダムを持ってレジに向かった。
 ていうか初めてのガンプラは口出ししないって言っておきながらどんだけ口でてるんだよ。マシンガントークじゃん。今日の主役は俺じゃないの? と不満を感じつつも、俺は年甲斐もなく少しわくわくしていた。この箱の中に俺がこれから自分の手で組み上げていくであろう白い悪魔が眠っているのだ。
 そんなちょっとだけ少年時代に戻ったような気分を感じながら、俺たちは店を出た。
 外はすっかり夕暮れ時だった。ガンプラを買いに行っただけだというのに、俺は既に疲れていた。
「さぁ、これからさっそくそのガンプラの組み立てに入るわよっ」
 一方、師匠はまだまだ元気だった。
「今から!? てっきりもう帰る感じの雰囲気だと思ったけど!? いやまぁいいんだけどね……そういえば肝心のガンプラ作りってどこでやるつもりなんだ?」
 これから行くってことは、そんな場所があるってことで。それはまさか……黒路地師匠の部屋とか……ごくり。
「どこでガンプラを作るかですって? そんなの決まってるじゃない。昨日のプラモ屋でしょ」
 その一言で、俺の頭は一瞬まっしろになった。
「……へ? それって柴島さんの……?」
 まったく予期せぬ意外な答え。
「そうよ。あの店の奥に机があったでしょう? 店で購入したプラモをあそこで組み立てることができるのよ。なかなか便利な店でしょう?」
 さもなんでもないように言う黒路地師匠。でしょう? て言われても……。
「いやいやいや。全然だめだよ! それ矛盾してるじゃん! 俺が柴島さんの店でガンプラの練習って、なんのためにしてるんだよって話だよ! 柴島さんにはガンプラの達人として通ってるんだよ? 柴島さんに気づかれないところで上達しなくちゃ意味ないんだよっ?」
「弟子のくせして生意気ね……それに私の弟子なのになんて小さい男なんでしょうね。ま、でも確かにあなたの言うことにも一理あるわ。そもそもその為にガンプラ始めたものね」
「一理どころが全部だよ。大前提を軽くスルーするのはやめてくれないかね」
「ふぅ……分かったわ。あなたがそう言うのなら、どこか別の場所を探しましょうか。といっても、ここからだと学校くらいしかないと思うけれど……」
 ようやく俺の言い分に納得してくれたか、師匠は首を捻って考え始めた。
 ていうか、ほとんどノープランだったんかい。
 師匠は端正に整った顔を渋くさせて、うんうん唸っていた。
「学校か……あの……どっか部室みたいな、そういう空き部屋のような場所はないのかな……」
「それだっ!」
「はえーよ!」
 即答で決まってしまったよ。
「どうせ放課後なのよ。空いている場所はどこにでもあるわ。幸運なことに最低限の工具は常に持っているからね」
 ていいうか常にって……え? いつも持っているの? マジで? 刃物所持?
「でも……部活動でもないんだし勝手に教室でガンプラ作っててもいいのかな」
「いいのよ。というかいっそ部活動をつくってしまえばいいのよ。この学校にはプラモ部なんてないでしょ」
「まぁ、そんな部活ある学校の方が珍しいと思うよ。認められるかどうかも微妙だし……」
「とにかく、ここでグダグダしてても仕方ないわ昇太郎。部活動は次の機会として……さぁ校舎に戻って空いてる教室を探しましょ」
 黒路地師匠がさっさと学校の方へと引き返していった。
 仕方なく俺もその後をついていく。


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