ガンプラマスター昇太郎

第4話 昇太郎、大会に出る

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 五十嵐邸でのバイトを辞めた次の日。放課後、俺は久しぶりに旧校舎の今は使われていない教室で黒路地師匠と机を挟んで話していた。二週間ぶりの特訓だ。
「それで、修行はどうだった? 昇太郎」
「あー……まあ、合わせ目消しは上手くなりましたね」
「そう。よかったわね昇太郎。トラブルがあったとはいえ、きっとあなたにとっていい経験になったはずよ。少なくとも……あなたがバイトを辞めたからことを私は誇りに思うわ。成長したわね、昇太郎」
「……ど、どうも」
 バイトでの成果を報告した俺は、辞めたことについて師匠から怒られるものだとばかり思ってたけれど、不思議なことに師匠はむしろ嬉しそうだった。
「さて、あなたが出場するガンプラ大会まで残り一週間となったわけだけれども――」
 師匠はあっさりと話題を切り替える。
「……って、え!? 一週間!? あと一週間しかないの!?」
 俺は驚いた。そしてすぐに日付を確認する。ほんとだ。ガンプラ大会は次の日曜日だ。今日が月曜日だから、練習できる日は今日を入れてあと6日しかないじゃん。
 いくらゲート処理や合わせ目消しばっかりやっていたからって、俺が始めから最後まで組み立てたのは今のところファーストガンダムだけだ。
 圧倒的に練習不足。
「ふふ。恐れることはないわ、昇太郎。あなたは自分で思っている以上に実力を付けているはずよ」
「そ、そうか……俺は実力が……って、ねえよ! そもそも俺がやったのってニッパーで切るのとゲート処理と合わせ目消しだけだよっ!? これでどう安心しろと!? 塗装は? 改造とかはどうするのっ!?」
「昇太郎。確かに技術は必要不可欠なものよ。けれどね、本当に大事なのはガンプラを作る情熱よ。ユーキャンビーエニシング……信じればなんでもできる」
「うわ。なんかいいこと言って誤魔化してるような気がするよ……」
「そうよ。だってもう時間がないから、できる範囲でやるしかないじゃないっ」
「うわ! 認めちゃったよ! ちょっと逆ギレ風だよ!」
「それに……あなたはもう立派なガンプラ男よ。半人前からは卒業よ。これは心意気の問題。勇気を出してバイトを辞めたあなたに私は敬意を持って応えたいの。少なくとも、精神面についてはもう教えることはないわ。あなたはガンプラを作るにふさわしい男よ」
「し、師匠……っ」
 俺は思わず師匠に抱きつきたくなった。でも殺されそうだしやめた。
「それにね、どだいそんな短期間で上達しようと思ったのが無理だったのよ。ガンプラマスターの道は長く険しいの。だから私は大会に出るのはやめといた方がいいって言ったの」
「やっぱ本音はそっちかよ! じゃあどうすればいいんだよっ」
 俺の感動を返せ。
「とにかく。今日をいれてあと6日間、教えられることをあなたの体にびっちりたたき込むわ。見事一人前のガンプラ男になったあなたに、私から最後の試練を与えるわ! そうね……まずはスミ入れからよっ! ビシバシいくわよっ! 気合い入れてけ〜っ!」
 そう言った師匠の瞳に宿る炎に、俺はごくりと唾を飲んだ。
 ちなみにスミ入れというのは、簡単に言うとガンプラのへこみに沿って黒く色をつけること。細い筆などを使うのがいいが、鉛筆でやるのも効果的だそうだ。
 …………と。
 その後俺は、スミ入れどころか一気にいろいろな技術をたたき込まれ、それらを血の吐く思いでなんとかこなした。
「ふぅ〜……手がうまく動かないや」
 練習が終わって家に帰った俺は、ベッドに横になって自分の手のひらを見つめていた。指先には豆ができていた。
 なにはともかく数をこなすのが大事だということで、今日は新たなガンプラを一からずっと作り続けていた。目標は3時間で完成させることだったけど、結局放課後の時間だけでは完成させることはできなかった。
 というわけで、机の上には新たなるガンプラ――HGジムが置かれている。比較的簡単に組みあがるしプロポーションもガンプラにおいて基本的な形をしているということで師匠が用意してくれたものだ。
 時間がないからせめて今日中にも完成させようと家に持ち帰ったのはいいが、どうにもやる気がおきない。
 大事なのはガンプラへの愛。早く仕上げることにこだわって、手を抜いてしまうのが一番いけないと師匠が言っていた。モチベーションが出ないときは無理に作る必要はない。それじゃあ五十嵐邸の時と同じだからだ。
「けど……時間もないのにのんびりしていられないよな」
 やる気は出ないのに気持ちは焦る一方。モチベーションをあげる方法はないものか。俺のガンプラ作りの原動力。オタクをやめようと思ったきっかけも、ガンプラを作りたいという気持ちの初期衝動も全てを与えてくれた人物。それは――。
 俺は立ち上がって家の外へ出た。


 涼しい風が体を通り過ぎる夜道を俺は歩いていく。人気のない住宅地を抜けて通りに出る。通りに並ぶ店の多くは閉まっていた。もしかしたら、そこももう閉店しているかもしれない。そんなことを考えると俺の足は自然と速くなる。
 その時、目の前に夜闇にぼうっと浮かぶ光を見た。柴島模型店。
 俺は一度立ち止まって呼吸を整えてから、店の中に入った。
「いらっしゃいませ〜。あ、坂場くん。こんばんわ〜。もうすぐで店を閉めようと思ってたとこなんだよ。よかった〜このままだったら今日のお客さん0になるとこだったよ〜」
 嬉しそうに微笑む柴島さん。てか0ってやべえよ! そこまでだったのかよ!
「それで、今日はなにか買いにきたの?」
「あ、いや……特になにか買いにきたというわけじゃなくて……その」
 しまった。柴島さんに会えたのはいいけど、何を話したらいいんだ。まさか君に会いに来たなんて言えるわけないし。
 俺が困っていると、柴島さんから話しかけてくれた。
「坂場くん。大会……次の日曜日だね」
「え……うん」
 俺はどうも、柴島さんと相手にすると緊張してうまく話せない。自分が情けなかった。
「わたし、応援にいくからね」
「……ありがとう」
 それから沈黙が訪れた。俺は意味もなく店内の中を歩き回り、それでも柴島さんと何の話をすればいいのか分からないから、店を出ようと思った。
「あ、もう帰るの?」
「うん……よく考えたらお金持ってきてなかったからね」
「そう。じゃあまた明日ね」
「うん。それじゃ……」
 店の扉に手をかけたとき、俺は思いとどまって柴島さんへ振り返った。
「柴島さん。ししょ……いや、黒路地さんとはいつから知り合いなの?」
「へ? ……え、えと。柴島さんは確か……わたしのお父さんがこの店を開いてすぐから来てたと思うから……小学校くらいからかな。でも私、けっこう人見知りだったから中学生になるまで話もろくにしてなかったなぁ」
 柴島さんはしみじみと遠くをみるような目で話す。
「そっか。柴島さんとは結構昔から知り合いだったんだね。その……白城も」
「う、うん……静夜くんだね。静夜くんはわたしと違って……黒路地さんと仲良かったね」
「そうなんだ……」
 3人とも小学生の時から知り合いだったのか。俺はなんとなく疎外感に似たものを感じた。
「でも、柴島さんはいま……黒路地さんと仲はいいんだろ?」
「……えへへ。さあ、どうだろうね」
 そう答えた柴島さんの笑顔はどこか空虚で、痛々しさを感じざるを得ないものだった。

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