ガンプラマスター昇太郎

第2話 昇太郎、技術を学ぶ

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 黒路地師匠に対する疑念にも似た感情が募りつつあったが、それでも今のところ俺は他にどうすることもできないので、とりあえず師匠に言われたとおり毎日コツコツとゲート処理とやすりがけを繰り返し……そして、とうとうこの時が来た。
「残すところあと3つだけ……っ。くわああああっラストスパートじゃああああ!」
 ゲート処理とやすりがけだけの日々が始まってはや1週間。俺の手は既にボロボロだった。
「長かった。そして辛かった……」
 だけど手に入れたものは言葉にできない大きなものだった。清々しいなにかが俺の中にあった。これは達成感というものだろうか。不思議なもので、始めはあれだけいやだった作業も、終わりを迎える今となっては寂しささえ感じていた。残り――2つ。
「だけどこれで終わったわけじゃない。次はまた新しい修行が始まるんだっ」
 ゲート処理とやすりがけはまだまだ序の口でしかない。俺にはガンプラマスターへの険しい道が待っているのだ。
 そして――あと1つ。感動のフィナーレに向かって!
「ガンプラ大会まで時間がない。感傷に浸っている時間なんてない。さぁ次の扉へ!」
 俺は2000番の紙やすりでキュキュッと手慣れた動作でパーツを磨いた。そしてピカピカになったそれを段ボール箱に入れた。
「で、できた……できたできたっ。おめでとう、おめでとう昇太郎〜〜〜! わ〜!」
 俺は一人で盛り上がってから、イスにぐったりともたれかかった。
「おめでとう昇太郎。だいぶ腕をあげたわね。こうやって見ていけば上の方にあるパーツの方が綺麗に仕上がってるのが分かるわ。つまり成長したってわけよ」
 段ボールにぎっしり詰まったガンプラのパーツを一つ一つ手にとって眺めていた師匠が満足そうに頷いた。てか……いたのかよ! 見てたのかよっ! 恥ずかしいよっっ!!
「ま。これだけやったら上達しないほうがおかしいですよ」
 俺は何事もなかったように澄まし顔で答えた。千個くらいはやっただろうな。
「……ふふ。そうでもないわよ。言われたことを言われたとおりに真面目にやり遂げたってだけで、それは立派なことでじゅうぶん誉められることなのよ」
「は、恥ずかしいですよ師匠……さ、さぁこれでもうゲート処理とやすりは終わりでしょ。次は何をやるんだ。今の俺ならどんなことでもできますよ」
 照れくさくなった俺は視線を窓の方に向けて言った。
 師匠は嬉しそうに嘆息すると、瞳がキラリと職人のものになって声を張り上げさせた。
「……よくやったわ昇太郎! それじゃあ次のステージに進みましょう! いよいよここからは実践的な場面に入るわよ!」
「お……おうっ。なんでもこいっ」
「いい答えね、昇太郎。では遠慮なく言わせてもらうわ! あなたの次なる試練! それは――合わせ目、パーティング消しとパテ埋め。それにスジ彫りよ!」
「おお……なんかどれもプロっぽい響きだ」
 しかもその処理数4つ。一気にやることが増えた。俺は怯みそうになるのを耐えた。
「そうね。それらはもう素組みの段階ではないから初心者脱却ね。でも……そのためにはガンプラをまた何体か組み立ててもらうことになるし、パテや接着剤も買わなければいけないけど? ゆーはぶまにー?」
「…………ゆーはぶまにー」
 俺の顔は自然と渋いものになっていた。あいはぶのっとまにーだよ。
「どうしたの昇太郎?」
「いや、師匠……実はもう俺、お金ぜんぜん持ってないんです。のーまねーです」
「お金持ってないって……ああ、ガンプラ大会に向けてお金を貯めてるのねっ。立派」
「いや、そうじゃなくて……もう使えるお金ないんです。事実上の、ない……です。ニッパーやら工具買って、もうすっからかんなんですよねー」
 金銭面のことをすっかり忘れてた。ガンプラ大会に向けての軍資金も必要になるし、練習する為のプラモも買わないといけない。
 でもお金がない。財布の中身を確認してみた。141円しかなかった。
「この金額じゃ練習はおろか、ガンプラ大会だって行けない……」
 せっかく地獄のゲート処理、やすりがけを乗り越えたというのにこんな思わぬ関門があるなんて。俺はふらふらと倒れそうになった。141円じゃレッドブルも買えねえよ!
「まったく。肝心なところであなたは……」
 師匠はやれやれとかぶりを振ってしばらく熟考し始めた。こうなったらやはり師匠に頼るしかない。情けないけど、これが今の俺の実力なんだ。
 やがて師匠がゆっくり口を開いた。
「……仕方ないわ。戦況は刻一刻と変わるってことね。それじゃあ……計画変更よ」
 そしてその口から、驚きの内容が告げられる。それは――。
「昇太郎。あなたにいい修行の場を紹介してあげるわ」
「――え?」
 それは。つまり、修行に出るってこと……て、え?
 俺の困惑をよそに、師匠がその意図するところを述べ始めた。
「本当はあまり気乗りしないのだけれど……お金も稼げるし、うまくいけばあなたにとっていい経験になるかもしれないわね」
「お、お金が稼げる……?」
 ガンプラでお金が稼げるってどういうことだろう。
 それってまるで……。
「昇太郎、あなた――バイトしなさい」


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