ガンプラマスター昇太郎

第3話 昇太郎、バイトする

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 ガンプラ大会を3週間前に控えた今日。俺はいま、絢爛豪華な屋敷を前に立ちすくんでいた。
 バスで20分ほど行ったところの小高い丘に立つ豪邸。俺はただ、その白くそびえ立つ洋館に圧倒されるばかり。同時に、また新たに師匠についての謎が深まるばかりだった。
 ふと師匠の言葉が蘇る。
『いい、昇太郎。あなたは知らねばならないのよ。ガンプラを作るとは何かということを。あなたが私の見込んだ通りの男なら、きっとここでの経験があなたにとってガンプラとはなにか知らしめてくれるはず。修行が終わったとき……私に答えを聞かせておくれ、ね』
 この館で働くことで、それが何か分かるらしいと言ってはいたが……詳しい内容は聞かされていないし、まさかこんな豪邸でバイトするなんて思ってなかった。
 師匠が紹介してくれたのだから信用できるだろうけど。いや、信用という意味では……そもそも果たして、本当に俺は黒路地止水という少女を信じていいのだろうか。
 ブラックロード。社長の死。タイムマシン。軍事運用。黒い血脈。俺の頭でそれらの単語が駆け巡った。
 引き返すのなら、今しかないのかも……。俺は自然と2〜3歩じりじり後退した。
 と。その時、玄関のドアが鈍い音を立てて開かれた。
「お待ちしておりました。あなたが坂場昇太郎さまですね」
 ドアから姿を現したのは……メイドさん!?
「えーと、はい。そうですけど……」
 するとメイドさんは、戸惑う俺に恭しく頭を下げて言った。
「それではさっそくご主人様の元へ案内します。どうぞお入りくださいませ」
 俺よりちょっと年齢が高そうなくらいのメイドさんは、優雅な身振りで俺を屋敷へと招いた。とっても美人だ。
「あ……ちょっと待ってください。まだ俺、何の仕事をするのか……っ」
「詳しいことはご主人様から直々にお話しなされます」
 メイドさんは表情を変えずに、俺に屋敷の中に入るように促した。
 えー。……でも綺麗なメイドさんに免じて……仕方ない、と俺は足を踏み入れた。
「ついてきてください」
 立派な扉を閉めたメイドさんは先を歩いていく。
 俺はきょろきょろと周りを確認しながら、まっすぐの姿勢を崩さず美しい動作で歩くメイドさんの後ろ姿を追う。
 ちなみに屋敷の中は外観以上に豪華なつくりになっていた。長い廊下に等間隔に並ぶ絵画に、壷やらなんやらの骨董品。俺には全然それらの価値が分からなかったけど、1個でも割ってしまったら俺なんかじゃ一生かかっても弁償できないんじゃないだろうかって想像した。まるでマフィアのボスの屋敷みたいだ。……これ、ほんとに危なくない仕事だよね?
 階段を昇ってしばらく歩いていると、やがてメイドさんは一際立派な扉の前に立ち止まった。
「ここがご主人さまのいらっしゃる部屋となっております。こほん」
 メイドさんが咳払いをすると――ドアの扉をノックした。
「ご主人様、坂場昇太郎さまをお連れしました」
「あい分かった。入ってよいぞよ、菊水(きくすい)」
 と、扉の向こう側から男の声が聞こえた。
 その男の声に答えるように、菊水という名前らしいメイドさんは俺にペコリとお辞儀すると、部屋の扉を開いた。
 中には、小太りで背の低い男が床にぺたりと座っている姿があった。
「ご主人様、またそんなはしたない格好をして……あなたは次期当主なのですよ。もっと自覚を持ってください」
 部屋の前に立ったメイドさんが肩を落としてため息を吐いた。
「な、なんだよっ……べ、別にいいだろうがっ。ボクは今、プラモで遊んでいるんだっ。これがボクにとっての至高の時間なんだっ。じゃ、邪魔すんなよっ」
 小太りで背の低い男はすねるように反論する。見た感じ、この小太りの男もそう俺とは年が離れていないように思える。大学生くらいかな。
「相変わらず子供みたいなご戯れに熱を入れてるのですね」
「ああもう、ぼぼ、ボクの勝手だろぉっ! いいかっ、菊水っ。プラモに触れる時、人はみんな少年に戻るんだっ。と、特にガンプラは素晴らしいんだっ! かっこよくて胸が熱くなるんだ! ぶぅ〜〜〜ん、どどどどどっ」
 男は手に持っていたガンプラをブンブン空中で振り回して妄想に浸っていた。少年というかまるで幼稚園児だ。
「ですがお客様がみえているのです。せめて今だけでもしっかりしてください」
 しかしメイドさんは、あくまでクールに対応。メイドの鏡だ。
「分かった分かったよっ菊水っ。お前はもう行っていいよ。あとはボクがやるからっ。マジもう出てけっ。勝手に入ってくんなよなっ!」
 まるで中学生の子供が母親に対するような態度で、男はメイドさんを追い払おうとする。
「……分かりました。では失礼いたします」
 メイドさんは、不満のありそうな目を小太りの男に向け、部屋を去っていった。
「あー、ごほん。見苦しいところを見せてしまったな。まったく……うちのメイドも困ったもんだ。で、坂場昇太郎くんか……止水さんから話は聞いてるよ。こんにちわ、昇太郎。ボクは五十嵐卓志(いがらしたくし)っていうんだ。気軽に御曹司って呼んでくれたまえ」
「え。あぁ……はい。御曹司」
 初対面なのに馴れ馴れしく名前を呼ばれて俺はちょっと戸惑う。御曹司って……。
「そんなに緊張しなくていい。止水さんの友達はボクにとっても大事な客人だからな」
 ハンカチで額の汗を拭きながら五十嵐卓志はいやらしく微笑んだ。大事な客人にたいしては態度でかいな。
「ししょ……いや、黒路地さんとはどんな関係なんですか」
「ボクはブラックロードのお得意さまってところだ。何かとブラックロードの商品を買っているから自然と止水さんとは知り合いになったんだ。昔は彼女ともよくガンプラで戦って遊んだなぁ〜。ばらららららっ。ちゅど〜んっ。うぃぃぃいんヴヴヴヴヴ……」
 ああ……なるほど。いかにも五十嵐はオタク丸だしだもんな。さしずめ大金持ちのお坊っちゃんといったところで、金にまかせてブラックロードのフィギュアやらガンプラやら買いまくっているんだろう。そりゃお得意さまにもなるし、顔も覚えてもらえるよ。
「ところで――」
 俺がぼんやり考えていると、五十嵐が尊大な態度で言った。
「お前、ガンプラは好きかい?」
「あ、ええ。最近作り始めたところだけど、好きですよ」
「じゃ、じゃあその中で何が得意なんだ? ゲート処理? 塗装? 合わせ目消し? やすりがけ?」
 ふんふんと鼻息を荒くして五十嵐が質問してくる。
「あ……えーと、ゲート処理とやすりがけ……ですかねぇ」
 五十嵐の迫力に気圧されながら俺は答えた。事実、その2つに関しては相当上達したと自負している。というかその2つくらいしかまともにできない。
「ほっほぉぅ……そうかそうかぁ」
 五十嵐は満月みたいな頭をゆっくり上下に振ってなにやら考えていた。
 置いてけぼり気味にされてる俺は尋ねてみた。
「あ……あの、俺まだここでどんな仕事するのか内容を聞かされてなくて……具体的になにすればいいんですか」
「ああ、そっか……分かった。それじゃあついてこい昇太郎。実際みてもらったら分かるよ。そして驚け圧倒されろボクに心酔しろ」
 五十嵐は立ち上がって、部屋をあとにした。
 俺はその後をついていった。


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