ガンプラマスター昇太郎

第3話 昇太郎、バイトする

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「な……いきなり辞めるって、どういうことだ昇太郎っ。どういうことか何かあったのかっ!? 突然そんなこと……どうしてなんだっっっっっ!!!???」
「理由ですか。それは……俺はガンプラを愛してる、だからとでも言っておきましょうか」
 ガンプラ室から出た俺はそのまま五十嵐のいる部屋にいって、仕事を辞めると伝えた。
 でも、やっぱり簡単には進まないか。
「ガンプラを愛しているからだとぉおおお? なに言ってるんだ! ガンプラが好きだから辞めるって矛盾してるだろ! ここでならいくらでもガンプラが作れるんだぞっ! それだけで金がもらえるんだぞ! なのにお前は辞めたいって言うのかっ! なんでだっ!?」
 五十嵐は取り乱していた。きっと彼には分からないんだ。だって彼は。
「やはり御曹司には分かりませんか。だったら言いましょう。御曹司には……ガンプラに対する愛がない!」
 俺はビシリと五十嵐を指さして言いきった。
「あ、愛っ? 愛が……愛がないだと〜〜〜っ!? 昇太郎! いくらお前が止水さんの友達だからってボクをバカにするのは許せないぞっ! ボクはこんなにもガンプラを愛しているというのに、言うにことかいてお前というやつはああああああっっっっ!」
 五十嵐は口から唾をとばしながら怒り狂っていた。きたねえなぁ。
「御曹司、あなたはガンプラの楽しさというのが分かっていない! ガンプラはフィギュアじゃない。プラモデルなんだ! 人に作らせて完成したものだけで満足しているようじゃガンプラを愛してるなんて到底言えない! むしろそれはガンプラを冒涜する行為だっっっっ!」
「ぼ、ボクがガンプラを冒涜しているだと……自分で作らない事の何がいけないんだっ。完成したものを愛でることの何が悪いっ。ボクはより多くのガンプラと戯れていたいんだ。だからボクには一個ずつ作っているような時間はないんだ。人それぞれの楽しみ方があるんだっ。お前に……とやかく言われる筋合いはないっ!」
 五十嵐のいうとおり、確かに世に出ているガンプラの数は無数にあり、それらを全部自分の手で作ろうと思ったら気の遠くなるような事だと思う。
 しかし、ガンプラはプラモデルだ。自分で作らないというなら、そもそもプラモデルである必要はない。
 作らないということは、プラモデルを否定しているのと同義だ。
「……プラモデルは出来上がったもので遊ぶだけのものじゃない。たしかに手間がかかるかもしれないけれど……だからこそ手間暇をかけた分、自分の手で作ったガンプラに愛情が沸くんだっ! でもここでのガンプラを作る作業には、全く愛を感じられなかった。全然胸がときめかなかった! 作る行為に、誰も愛情を込めていなかったんだ! そんなのは、作られるガンプラがあまりに可哀相すぎるじゃないかっ」
 俺は熱くなってまくし立てる。五十嵐は不快に顔を歪めて唸っていた。
 いつの間にか俺たちの周りには、ガンプラ作りの仕事を中断して大勢の野次馬が集まって来ていた。この人達も元々はガンプラが好きでここに来たはずだ。
 みんな何か思うようなところがある風に、真剣な表情をしていた。
「ここでのガンプラ作りはただの流れ作業だ! ガンプラを完成させることじゃなく、ただ決められたパーツを決められたとおりに処理するだけの仕事だ! これは……ガンプラへの愛がすり減っていく行為に他ならない! この屋敷の全てが……ガンプラを否定する場所。ガンプラの墓場だっ!」
 さっきまでいたガンプラがたくさん並んでいた部屋。いま思えばあそこにいたガンプラ達はみな寂しそうだった。それはここが、ガンプラ達にとっての息詰まる地だからだろう。
 周囲のガンプラ作業員も、俺に味方するように後ろに立っていた。
「お、お前……突然辞めるって言ったり、あげくの果てにボクをここまで侮辱するなんて〜……許せない。許せないぞ……」
 五十嵐が肩をプルプル震わせて怒りを露わにしていた。
「ですがこれが俺の考えです。御曹司もこんな俺をこれ以上雇ってはいられないでしょう?」
「……ああ、ああ! そうだね! 確かにお前みたいな奴は雇っていられないよっ。でもね、それだけじゃボクの気が収まらないっ。だからボクはいいことを思いついたよ……お前は確かガンプラ大会にでるんだよね!? だったら……ボクも出よう! そしてお前を、ぶちのめしてやるっ!」
「――でももう応募はとっくに締め切られているはずだ」
 いきなり何を言い出すかと思えば五十嵐がガンプラ大会に出場とは……。仮に出たとしても俺はこいつに負けるとは到底思えないけど。
「くっくっく。ボクを誰だと思っているんだ? 前に言っただろう? ブラックロードとは懇意にしてるって。ボクのコネクションを活かせば今からでもガンプラ大会に出場することは可能だ」
 そうか。なにしろブラックロードはガンプラ大会の主催者だ。それくらいのことはできるのかもしれないけれど……。
「それにねぇ、昇太郎クン。そんな特権が与えられてるってことはね……多少の勝手は許されるんだよ。例えば……1回戦のボクの相手をお前にして、そしてボクを勝つようにすることくらいは、ね」
 五十嵐が意味ありげにほくそ笑んだ。
 一瞬にして、周囲の空気が張りつめたのを感じた。
「な……そんなこと、できるわけが」
「ボクにはできるんだよおおおおああああ! なにしろボカァ、あのブラックロードからクイックモデリングを頂いたくらいなんだよおおおおっっっっ!? お前一人をねじ伏せるくらいわけないんさああああっ!」
 辺りが不穏な空気に包まれる。持たざる人々が不審な表情を浮かべる。これが格差なのか。こんな不正が許されるのか? ガンプラに熱い思いをかける人々の、その技術を競い合う高潔な場じゃないのか。そんなものがあるなんて……そんなのが本当にあるというのなら――。
「――だったら、許せねぇよなぁ」
 突如。騒然とした空気を切り裂いて、巻き舌気味の低い声が響いた。俺は声のした方を振り返った。白城静夜だった。
 そして俺以上に白城の登場に驚いたのは、五十嵐だった。
「し、白城クンっ! キミまで何を言ってるんだっ! こっちはキミのわがままをきいてあげてるんだよっっ!? まさかキミも辞めるなんて言わないよねっ!」
 五十嵐は明らかに動揺していた。
「ああ、そうだぜ。オレもこいつと同じく、この仕事をやめようと思ってよ。それを言いに来たんだ」
 対して白城は、飄々とした顔で答えた。
「し、白城クンんんんっ。なっ、なに言ってんだよっ! キミにいなくなられるとボクは困るんだよおおお! キミみたいな人材は滅多にいないんだよおおおおおっっっ! 金ならいくらでも出す! ボクの為に働いてくれよおおおおおお〜〜〜〜」
 さっきから取り乱しまくっている五十嵐は、見栄も外聞もなく叫びまくっている。
 こいつはもう駄目だな……。
「ああ? つーか、それどころじゃねえと思うぜ」
「……はぁ?」
 五十嵐は太い首を捻って疑問符を浮かべた。
「テメエはイヤでも、これからは一人でガンプラを作らなきゃならねぇかもしれねえって言ってるんだよ」
「……は、はあああああっ!? なに言ってるんだよ中二病風情がぁああああ!!!」
 ガンプラに対する真実の愛がない五十嵐には、その言葉の意味がまだ理解できていないみたいだった。
 俺たちを取り囲むように見ていた野次馬たちが――一人また一人と立ち上がった。
「もうついていけない。目が覚めたぜ。俺もこの仕事を辞める!」
「お、俺もだっ。俺も辞める! これ以上ガンプラを嫌いになりたくない!」
「僕も辞めるぞ。僕だってガンプラが好きなんだ!」
「おれ、ガンプラに対する情熱を失いかけてたよ。ありがとう、坂場!」
「ずっとモヤモヤしてた正体が昇太郎くんのおかげで分かったよ。私はずっとガンプラへの愛を忘れていたんだ。感謝するよ昇太郎くん」
 部屋で一緒にガンプラ作りしていた仲間たちが、みんな作業用の帽子と眼鏡を外していた。清々しい顔をしていた。少年の瞳をしていた。
 そして一気に従業員を全て失った五十嵐は――。
「ふ……ふひ、ふひい〜……そんな馬鹿な。そんな馬鹿なあああああ〜〜〜〜〜〜〜……ふひひひひひぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ」
 五十嵐が突如奇声をあげて――そのまま仰向けにバタンと倒れた。
 五十嵐はガンプラ愛の迷路に迷い込んだあげく迷走して、ガンプラの愛に敗れたのだ。
 その後。メイドの菊水さんが現れて事態を回収して、結局その日で俺たちガンプラ制作者たちはみんな退職という形になった。
 俺たちは菊水さんからそれぞれ働いた分の給料を頂いてから屋敷から追い出されて、みんな散りじりに去っていった。俺は屋敷の外できょろきょろと周りを見渡してみたけれど、白城静夜の姿を見つけることができなかった。
 こうして、俺のバイトはあっけなく終わりを告げた。
 しかし1週間ほどのバイトだったけれど……かろうじてガンプラ大会の軍資金と、練習用のプラモを買うくらいのお金を稼ぐことはできた。
 結果的には合わせ目の技術も身につけたことだし……一応目的は達成したというところだろうか。
 歪んだガンプラ愛から生まれた悲劇……といったところか。
 俺は自転車にまたがると、最後に屋敷を見上げてから、夜の道を駆け抜けた。


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