ガンプラマスター昇太郎

第3話 昇太郎、バイトする

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 まあ予想はしていた。なんとなく仕事の内容というのは分かっていた。要するにプラモデルを作ることなのだろうと。
 そしてそれは間違ってなかった。この豪邸での仕事は、まさしくガンプラを制作することだった。
 だけど、目の前に広がる光景は、俺の予想をはるかに越えるものだった。
「な、なんじゃあこれは……」
 通された場所は工場のような広い場所だった。というかまさに工場だった。
 その敷地にはいくつか机が並べられていて、机を複数の人間が囲んで何やら作業をしている。その固まりがだだっ広い空間の至るところにあった。
「何をやってるんだ、この人たち……」
 みんながみんな机を囲み、背中を向けて作業してるのでいまいち何してるのかが分からない。ただそれらの背中からは覇気が感じられず、まるでゾンビ集団のようだと思った。
 五十嵐が待ってましたといわんばかりに鼻息を荒げて話し始めた。
「見て分かるだろう、彼らはガンプラを作ってるんだ。ほら、一番手前にいる固まりがニッパーでパーツを切り離してデザインナイフでゲート処理する仕事。その隣にいる集団がゲート処理されたパーツをやすりで綺麗に整える仕事。一人ずつ担当する荒さが違うんだ。……で、その奥にいるのが組立だな。ちゃんと接着剤を使って組み立てているんだ。それが終わったら……」
 と、五十嵐がよりいっそう自慢げな顔をして、部屋の奥へと歩いていった。
「ほら、これさっ!」
 五十嵐が大げさな動作で、部屋の隅の机の上に置かれていた箱に注目を向けた。
 俺は直感的にそれが何なのか分かった。電子レンジのような機械。それは、クイックモデリングだった。
「最近手に入れたんだ! いやぁ〜苦労したよ。でもおかげで作業効率が飛躍的に向上したからとても助かってるけどね」
 大切な宝物を愛でるようにクイックモデリングを撫で回している五十嵐。絵的にとても気持ち悪かった。
 それよりもクイックモデリングがこんなところにあるなんて……俺もついつい電子レンジのような物体に興味がいく。
「ふっふっふ。珍しいだろう、羨ましいだろう。もっと見つめればいい。個人で所有している人間はおそらくボクしかいないのだからっ」
 汗を周囲にまき散らせながら豪語する五十嵐。
「わーすごいですねー……で、それで俺がやる仕事っていうのは」
 このまま調子に乗らせていたら埒があかないと、俺は肝心のことを尋ねた。
「ぶひひっひ。みて分かるように、この人たちはみんなボクが雇っている従業員だ。効率化を図って、それぞれ担当する役目を1つに絞っているんだ。ちなみに部屋の奥のほうにいるのは、エリート達による改造班だ。改造の種類によってさらに細かく班が別れている。精鋭中の精鋭達だよ。お前も実力が認められたらあっちの班に入れてやるよ。ぶひぃ〜」
 つか、いったいどれだけ雇ってるんだ。どんだけ金持ちなんだよ……。
「……俺もこの人達に混ざってガンプラを作ると」
「その通り。たしかキミ、ゲート処理とやすりがけが得意だと言っていたね。だったらどっちかの班にいってもらお……」
 瞬間――俺の本能が危険信号を告げた。
「あっ、いえっ。実は俺ね、他にもっと得意なのあるんですよっ」
 昨日まであれだけ毎日ゲート処理とやすりがけを続けてきたのに、ここまでそれらをするのはさすがに嫌だ。もう無理だ。
「ん? そうか? 実はゲート処理とやすりがけ班そのどちらも人手は足りてるからこっちとしてもその方が助かるんだ。んじゃなにが得意なんだ? ほら言え」
「えーと……」
 俺は頭をフル回転させた。そして出てきた答えは。
「合わせ目……です」
 たしか師匠が言っていた。合わせ目を消すとかどうとか。その記憶を頼りに言ってはみたもののどうなることやら。やったことないし。
「ああ……合わせ目ね。分かった。じゃあお前には合わせ目班に入ってもらおう」
 こうしてすんなりと俺の業務が決定した。
「ぶひひひ〜。合わせ目班に入ってくれてボクは嬉しいよ。そこの人員を増やそうと思ってたとこなんだよ。ん? それはなぜかって? ふふふ……それは合わせ目消しのスピードが圧倒的に早くなったからだよ。本当は合わせ目消しするためには1日以上は置かないといけないんだけどねぇ……ふっしっし。ボクは秘密兵器を手に入れたからな」
 訊いてもいないのに御曹司はペラペラ語り始めて不気味な笑顔を浮かべていた。
「秘密兵器とは……?」
 俺は仕方なく話に乗るふりをする。
「それはこれに決まってるだろう? ブラックロード開発部が造り上げた奇跡の大発明……」
 五十嵐が柔和な瞳でクイックモデリングの方を見つめた。
 黒路地師匠の父親が社長であるブラックロード。だがしかしその社長は数ヶ月前に突然死した。そしてそれより少し前に世に出たクイックモデリング。タイムマシンへ繋がるかもしれないと何かと世間を騒がせている謎の装置である。
「…………」
 俺はブラックロードを取り巻く謎の中心となっている物体を見つめた。師匠は、この機械のことをどう思っているんだろうか。
「ん? どうした? 熱心に見つめちゃって。そんなにボクのクイックモデリングが羨ましいのかい? そうだな、そうだよな〜。凡人にはこの機械みることも叶わないもんな〜。その点ボクはほんとスゴいな〜。惚れ惚れしちゃうな〜。こんなものを所有してるんだもんな〜。ぐへへへ」
 不気味な笑い声で意識を戻された。
「……で、御曹司。その機械はどういうものなんです?」
 だいたいのことは能勢から聞いたいたけれど、あえて訊くことにした。所有者から生の意見を聞いておきたかった。
「ああ……知りたいかい。だったら教えてあげよう、くっひっひ。これはね、簡単に言うと待ち時間をすっとばす機械なんだよ」
「時間をすっとばす……」
 能勢もまったく同じことを言っていた。
「そうだ飛ばすんだ。ところで昇太郎……キミはプラモデルについて、最大の障害はなんだか分かるか?」
「それは……待ち時間ですか?」
 これも能勢が言っていた。
「……そうだよ、その通りだよ。お前がこれから行う合わせ目にしたってそうだが、ガンプラ作りには待ち時間というものがどうしても発生する。最も分かりやすく顕著なのが、プラモデルの最大の醍醐味といっていい、塗装だな」
「塗装……ですか」
 塗装なんて俺には未知の領域だ。
「塗装は一度色を付けたものはいいけれど、次に色を上から塗ろうと思っても、前の塗装が完全に乾くまで待たないといけない。それは3日とか……天気が悪かったりすると下手したら1週間は放置しておかなきゃいけない事がある。プラモデルの一番の楽しみであるはずなのに、これじゃああまりにじれったいだろ?」
「ですよね」
 話を聞く限りでは、やはりクイックモデリングは単にプラモデル制作を手助けする道具以上のものではなく、そこには軍事目的とか黒い噂の影は一切みられなかった。
 喜々として語る五十嵐の顔をみてると、俺は自然とため息が漏れ出ていた。
「んあー……長話が過ぎたか。そんじゃあ昇太郎、あそこの集団に入って合わせ目消しとかをやってちょうだい。詳しいことは周りの人に聞くんだ」
 おーい、と五十嵐が合わせ目消し班なる一団の元へ行ってあれこれ話をしていた。
 俺はその間、ぼーっと大部屋の中を見渡していた。
 黙々とただノルマをこなすようにガンプラを作り続けているその姿を見ていると……なるほど。師匠がここでのバイトに気がすすまなかった理由が分かったような気がした。


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