ガンプラマスター昇太郎

第2話 昇太郎、技術を学ぶ

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 それからというもの、俺はひたすらプラモデルのゲート処理とやすりがけをする日々になった。
 放課後のガンプラ部(仮)での活動はもちろんのこと、家に帰っても部屋でゲート処理。学校の休憩時間中に人気のない中庭まで行ってやすりがけ。と、腱鞘炎になるのも辞さない勢いで一つ一つのパーツを丁寧に仕上げていった。
 はじめの頃はまさしく拷問以外のなにものでもないと思っていた作業だったのだが、不思議なことにずっとずっとひたすらゲートをナイフで削っているうちに、ずっとずっとひたすらやすりがけしているうちに、俺の中に奇妙な気持ちが生まれていた。
 いや、気持ちが生まれているんじゃない。雑念が消えているんだ。余計な感情が全部消えて無我の境地に達したというか……そう。これは、悟りだ。俺は悟りを開いたのだ。
 俺はゲート処理とやすりがけをする事によって、ガンプラ界の神と対峙しているのだ。
「なぁ、おい坂場。貴殿、さいきん様子が変じゃないかいですかい? げひげひ」
 ある朝、俺の前の席に座る能勢が訝しがる目をこっちに向けていた。
 登校したばかりの朝一から何を言い出すのかと思えば。
「いや、別に変じゃないさ……ただなんていうのかな……爽やかなんだ。とても、爽やかな気持ちなんだよ」
「さ、爽やかですと……そうなんかい? やっぱり……変だねぇ」
 能勢はまるで腫れ物を扱うような瞳で俺を一瞥して背を向けた。
 ははは、だけど俺は気にしないさ。ああ、窓から差し込む朝の日差しが気持ちいいなあ。春の朝はぽかぽかしてて気持ちいいなぁ。
 のんびりした気持ちになりながらも、俺の手にはガンプラパーツとやすりがあった。
 俺はもう、ガンプラを手放せない状態になっていた。
 もっと。もっとだ……悟りを開いたその先に俺は進む。もうちょっとで何かがつかめそうな気がしていた。手を離したらそれが離れていきそうで……ガンプラマスターへの道筋が、光が見えた気がした。

 またある日。休み時間の間に俺は机の下に手を隠しガンプラにやすりがけしていた。
 もはやデザインナイフと紙やすりは俺の手の一部になっていた。そのどちらかを手に持っていない方がむしろ違和感があるくらいずっと握っていた。それほどまでに俺の体と一体化していた。
 パーツが見えていなくても俺には綺麗に仕上げられる自信がある。それだけで俺がどれほどのパーツを処理してきたかが分かるだろう。
 俺は機械のような感情で淡々とパーツを磨いていると、賑やかだった教室が一段と賑やかになる。教室の中に騒がしい一団が入ってきたのだ。クラスの中でも俺がリア充であると認めている数人の男女だ。
 朝からやかましいな……おまえら勝手に爆発してろ。って……。そういや、俺って本当はこいつらみたいな感じで高校生活をエンジョイしようとしていたはずなんだよなぁ。なのにどうしてこうなったんだろう。……これじゃあ中学までの僕とあまり変わらないじゃないか。
 …………。い、いや。いかんいかん。俺は中学までの頃とは違う。少なくとも今は師匠がいる。なにより――柴島さんのためにやってるんだ。お前らは誰かのために必死で頑張る素晴らしさを知っているか? 分からないだろうな。上辺だけで生きてる普通の人間達には。俺は上っ面だけじゃなくて本当の意味でリアルな人生の充実を目指すんだ。はは……はははははっ。
「……なにニヤついてんだ? 気持ち悪いぞお前」
 と、能勢がいつの間にか俺を見てた。素で対応されてしまった。
「え、いや。なんでもないよ。あははは……」
 そうさ。俺は絶対、間違ってない。
 ……でも気持ちが揺らいだのは確かなので、こういう時は黙ってやすりがけでもしておこう。授業始まっても教科書で隠してやれば見つからないよね。
 教室の中が静かになると、やすりの音が聞こえないか心配だったけど幸い誰にもばれずに授業をこなしていき、昼休みになった。
 俺は昼食と5〜6個のパーツ、それにデザインナイフと紙やすりを持ってすぐに中庭に向かう。
 真上に昇る太陽の光が中庭に点在する木々を照らし、その木の下にある人目につかない小さなベンチ。
 俺はすっかり日課となったそのベンチに座ろうとしたのだが――そこには。
「……なんだよ。てめえか」
 白城静夜が座っていた。
「白城静夜……ここでなにを」
「おいおい。なに怖い顔してんだ? オレが別にどこにいようとてめえには関係ねえだろ」
 ベンチに深く座る白城は悠然とした態度でおどけたように言った。
「そうだな。でも……久しぶりに会ったんだから話をしようじゃないか、白城静夜」
「え、やだよ。別にテメエと話すことねえし」
「こっちはあんだよ! いいから聞けよおおお!!!」
「……て、てめえ、前回会った時よりずいぶん敵対心丸だしなんだな。なんかあったのか?」
 白城は俺に対してちょっと引いていた。いや、かなり引いていた。でも関係ない。
「そりゃあ俺と君は敵対関係にあるからね。ライバルなんだからなぁああああ?」
「ライバルというか、むしろ親のかたきみたいな憎しみ抱いてないか? ……っつーことはテメエもガンプラ大会に出ることに決めたんだな。まぁもう知ってたけど」
「なんで知ってるんだ」
「聞いたんだよ」
「誰から?」
「柴島からだ」
 白城が吐き捨てるように言った。
「のおおおおうッッッッッ!!! ……く、柴島さんとは幼なじみなんだよなっ?」
 俺はためらいがちに白城に尋ねる。
「な、なに急に動揺してんだよ。声がうわずってんだよ。……そうだよ。だからどうしたんだよ。テメエには関係ねえ。……テメエ今日は早退した方がいいんじゃねえの?」
「……お前には関係ないよ」
 関係ないけど、俺は白城と柴島さんがどんな関係なのか知りたかった。もしかして白城がプロモデラーを目指しているのは、白城さんと関係があるかもしれないから。
 そんな俺の気持ちを、もしかすると白城は汲み取ったのかもしれない。
「フン……オレがプラモデルをやってるのは柴島とは何の関係もねえ。きっかけはアイツかもしれねえけど、そこから先は全部オレの意志だ。オレはモデラー界の頂点を目指す。誰もいったことのない場所に到達するんだ。光の、その先へ」
 そう語る白城の瞳はギラギラと光っていた。獰猛だけど、まっすぐな目を見た俺は、気がつくと彼に訊いていた。
「……黒路地さんと昔、何かあったのか?」
 訊かずにはいられなかった。
 俺の質問を聞いた白城はしばらくの間黙っていたが、やがて含み笑いを浮かべながら答えた。
「ふふ、そうか。まだテメエは気づいてないようだな。聞いてもいないようだな。だったらくれぐれも気をつけるんだな……アイツはプラモデルを冒涜している。このままじゃ、テメエも――オレと同じように裏切られるぜ。ゴートゥヘルだ。」
 そう言った白城の顔は殺気に満ちていて、俺はそれ以上何も言えなかった。地獄、行き。


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