ガンプラマスター昇太郎

第4話 昇太郎、大会に出る

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 それからガンプラ大会までに残された日々を、俺はひたすらガンプラ制作に費やした。自宅でも練習。放課後になると師匠からは技術をたたき込まれる。
 多くは簡単な改造に関してのものだった。アンテナをデザインナイフでシャープにするとか、手の部分を成形することでよりリアルなものにできるとか。
 塗装に関しては時間がなさ過ぎるので今回は軽くやるだけにして、その分簡単な工夫で見栄えをよくする方法を伝授してもらった。
 だが塗装で学ぶこともあった。まずスプレーを吹く前にマスキングという、色を塗りたくないところにテープを貼っておくとか、スプレーを吹くときは手首のスナップをきかせて軽く吹くだけとか、細かいところは筆で塗るが、その際には専用のうすめ液で塗料の濃度を薄めないといけないとかそんな事を体験して知った。
 そして身をもって一番思い知ったことは、塗装する時は絶対に換気をよくしなければいけないということ。
 密室だとシンナー中毒になってしまうのだ。というか、最初マジでなりかけた。頭をクラクラさせながら師匠とトリップ状態で缶スプレーを振り回していた。あやうく退学になるところだった。
「よぅっ、坂場っ。貴殿、今日は一層疲れた顔してるなっ。ってゆーか最近ずっと疲れとるな? ほんと、毎日なにしてるんだ? 部活入ってなかったじゃんけ? はっ……ま、まさか貴殿……っ。それは……それはまだ僕達には早いでごじゃるよっっ!!!!!」
 ある休み時間。すっかり制服にシンナーの臭いが染み着いた俺に、前の席に座る能勢が話しかけてきた。仮眠をとってたところなのに話しかけないでほしいよ……。というか何を想像しているの?
「ああ……俺は一年戦争にいってるんだ。放課後一年戦争さ。ときが、ときがみえる……」
 俺の口からは、自然とうろ覚えのガンダム台詞がでてきた。家では少しでもガンダムの勉強をしておこうとガンダムのDVDを流していたから、もうすっかり脳がガンダムに浸食されていた。このままでは俺も強化戦士になってしまう。
「え、えーと……まぁ、頑張れっ」
 能勢の顔はひきつっていた。俺に向けられていたまなざしは、まるで可哀想な人をみるようなそれだった。
 俺はそれだけガンプラにのめり込んでいるということか。ふふ……それは俺にとってもはやほめ言葉だっ。きゅぴーんっ! しゅうっ!
 俺はラストスパートの一週間をそんな壊れたテンションで過ごしていき……。
 ――そして今日は、つや消しスプレーを使ってガンプラの質感をリアルなものに表現しようという講義だった。
 以前100円ショップで購入したスプレーをとうとう使うときがきたのだ。
「昇太郎。仕上げにつや消しというのは、ガンプラ作り定番中の定番になってるの。つや消しは最後のしめに欠かせない重要なものなの。だからこそ、今日はあなたにつや消しを教えようと思うの」
 たしかにそれはいいチョイスだ。なぜなら――明日が待ちに待ったガンプラ大会その日なのだから。
「普通に缶スプレーで塗装する要領で全体的に吹きかければいいのよ。色はつかないから、塗装に比べて簡単よ」
 師匠が言うには、塗装したりシール貼ったりウェザリングという筆やら色鉛筆やらでガンプラを汚したりして完成させたものを、その状態のままに保つためにもつや消しは重要だという。プラモデルの上から色を塗っただけでは、それが剥げてしまう恐れがあるため、出来上がったものの上からつや消しでまとうことで、その状態がキープできるのだ。
 俺はこれまで作ったHGガンダムやHGジムを新聞紙の上に並べながら師匠の講義に耳を傾ける。
「ねえ昇太郎……人はつや消しする時に、そのガンプラを作ってきたこれまでの思い出が頭をよぎっていくのよ」
「ああ……フィギュアにはない大きな達成感がある。これじゃあ簡単には捨てられないよな」
 俺はしみじみとガンプラを眺めてから、つや消しスプレーを吹きかけた。


 そして帰り道。俺は師匠と並んで日の沈みかけた町並みを歩いていた。
「まだまだあなたには教えていないことがたくさんあるけれど、あなたはよく頑張ってきたわ。きっと明日の大会でもそれなりに戦えるはずよ」
「……師匠」
「自信を持ちなさい、昇太郎。あなたはもう、一人前のモデラーよ。明日は存分に楽しみなさい」
 師匠と別れたあと、俺はまっすぐ帰らずにぶらぶらとあてもなく歩いた。落ち着かなかった。緊張していた。
 用もないのにまた柴島さんの店の前まで来たりして、店内の中をのぞき込もうとしていたら。
「やっほ、坂場くん」
 後ろから舌っ足らずな甘い声が聞こえた。
「柴島さん……」
「そんなとこでなにしてるのかな? 店に寄っていきなよっ。ひやかしおっけーだよ♪」
 学校帰りに買い物に行ってたのか、スーパーの袋を片手に提げた柴島さんは店の扉を開けようとする。
「あ、いや……別に買い物にきたわけじゃないんだ」
「そうなんだ」
 柴島さんは特に何も聞かず、ただにこやかな顔を俺に向けていた。
「いよいよ……明日だね。坂場くん」
「うん……」
 やっぱり俺は柴島さんを前にすると全然しゃべれない。
「えへへ」
 でも柴島さんは笑顔だった。
 俺が黙っている間も、柴島さんはずっとそんな顔をしていてくれた。
 だから……俺は、思いきって言った。
「……俺、明日のガンプラ大会で勝つから。優勝するから」
「優勝じゃなくても、坂場くんが楽しんでくれたらそれでいいよ」
「いやっ、俺、ガンプラ作りにかけては超一級だから! 優勝だって夢じゃないって。だから見ててくれよ、俺の快進撃を! さぁ、帰って今日はぐっすり眠ろうかな、はははっ」
 俺はまた見栄を張って、後悔しか残らないようなことを口走ってしまった。
「へへ……それは楽しみ。じゃあがんばってね、坂場くん」
 柴島さんは俺の言葉をどうとったのか、小さく声に出して笑うと、手を振って店の中に入っていった。
「うん。頑張るよ……君のために」
 そしてこの大会が終わったら俺は、君に、この思いを。
 ――次の日、ガンプラ大会が始まった。


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