ガンプラマスター昇太郎

プロローグ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

〜 ガンプラマスター、誕生 〜

 
 高校デビューは一生を左右すると言ってもいい程に重要なものだ。
 高校入学の日。それは今まで生きてきて築かれてきた自分が、一度白紙の状態になる特別な日。過去の自分を捨てて新たな人生を歩むことが許される日。
 もしもその特別な日に、勇気をもって人生を修正する道を選ぼうというのなら、そこから先は夢見る挑戦者たち一人一人の手腕にかかっている。成功の保証なんてどこにもないし、後悔だってするかもしれない。前よりひどいことになる可能性だってある。
 高校デビューという選択肢。これまで生きてきたように自分をそのまま続けていくか、あるいは結果が良かれ悪かれ、今までとは違う自分に生まれ変わるのか。
 僕は――断然、後者だ。
 僕は悟ってしまったのだ。悔しいことに分かってしまったのだ。いや、幸運にも気付くことができたのだ。このままの人生をこれまで通り続けていれば、僕は決して勝ち組にはなれないと。
 だから僕は……いや、俺は!


 ――俺は中学までずっとオタクだった。
 ゲーム・漫画・アニメ等々あらゆるオタクコンテンツにどっぷり浸かり込んでいた。特にフィギュアに傾倒していた。
 当然というか俺は人付き合いが苦手だということもあって、友達はほとんどいなかった。
 それがこの俺の、中学までの人生。そして、俺が捨て去った過去。
 そう。人は誰しもいつか変革を迫られる刻がくる。変化を恐れていたら、気づいた時には全てをなくしてしまう。自分でとりにいかなければ幸せは手に入らないのだ。
 人は、生まれた瞬間から失っていく生き物なのだ。そこを履き違えてはいけない。生きているだけで何かを得続けていると思うのは勘違いなのだ。それは誰かの行動によって、誰かの施しによって、何もしなくても得られると勘違いしているだけなのだ。
 何も選ばなかったら何も得られない。
 中学の卒業式の日、俺は幸運にもそのことに気が付いたんだ。
 だから俺は勇気を出していかなくちゃいけないんだ!
「そ、そうだ……っ! だからお、俺は生まれ変わるんだっ……。り、リア充なんだっ」
 俺の高校生活が始まってまだ間もない放課後。
 オレンジ色の空の下。桜の花が舞い散る細い並木道で、俺はいま、一人の少女の後ろ姿をこっそりと物影に隠れて見つめていた。
 肩口まで切りそろえられた柔らかそうな髪に、衝動物みたいな歩幅の小さい歩き方。包容力の高さを感じさせる大きな胸。……ごくり。
 高校に入学して教室で一目見たときから気になっている少女――柴島美怜(くにじま仔鳥)さんだ。
 柴島さんと同じクラスになって数日経つが、俺はそのあいだ何度も彼女を見ていた。彼女のことが頭から離れなかった。彼女は知らないだろうが、俺は高校に入る前から柴島さんのことを知っているのだ。柴島さんとは以前会ったことがあるのだ。これは運命だ。
 そして運命に導かれるように、気が付いたら今のこの状況。彼女の後をこうして追っているわけなのだが……いや、一応誤解のないように言っておくが、これは決してストーカーではない。俺が帰路に着く途中、たまたま柴島さんの後ろ姿をみかけて、たまたま柴島さんも同じ方向に歩いていたから俺も同じ道を歩いているだけだ。結果として追いかけてるように見えるだけで、要はたまたまなのだ。
 ――いや、違う。その言い訳が駄目なんだ。いいわけの理由なんていらない。俺は生まれ変わるんだ。俺が正しいと思う俺のやりたいことは、行動で示すんだ。素直になれ。行動しなければ失うだけだ。待つのは後悔だけだ。 何もしないということは、それだけ幸せから遠のいていくということなのだ。俺は恐れない。中学の卒業式の日を決して忘れない。一瞬で人生とは何かを悟った、あの時の光景を――。
 だから俺は前進しなくてはならない。だから俺は今日――柴島さんに話しかける。柴島さんと仲良くなる。……そのためにまずは話しかけるチャンスをどうするかだけど。
 と――その時、前を歩いていた柴島さんがどこかの建物の中に消えていった。
「おっと……」
 何かの店のようだけど……俺は彼女を見失わないように小走りでその後を追いかけた。
 そして慌てて店の前まで来た俺は、驚いて立ち止まった。
「……って、これは……ガンプラ? 凄いな、沢山並べられてる。ていうことは、ちょっと待て……。この店って」
 どこからどうみても模型屋だった。
 店の中にあるショーケースが外から見えるようになっていて、そこにはプラモデルの中でも人気が高いガンダムのプラモデル――略してガンプラ――が並べられていた。
 ちなみにガンプラ以外にも戦車や潜水艦や戦闘機の完成プラモデルも並んでいる。
 ……いや。あれ? 柴島さんこの中に入ったの? 柴島さんが? あ、あれ?
 何かの間違いじゃないかと俺は両隣の建物を見てみる。喫茶店にたこ焼き屋。両方ともに中を覗き込んでみるが柴島さんの姿は見えない。ということは……どういう事だ? 紫島さんがどうしてプラモデル屋の中に入っていったんだ……え? もしや……ひょっとして紫島さんは、そっち系の趣味がある人なのかっ? 全然そんな風に見えないけど、まさかの隠れオタクだったのか?
「…………」
 無性に俺は、店の中に入りたくなった。
 一般人を寄せ付けない雰囲気。妙に古びた外観。一見さんお断りなコアな模型達。
 ぶるぶるぶる。俺は足が竦んで動けない。勇気が出ないのだ。
 だがしかしっっ……俺に帰るなんて選択肢はないっ。
 ああ! こういう時こそ思い出すんだ、あの惨めな思いを! そうだ。ここで退いたら俺はあの頃の、一人きりだった僕に戻る。それだけは、絶対お断りだッッッッ。
 俺は店内へと足を踏み入れた。
「いぃらっしゃいましぇぇ〜……」
 しわがれた声が微かに聞こえた。チラリと奥を見てみる。
 いったいプラモデルの事に詳しいのかどうか疑いたくなるお婆さんがレジに立っていた。いや、イスに座ってた。
 いやぁ〜……なんか駄菓子屋みたいな店だよなぁ〜、と俺はなんか安堵して肩の力を抜いた。
 お婆さんはどうでもいいのだ。俺は店員を無視して狭い店内を見て回る。
 全体的に薄暗い内装で、端っこの方には机とイスが置いてある。あそこでカードゲームでもやるというのか?
 プラモデルの箱が沢山積まれた棚がいくつも並んでいて、その間は人が1人通れる位の広さだった。
 戦車や飛行機やキャラ物や、もちろんガンプラまで多数のプラモデルが揃っていた。小さい店だけど、ここなら何でもありそうだ。
 でも――紫島さんはどこにもいなかった。
 おっかしいな……どうしていないんだ……俺は彼女がこの店に入るのを確かに見た……紫島さんはどこに行ったんだ。
 もしかして入れ違いになったのかと、俺はショーケースが置かれている入り口付近のガラス面へと行った。
 瞬間、俺は少女と目が合った。目の前に少女がいた。
「っ――!!」
 びっくりして思わず飛び跳ねそうになった。しっかりしろ、僕! こんなんじゃリア充には程遠いぞ! あ、僕って言っちゃった。
 それに――よく見るとガラスの向こう側に立つ少女は俺の存在には気付いていない様子。というか、気付いてるけどどうでもいい見たいな感じ。
 そこで俺はようやく気付いた。あ……プラモデルを見ていたのか。
 外から俺を見ていたと思っていたが、少女はどうやらショーケースに並べられたガンプラを眺めているようだ。
 にしてもガラス越しの彼女……凄く美人だ。あ、いや、でも俺は紫島さん一筋なんだけど。でも柴島さんが可愛いの頂点に立つ娘だと仮定したら、ガラス向こうの少女は綺麗の頂点立つと言っても過言ではないほどの顔立ち。
 じーっとガンプラを見る少女の顔は、目がキリッとしてて、鼻は高く、彫りが深くて、まるでニューヨークセレブ的な日本人離れした美しさだった。長く伸ばした髪はダイヤモンドのように艶があって、触れたら気持ちいい感触なんだろうなって思った。
 それほどの美人なのだけども……でもその美少女、なんか様子が変というか……イライラしてるというか、なんかショーケースのガンプラに向かってぶつぶつ言ってる。
 俺は何気ない感じでショーケースの前まで近づいて、耳を澄まして少女の声を聞いた。
「なによ、まったく……ここの作品も随分とクオリティーが下がったものね……合わせ目はおろかゲート処理までしてないとは何たる手抜き……っ。最近のモデラーはプラモデルというものを理解していないっ。大体今のガンプラは作り甲斐がないのがいけない! 昔のガンプラは接着剤が必須だったのよ! 改造しないと足首が動かなかったのよ! というか、なんだこのポージングは! こんなものを見て買いたいと思う人間がいるか! こんなの飾ってる意味ないぞッ! ガンプラ達が――泣いているッッッッ!!」
「…………うっわ」
 ……俺は引いた。かなり引いた。なんかメッチャ怒ってる。
 いったい少女が何に対して怒っているのか……あいにく俺はオタク時代、プラモデルについては専門外だったので、少女が言っている言葉の意味が分からなかった。
 だがいずれにせよヤバイ女だ。美人だからって心トキメキそうになったけど、やっぱオタクってのは見ていて可哀相になってくる存在なのだと再確認した。今はこうして第三者の視点から冷静に見ることができるけど、俺も最近まではこういう風に見られていたのかと思うと背筋がぞっとした。
 ――と。俺はその時、イヤな視線を感じた。
「…………」
 美少女が俺の方を見ている? や、絶対見てるよ。だって眉を寄せて鋭い目つきで睨んでいるんだもん。敵意の視線を向けているもん。な、なに!? 怖いんだけど!?
 俺が彼女を見ていたのに気付かれたか? 兎にも角にも関わるとろくなことがなさそうなので、俺はすぐに背中を向けた。
 う〜ん……紫島さんも見失ってしまったし、しかもぶつぶつ文句言ってたくせに仕舞いには美少女も店に入って来たからますます居心地が悪い。帰ろう。
 俺がそう思って、何気なく最後にチラリと店員の方を見た時――店員のお婆さんが、少女へと若返っていた。
「えっ?」
 というか――店員が紫島仔鳥さんになっていた。
「ぶへええっ?」
 つい俺は声が出てしまった。
「あ……あれ、君は……同じクラスの坂場(ばんば)くん?」
 俺に気付いた柴島さんが目を丸くして名前を呼んだ。とろける果実のような声だった。
「く、くくく……紫島さんんんっ!? どどど、どうしてえええっっ!?」
 紫色のエプロンを着た紫島さんを見て、俺は思わず叫んでしまっていた。
 頭の中に様々な疑問がよぎる。なぜ紫島さんがレジに立っているのか、なぜこの店のものであろうエプロンに身を包んでいるのか、なぜ店員のお婆さんが消えているのか、そして――なぜ紫島さんが俺の名前を知っているのかっ。……いや、クラスメイトだもんね。そりゃ知っててもおかしくないよね。
 って、そうじゃなくて! な、なにか……っ、何か話さないと! 紫島さんは固まってる俺の顔を見ながら『?』って感じの顔してる。ここで俺が何を言うかによって紫島さんと俺の関係が決まってくると言っても過言じゃない! いやもうこれは運命の一言だ!
 俺は――ゆっくりと口を開けて言った。
「ぷ、プラモデル……俺、好きなんだよね〜」
 嘘じゃん! 嘘言ってしまったよ! つい心にもないこと言ってしまったよ!
「え? わわわっ。そうなんだぁ〜……うれしいなぁ。同じクラスの人にプラモデル好きな人がいるなんてぇ。身近なところにお客さん発見だね〜。し・あ・わ・せ・だぁ〜」
 柴島さんはほわわ〜と、両手を大きな胸に当てて表情を綻ばせた。
 やった! なんか好感触だ! そして可愛ええ〜。俺の方が幸せ、うぉんちゅーっ!
「じ、じじじ実はそうなんだよぉ。えと……く、柴島さんもプラモデル好きなの? こここ、ここでバイトしてるのぉ〜? おほぉっ」
 自称リア充の俺はここぞとばかりに柴島さんに話しかける。なにはともあれ、まずは会話テクなのだ。リア充の必須条件なのだ。超スムーズな会話スキルだろ。ビビるだろ。
「う〜ん。バイトっていうよりも……ここ、わたしの家なんだ〜」
 ほわわんと間延びした声で言う柴島さん。
「って、い……家? 家って、つまり……プラモデル屋の娘?」
「うん、そうだよ〜。みんなの憧れ、おもちゃ屋さんだよ〜。うまらやしいでしょ〜」
 いや、憧れなんだかどうなのかは知らないけれども。あと、うまらやしいって何?
「あ、あー……そうだったんだ。ここが柴島さんの家だったんだー」
 なんというか出鼻をくじかれたような気持ちだった。続く言葉が出てこない。
「でもね〜。実はわたし、ここにあるおもちゃについて、あんまり詳しくないんだ〜。けどね、お父さんが入院しちゃって、代わりにわたしが店番を頑張ってるんだよ〜。よく分からないのに店番しちゃってるなんて、わたしには大役過ぎるよー」
「そ、そうか。柴島さん、大変なんだねー」
 適当に話を合わせて頷いておく。客少なそうだし、そんな大変そうに思わないけど。
「うんー。大変なんだよー。わたしが学校に行ってる間はお婆ちゃんが店に立っててくれるんだけど、店の前に飾ってあるプラモデルのお手入れとか難しいんだよ〜。倒れちゃったり部品が外れちゃったりするんだよー」
 柴島さんは泣きそうな声をあげてそう言った。
 ああ、だからディスプレイのガンプラ達が妙におかしかったのか。向きとかちょっとずれてたもんな。
 俺がしみじみしていると、柴島さんが何か閃いたのか、あっ! と声をあげてまくし立てるように口を開いた。
「そうだ、坂場くん坂場くんっ」
「え? ど、どうしたの」
 柴島さんの気迫に思わず俺は後ずさってしまう。
「さっき坂場くん、プラモデルが好きって言ってたよね?」
「……ああ。まぁ」
 なんだかすごくイヤな予感。無意識のうちに俺は柴島さんから目を逸らす。その先には、さっき店の前で展示ガンプラを眺めていた少女が店内をウロウロしてる姿があった。
「坂場くんがもしよかったらでいいんだけど……お店の前のガンプラ達を、綺麗に並べてくれないかな? ……かな? わわ、ありがとうっ」
 柴島さんが、両手を組んでうるうるさせた瞳を俺に向けて頼んだ。お礼言うの早いよ。
「いや……でも俺……」
 実はガンプラなんて好きでもないし、もちろん作ったことない。というかプラモデルに興味ない。だからここは丁重にお断りするべき……と、思っていたら、柴島さんが怯えた小動物のような瞳で俺を見ていて。
「も……もしかして駄目、かな……? しゅん……」
 まるで世界の終わりのような顔。どうしろってんだよ。もう俺に選択肢ないのね。
「ああ、分かった。今から……やるよっ!」
 俺は即答していた。そりゃもう白い歯が輝かんばかりの爽やかな返事だった。
「わっ。ほんとっ!? やったぁ〜! ありがとう〜、坂場くんっ。ひゃ〜」
 そして柴島さんが大げさなアクションで喜びを表していた。
 ……はっ!? なぜっ? いつの間にこんな展開になってしまったんだ!? 俺はなぜ一点の曇りもない返事をしてしまったんだ!?
「それじゃあ早速で悪いけど頑張ってね、坂場くんっ♪」
 そう言って柴島さんはレジの奥から鍵を取り出して、ショーケースの方へと歩いていった。
 どうしよう……もしかして俺、軽はずみな言動をしたのかもしれない。
 後悔しつつ柴島さんの後ろをついていきながら、チラリと店内にいるもう一人の人物をみた。
 同じ高校の制服を着た美少女。彼女はガンプラの箱を手に持ってしげしげ眺めていた。
 柴島さんもその少女の存在に気づくと。
「あ……黒路地さん。い、いらっしゃい〜」
 ぴろぴろと手を振って、美少女に笑顔を向けた。どことなくぎこちなく感じた。
「……うん」
 ほんわかと挨拶する柴島さんと無愛想に答える美少女。対照的なこの2人はどうやら知り合いらしい。まぁ同じ高校の制服着てるし美少女も常連らしいから当然だろう。
 でもこうやって見ると……とっても可愛い女の子がプラモデル屋の店員で、すごい美人の女の子がその客って……なんだかすごく違和感のある光景だ。ここは現実か?
「ん? ど、どうかした……坂場くん?」
「あ、いや。なんでもないよ柴島さん」
 俺は苦笑いしてごまかした。
「そう。じゃガラス開けるからこの子たちを頼んだよ、坂場くん。かっこ良くポーズをとって飾ってあげてね〜。夜な夜な動き出しそうな感じで、ねっ」
 柴島さんは俺をガラスケースの前に立たせて、隣でガッツポーズしていた。
「ああ……うん。動きはしないと思うけど……やってみるよ」
 自分で言うのもなんだが、なんとも頼りない台詞だよなぁと思った。
 ガンプラ達の後ろ姿をサッと見てみる。うん。柴島さんには悪いが、確かに見てくれが悪いと思った。ガンプラに対して興味がない俺になぜそんな事が分かるだって? ふふ……愚問だな。なぜなら俺は元オタクなんだぜ? オタクである俺はフィギュアに関してはかなりうるさい方なんだぜ? そう、当然フィギュアの飾り方にはそれなりの美意識ってものが俺にはある。色の統一感。大小のスケールによる配置の変更。ガンプラの後ろ姿だけで分かる。
 俺はそんな事を考えながら、ガンプラの一つに手を伸ばした。テレビでよく映る、一番最初の有名なガンダムだ。俺でもそれくらい分かる。
 赤白青のトリコロール。主役らしい王道のロボット的スタイル。ふぅん……要は好きに動かしてポーズをとればいいんだろ。つまり最近はやりの可動フィギュアのようなもの。
 俺はおそるおそるとガンプラの腕を曲げる。なにしろプラモデルを触るのは初めてだ。
「おぉ……曲がった。曲がったぞ」
 なかなか面白い。よし、こうなったら俺の思い思いのままにポーズを決めてしまおう。大事なのはシチュエーションだ。俺はここが、ひとつの戦場として捉えた。
 まずはこのガンダム。こいつの手に持っている銃を赤いザク――シャアザクだな――に向けておこう。そしてシャアザクはガンダムを探しているという設定にしておく。
 で……いたいた。緑のザクはシャアザクから少し離れて援護しているという設定で両手に銃を構えさせて、ジム……だっけ? や、その他の雑魚っぽい奴は後ろで撃ち合っていてもらおう。どどどどど。ばきゅーん。やられた〜。で……ちょっと腕とか足とか外してもいいのかな? や。でも壊れると怖いしやめとこうか。
 あと……でかい奴とかは店の外からの見栄えを重視して、これから出撃するぞといった体裁で堂々と仁王立ちにして並べる。
 じゃあ上の段にいる奴らはポーズでも決めてもらおうか。ふふ……ここで俺のポージング愛が試されることになる。武器を持ってるやつは最大限にその小道具を活かして格好よく構え、持ってないやつは……うん。思い切っておもしろポーズなどをとらせてみようじゃないか。ふふふふふ……怪獣みたいだ。なかなかよくなってきたんじゃないのか。
「わぁ……坂場くんすごい……。さ、さすがだね……」
 柴島さんの感嘆する声で、俺はようやく正気に戻った。
「あっ……つ、つい熱中しちゃって……こ、こんな感じでいいかな……?」
 柴島さんの方に振り返った俺は、急に照れくさくなって視線を泳がせる。
 視界の端には、例の美少女がまじまじとこちらを見つめている姿があった。うう……さらに赤面してしまう。
 その時、柴島さんが俺の両手をとって興奮の声をあげた。
「ほ、ほんとすごいよっ、上出来だよっ! なんだか本当に今にも動き出しそうな感じだよっ! 襲いかかってきそうな感じだよっ。ありがとう坂場くんっ!」
「そ、そう……? ま、まぁこれくらいのこと、俺にとっては朝飯前だけどねっ」
 つい強がりを言ってしまう俺。でも襲ってきちゃまずいだろ。
「これからも何かあったら俺に頼めばいい。ちゃっちゃっとやってあげるから……ふ」
 つい余計なことまで言ってしまう俺。
「え、ほんとっ? わぁ〜! ありがと〜坂場くん。それじゃあこれからも時々、店に来てくれる? お客さん、あんまり来ないからわたし……寂しいんだよぉ」
 捨てられた子犬の目を俺に向ける柴島さん。はい、きゅん死カウント入りました。
「あ、ああ、が……ガンプラ作りでもなんでもこなしてやるよおお! 俺に任せな!」
 俺は頼れる男のオーラを全身に醸し出し、そのまま男らしく片手をあげて店を出た。
 ふっ……決まった。俺は振り返ることなく歩く。鼻血だして前屈みになって歩く。歩きながら……後悔していた。
 お……おもいっきり安請け合いしてしまった。今回はたまたまうまくいったものの、俺にいったい何ができるっていうんだ。しかもよりによってガンプラって! 俺が決別したはずのオタク丸だしの趣味じゃないか。……いや、この際オタクなんて関係ない。
「はぁ……俺、プラモデルなんか作れる自信なんてないのに……」
 ポージングならまだしもプラモ作りとかそんなスキル持ち合わせていないぞ。
 俺は思わずため息をついた。と、その時――。
「ふっ。やはりそういうことだろうと思ってたわ。この、妖怪・変態股間テント」
 俺の背後から、女性の声が聞こえた。
「なっ――!」
 俺は手で股間を隠しながらとっさに振り返ると、プラモ屋で見た美少女の姿があった。
「ふふ……まずいことになったんじゃない? プラモを作ったことないのに、安請け合いしちゃって、ねえ?」
 聡明そうな落ち着いた声で話す少女。やはり柴島さんとは全然違ったキャラクターだ。
「あ、あの……俺になにか用?」
 この謎の美少女はどうして俺に話しかけてきたのだ。
 怪しい雰囲気を纏った美少女は、意味ありげに含み笑いして答えた。
「少年よ……いい目をしているな。ますます気に入ったよ。だがプラモを作れない君は不安に感じているのだろう? だったら簡単な解決方法がある……」
 まるでどっかから引用してきたように、実にわざとらしい大仰な台詞だった。それに君だって少女だろうに。
「そ、それは……」
 それでも俺はゴクリと唾を飲んだ。なんだか嫌な予感がした。
「それは――プラモを作れるようになればいいのよ!」
 それはそうなんだろうけども。だろうなとは思っていたけども。簡単に言うけどもさ。
「あ。いや、でも俺は……プラモはないなぁ〜って」
「ふふ。そんなに怖じ気つくことはない。プラモは誰でも簡単に作れるものよ」
「いや……いやいやいやっ。そこじゃなくて興味があるとかないとかの話しで……だから、あるかないかでいえば、プラモはちょっと……ないなぁ〜って」
「なぁに。心配は無用よ。君はとてもラッキーだ。私は先ほどの君の姿に光るものを見た。特別に私が、あなたにガンプラの極意を伝授してあげるわ」
 俺の言葉を遮って美少女は思ってもいなかった言葉を告げた。
「いやだから……って、なにっ!? 教えるって、君が俺にガンプラの作り方を……?」
「そうよ。私があなたを、世界最強のガンプラマスターに仕上げてみせるわっ!」
 美少女は人差し指をたてて、右腕をまっすぐ真上に掲げた。え……なんかちょっとこの人怖い。俺、プラモに興味ないって言ってんのに!
「あの……あまりに突拍子的すぎて話がよく分からないんだけど。君はいったい……」
「ふふ……失礼。そういえばまだ名乗っていなかったわね。私の名前は黒路地止水(くろろじしすい)。私のことはこれから師匠と呼ぶのよ」
「いや……だからそういうことじゃなくて。ていうか話を勝手に進められても困るんだけど。てか師匠ってなんだよっ! 意味わかんねーよ! 話勝手に進めんなよ!」
「え……あなた、せっかく私がガンプラを教えてあげようというのに、それを断るというの……? クラスで1番プラモデルが上手く作れるようになるのに!?」
「ありがたいけど、別にいいよ。丁重にお断りするよ」
「えっ! うそっ……そんな馬鹿な……モデラーはやはり、孤独な存在なの……っ?」
「えーと、まぁ……気にしないで。それじゃ」
「あっ……待っ」
 悲観する少女の制止を振り切って俺は立ち去ろうとした。
 だが黒路地止水と名乗った少女は、涙声で俺の背中に語りかけた。
「あ……あなたは、ど、どうやら店員の少女に気があるようだけど――?」
「――っっっっっっ!?」
 少女のぶっちゃけた台詞に、俺の体がつい無意識的にびくりと跳ねた。しまった!
 黒路地止水の瞳が光ったのを直感的に感じた。……なんだか嫌な予感がした。
「ふ、ふふっ……あれで気づかない方がおかしいわっ。でも何も恥じる必要はないわよ。あなたはあの娘のためにガンプラを作る……それはとても立派なことじゃない」
 黒路地止水は俺を諭すように語りかける。なんなんだ……いったいなにが目的なんだ。
「お、お前は、あの娘……柴島さんと知り合いなのか?」
「ええ、そうよ。私は……あの店の常連客ってところね。ふふ、なによ。そんなに身構えなくてもいいわよ。なにも危ない話を持ちかけてるわけじゃないの。私はただあなたにガンプラマスターへの道を指南してあげようっていうだけよ」
「いや、それが胡散臭いんだってば。君は何のメリットがあって俺にそんな手ほどきしようっていうんだ? ガンプラなんてオタク趣味全開の手ほどきを俺にして、それで何になるって言うんだ? 意味が分からないんだよ」
 俺がそう問いかけると黒路地止水は、逆に俺の言ってる言葉が分からないといった顔をした。
「メリット? 意味? あなたはなにを言ってるの? ガンプラとはおもちゃよ? 遊びよ? あなたは遊ぶことに対してメリットや意味なんて求めるの? オタク趣味全開でも結構じゃない。私はただ、君にガンプラという遊びの楽しさを共有したいから誘っているの。それだけじゃあ不服?」
 楽しいからやる。自分が好きなことだからやる。
 さも当たり前のように話す黒路地止水の顔を見て、不覚にも俺は、少し感動を覚えていた。そして同時に、好きな事を自分の理屈や周りの反応で抑えつけようとしたり、背伸びしていた自分が、ほんの少し情けなく感じたりした。
「……それに、私の周りにはガンプラが趣味っていう人が皆無なのよね。ちょっと寂しいのよね……友達いないし。たまに虚しくなるし」
 と、黒路地止水がぼそりと付け加えた。
「……それが本音か」
 俺の感動を返せ。うっかり改心しそうだったじゃないか。
「と、とにかくっ。あなたが私の弟子になるのなら……あなたはあの娘の役に立つことができるし、私はガンプラ仲間ができて嬉しい。これは経済用語でいうwin-winの法則っ。誰も損しない。みんなが幸せになれる方程式っ! さぁ、あなたもハッピーに!」
 黒路地止水が両手を広げて高らかに叫んだ。歩道の真ん中で。
「まあ、胡散臭いのに変わりはないけど……いわれてみればそうかもしれない。俺としても教えて貰えるなら、それにこしたことはないし……」
 ガンプラなんて俺が否定すべき趣味の筆頭ともいうべきものだけど……これはまあ例外だ。なにしろ柴島さんと仲良くなれるチャンスなのだから。リア充青春まっしぐらなのだから。
 なにも不服はないだろう。ただひとつ心配なところを挙げるとするならば……この得体の知れない少女そのものであった。
「えっ!? ほ、ほんとっ!? よく言ってくれたわ! これからは私達、師弟関係よ! 何でも私に相談するのよっ! 師匠って呼びなさいよ! キャベツ太郎食べる!?」
 ほんとに大丈夫かなぁ……あと、どっから出したんだよキャベツ太郎。好きだけど。
「こほん。ところで弟子よ……そういえば名前を聞いてなかったわね?」
 俺の師匠となってしまった黒路地止水は、ピタリと笑いを止めて俺を見た。
「あ、ああ。俺の名前は坂場……坂場昇太郎(ばんばしょうたろう)だ」
 もうこうなったらどうにでもなれ。俺は諦めて大人しく名乗って、黒路地止水の弟子になることを認めた。
 そして俺はここから、ガンプラマスターへの道を駆けていくことになった。
「昇太郎っ。私があなたを世界一のガンプラ王にしてあげるわ!」
 これがガンプラマスターへ向けての、俺の記念すべき一歩だった。


inserted by FC2 system