ガンプラマスター昇太郎

第2話 昇太郎、技術を学ぶ

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

1

 
 翌日。教室の昼休み。
 いつものように俺は、一番後ろの窓際の席という学校生活において俺が知りうるベストなポジションでパンをかじっていると、前の席に座っている男子生徒、能勢真之介がだるそうな声で話しかけてきた。
「なぁ坂場っち〜。貴殿、あの子とは上手くいってんのか〜い」
 支離滅裂な話をしてきた。いきなりこいつは何を言い出すのだ。
「……? いや、なんの事を言ってるのかさっぱり」
「おいおいおいおい〜。そんなんいいってのぉ〜。そういうのが1番ムカツクんじゃ。2組にいる黒路地止水さんと仲いいの、知ってんだよっっ」
「へ……へっ? なんで俺がししょ……」
「ししょ? ししょ……って?」
「あ、いや……なんでもない」
 俺はそこで思い至る。ああ……そういうことか。たまに師匠がこの教室に入ってきて俺のとこまで来ることがあるからなぁ。さすがに怪しまれてもおかしくはないか。でも俺はそんなことよりも、能勢の口から師匠の名前が出てきたたことに少し驚いた。
「ていうか……黒路地さんのこと知ってるのか? 能勢」
 違うクラスなのに、なぜ能勢が黒路地師匠の名前も所属クラスも知っているんだろう。
「知ってるもなにも、黒路地止水って言ったら最近世間を騒がせてるおもちゃメーカー、『ブラックロード』の代表取締役の一人娘じゃないかい。知る人ぞ知るけっこうな有名人なんだぜい。まさか貴殿は知らなかったと言うのですかい?」
「え……な、なんだそれ。俺は知らないぞ」
 ブラックロードというおもちゃメーカーは知っている。日本有数の巨大企業で、俺もそのメーカーのフィギュアならかつてたくさん買っていた。
 だけど……だけど黒路地師匠が代表取締役の一人娘? そんなの初耳だ。そんなこと俺は彼女の口からなにも聞かされていない。
 そのとき、ふと俺は思い出した。俺の頭の中で師匠の言葉が再生される。
 オモチャは心を満たすものじゃないといけない――昨日の帰り道で聞いた言葉だ。
 俺がぼんやり回想してると能勢が語りかけた。
「ま、でも気にしてなかったら普通は知らないもんかもしれないですなぁ。けど……すごいっすねえ、ブラックロード」
「すごい……? すごいって何が?」
「……いや、貴殿はそんなことも知らないの? まあオタク趣味に疎いやつには知らないことかもしれないなぁ……しみじみ」
「はは……まあね」
 このクラスでの俺の立場は非オタク。だから俺はブラックロードの存在すら知ってないと思ってるのだろうか。
 ちなみに身も心もどっぷりオタク色に染まってしまっている能勢は、ふっふっと含み笑いをして自信たっぷりに口を開いた。
「いいか、坂場っち。聞いて驚くなよぉ〜。実は……黒路地止水の親が経営する会社はな、どうやらタイムマシンの開発に成功したかもしれないんですよぉ」
「…………た、タイムマシンだって?」
 あまりに突拍子のない単語に、俺の思考回路はフリーズした。
「ま、やっぱそういう反応するだろうねぇ。正確に言えばタイムマシンを作るつもりはなかったらしいんだよね……説明するとね。黒路地の会社は、ある機械を作ったんだよ」
 これからレクチャーに入らんとする能勢は、こほんと咳払いをひとつした。
「その機械は、プラモデルを作るためのもの――っすよ」
「ぷ……プラモデルだってっ!?」
 俺にとってタイムリーなその単語に、つい大げさに反応してしまった。
「そうなんだよね〜。聞いたことないかな〜、『クイックモデリング』って〜。プラモデラー達の間では割と有名だけど……ね」
「いや、知らない」
 あいにく俺はプラモデルは専門外だ。
「そぉだったそぉだった、貴殿は非オタクであったな。――クイックモデリングとはっ!」
 いきなり声を張り上げた能勢に俺は体がびくってなった。
「な、なんだよいきなり……」
「クイックモデリングとはプラモデル界を新たなるステージに導く発明である! その驚きの機能とは……放置時間をすっ飛ばすこと!」
「……放置時間をすっ飛ばすって、どういうことだ?」
「プラモを作らない貴殿にはイメージしずらいかもしれぬが……プラモデルという趣味はな、なかなか忍耐が要求されるもの也」
「忍耐……ねぇ。たしかに作るのに時間はかかるけど」
「そういうことじゃねえっす。ボクが言ってるのは、プラモを触ることもできない、どうしようもない待ち時間のことなの……さっ」
 待ち時間。その間プラモに触ることもできないって、そんなものがあるのか。
「あるんだよ。例えばそれはパーツを接合するために使う接着剤の乾く時間だとか、塗装の乾く時間を待つだとか……プラモは完成までに絶対的に時間を置かなければ作れなかったのだよ! だよ! だよ ……だよ」
 まぁ、だからこそ時間をかけて作ったからそれだけ愛着も沸くんじゃないかとも思うけれど。……やまびこ?
「だけどプラモデル界究極の発明といっていい、クイックモデリングはその問題を一気に解決した。電子レンジのような箱の中にプラモを入れて時間や温度や湿度を入力してスイッチを入れると……数秒で中のプラモデルは放置後の状態になっているんさ」
「なんだそれは。信じられねぇ」
 まさにタイムマシンじゃないか。要するにペンキ塗りたて触るな、って注意書きが必要なくなるってことなのか。
「信じられなくてももう実装されてるし、今後は模型店とかに設置されることだろうね」
「ふ〜ん。そうなんだ……そりゃ注目されるよな。黒路地し……さんの親って、すげえな」
「でも……結構問題になってるんだよな、これが」
 能勢の表情が曇った。
「問題? すごい発明じゃないか。何が問題なんだ?」
「そのクイックモデリング、仕組みや原理が公開されてなくていまいちよく分かってないんだよ。だからね、いろんな方面から注目されてるんだと。たとえば……軍部とか、海外の怪しい組織から」 
「なんか……急に黒い話になってきたな」
 確かに時間を飛び越える装置があるのだとしたら、そりゃ誰も放っておかないだろう。
「それ故に黒路地家は黒い血脈って呼ばれてるんさ。でも黒い話はこれだけじゃないんだよね。これは数ヶ月の話なんだけど……ブラックロードの代表取締役が突然死したんだ」
「……え、それって。つまり……」
「そう。ブラックロードの社長、黒路地止水の父親が死んだんだ」


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