ガンプラマスター昇太郎

第1話 昇太郎、ガンプラを作る

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

3

 
 白城静夜が教室を立ち去った後、俺はしばらくその場を動くこともできずただ立ち尽くしていた。
 黒路地師匠が現れたのはそんな時だった。
「あら昇太郎、こんなところにいたの。そういえば私達お互いの連絡先を知らなかったじゃない。私としたことがうっかりしていたわ。ドジっ子キャラも真っ青よ」
「……ああ。そうですね」
 なんだか頭がぼーっとした感じの俺は気のない返事で返した。
「それで、どう? どこかいい教室は見つかったの? あいにくこっちは……って、この教室、結構綺麗に片づいてるじゃない。そこの机とか丁度いい作業台にできそう」
 興味深そうにきょろきょろしている黒路地師匠の様子を見る限り、どうやら白城静夜と鉢合わせすることはなかったようだ。
「師匠……この教室を使うのはやめて、どこか別の場所を探さない?」
「はあ? あなた何を言ってるの。この部屋は清潔だし散らかってないし換気もばっちりだし、まさにガンプラを作るのに最適といってもいい場所なのよ。わざわざ他のところにしようなんて言うからには、何か理由があるんでしょうね?」
 理由……というのは、単に白城が使ってたから。この教室を使ってしまえばなんか白城静夜に負けたような気がするから――という俺の勝手なわがままだった。
 でも黒路地師匠には、白城静夜のことは言わないほうがいいと思った。
「分かりました。ここで作りましょう……」
 だから俺は諦めて、この教室でガンプラを作ることにした。
 というわけで、さっそく俺は先ほど購入したHGガンダムの箱を手にとって、フタをあけると。
「お……」
 中にあったのはまさしくプラモデルだった。プラスチック製の四角い枠の中に繋がった細かいパーツが、びっしり収まっている。それが3つくらい重なって透明のビニール袋に入っていた。
「ガンプラファンの中には、その袋から中身を取り出す瞬間が、ガンプラ作りの中で一番わくわくする瞬間だっていう人もいるのよ。あなたはどう? 昇太郎」
 確かにこりゃワクワクもんだ。まるで夏休みの少年のような気持ちになった俺は袋を手にとって、両手でピリッと開封した。ああ……快感。
 そして中身をそっと取り出した。
「このプラスチックの枠がランナーといって、そこからパーツを一つ一つ切り離してプラモデルを組み立てていくのよ。それぞれのパーツの近くに番号が書いてあるでしょ? 説明書を読みながら番号通りに組み立てれば簡単に作れるわ」
 なるほど。同じく箱に入っていた説明書をチラリと目に通してみたが、思ったよりも簡単そうだった。接着剤も必要ないみたいで、道具はニッパーさえあれば作れるみたいだ。
「それじゃ師匠。ニッパー借りるよ」
 師匠が机の上に置いていた工具箱のらしきものに手を伸ばし、ニッパーを手に入れようとする。ところが。
「っと、その前に昇太郎。大事なことを忘れているわ」
 師匠が俺を制した。
 ……なんだよ。出鼻をくじくような真似しちゃって。
「なに? お辞儀とかいただきますとか、そういう作法みたいなのが必要なの?」
「違うわよ。面倒だと思うかもしれないけれど、ガンプラを組み立てる前にやっておいた方が断然いいこと。これをやるとやらないのとでは出来上がりに大きく差が出る裏技よ」
「へ? 裏技? そんなのがあるの? それはいったい」
 俺は食いぎみに師匠に尋ねる。すっかりガンプラの魅力の虜になっていた。
 俺のそんな様子を嬉しく思ったのか、師匠は得意げに細くて白い指を立てて言った。
「うふふ。それはね昇太郎。ずばり――洗浄、よ」
「戦場?」
 ガンプラ作りは戦場に等しいってか?
「そう、洗浄。つまり洗うってことよ」
「え? ああ……そっちの洗浄ね。って、え? 洗うってガンプラを? どうして?」
「??? えーと、こほん。プラモデルはね、工場で作られる時に型にプラスチックの粉を流し込んで固めるのだけど……出来上がったランナーの表面には薬が付着してるの」
「薬……なんだそれ」
「プラスチックと型がくっつかないようにするための薬よ。あなたの目の前にあるそのランナーにはその薬がついてるの。別についたままでも全然大丈夫なのだけれど……洗って落としてみなさい。違いが分かるわ」
 いちいち面倒だなぁと思いながらも、俺は渋々トイレまで行って洗面所でランナーを洗うことにした。
「ちゃんと洗剤をつけて洗うのよ。手洗い用の洗剤でいいから」
 俺の隣で師匠は口やかましく言う。
「はいはい分かりましたよ……って、なんで師匠こんなとこまでついてきてんだよ!」
「あら、なにか問題でも?」
「ここ男子トイレだよ! 問題しかないよっ!」
「別にいいじゃない。どうせこの校舎には私達しかいないんだし。大丈夫、問題ないわ」
 と、黒路地師匠は涼しい顔でさらりとかわした。
 もしかしたら白城静夜もまだこの校舎にいるかもしれないのだけれど……そのことについては伏せておく。
 俺は黙って3つある内のランナーの一つをとって水ですすいだ。
「おお……水にはじく。これも薬の効果か」
「いいから洗剤つかいなさい。撫でるように優しく手で一つ一つ綺麗にするのよ」
「わ、分かってるよ……ちょっと師匠、なんか近いよ」
 ランナーを洗う俺のすぐ隣で、師匠がじっと見つめている。今にも体がくっつきそうだ。やりづれえ。
「ほら、昇太郎。あなた適当過ぎよっ。小さいパーツもちゃんと洗いなさいよっ。隅々までキレイキレイにしてあげなさいよっ」
 と、師匠が横から手を伸ばして俺の手に触れる。
「あっ……」
 俺は声が漏れ出た。師匠はそれに気付かず、パーツを手際よく洗う。俺の体と師匠の体はぴたりとくっついていた。
「こうよ、こう! ちゃんと全部のパーツを洗いなさい! 赤ん坊の体を洗うように丹念に……って、どうしたの、昇太郎? 顔赤くしちゃって」
 顔をあげて俺を見た師匠は、小さな顔を不思議そうに傾げた。
「いや……なんでもない。それより師匠。一人でやるから、邪魔だから離れてよ」
 俺は心臓の鼓動が高鳴るのを感じながらも、なんとかそれを悟られないように声を低くして言った。
「なによ……ちゃんとやりなさいよね。戦いは常に2手3手先を読まなきゃいけないのよ」
 そんな師匠の言葉を聞き流して、俺はパーツの洗浄を急いだ。
 
「ふぅ〜……終わったぁ」
 水に濡れた3つのランナーをピッピッっと振って、水切りする。そして持っていたハンカチで綺麗に拭くと――。
「ええっ? こ、これは……さっきと違ううううっっっ?」
「でしょう? 目に見えて変わるから洗浄した方がいいのよ」
「お……驚いたっっ。まさかこんなに変わるなんて……さっきと違って全然おもちゃおもちゃしてない」
 さっきまではいかにもプラスチックという感じの質感で、正直安っぽさがあったのだが……これは違う。プラスチック特有の変な光沢もなくなっていて、触り心地もきゅっきゅっとしてて非常に手になじむ。
 洗うと洗わないとではこうまで違うのかと、俺は素直に感心した。
「さぁ……下準備はここまでよ。ここからが本番。いよいよガンプラを組み立ていくわよ」
 黒路地師匠が洗面所の鏡越しに俺を見つめて、言った。


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