ガンプラマスター昇太郎

第3話 昇太郎、バイトする

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 かくして、五十嵐邸にてガンプラの合わせ目処理をするというバイトが始まった。
 学校が終わった後の、一日数時間の仕事の内容。それはゲート処理班から届けられたパーツに、先が筆のようになっている接着剤をべったり塗り付け接着するというもの。
 ポイントは接着剤をべったり塗るところにあって、そうすることでパーツ同士をくっつけた時に接着剤があふれ出すのだが……あふれ出た接着剤が固まることによってパーツ同士の隙間がなくなり完全にくっついて1つの部位となるのだ。
 そしてあふれ出た接着剤を固めるのにクイックモデリングが活躍する。これまでなら1日は待たなければいけなかったのだが、クイックモデリングを使うことで一瞬で接着剤は固まり合わせ目消しがすることができるのだ。
 その合わせ目消しとは、あふれ出た接着剤が固まった部分をゲート処理の要領で削りとるというもの。つまりゲート処理と同じようにデザインナイフで削るだけなのだが、これが意外と楽しい。
 一本の白い棒みたいになってるやつを、さくっとなぞるようにナイフを滑らせる。それだけで綺麗に接着剤のあふれが取れるのだ。あとにはつなぎ目のない綺麗なパーツが現れる。
 そう。楽しい。楽しいはずなのだが……俺は物足りなさを感じていた。それはこの前やったゲート処理とやすりがけにも言えることだけど……ずっと同じことの繰り返し。達成感のない作業。決められたノルマを淡々とこなすだけ。一人一人が決められたことだけをやる、効率だけを考えたガンプラ制作の分業化。
 やっていく内にどんどん心がすり減っていくようで……俺は思った。ここには愛がない。ここで働く人達にはガンプラへの愛が感じられなかった。

 そして俺がガンプラ制作のバイトを始めて数日が経った。
 学校が終わったあと、いつものように俺は自転車に乗って五十嵐邸へと向かう。
 小高い山を自転車で登る。木々の間にかいまみえる夕焼けに目を細めながら、白くそびえ立つ豪邸に到着する。
 庭の掃除をしている菊水さんに挨拶して屋敷に入った後、手を洗って作業場である大部屋にいくと、既に仕事仲間たちが黙々とそれぞれの持ち場でガンプラを作っていた。
「…………」
 俺はしばらく彼らの様子を眺めていた。
 ――ここはまさしくライン工場だ。ガンプラ製造のためのライン工場。機械のようにただ目の前にあるガンプラパーツを仕上げていく。みな一様に死んだ魚の目をしていた。
 五十嵐は、こうやって作られたガンプラに満足しているのだろうか。自分は制作に一切関わらないガンプラに、誰も喜んで作っていないガンプラに、愛情が沸くのだろうか。
 俺は作業用の帽子と眼鏡を装着して、合わせ目班へと向かった。

 そして作業中。
「なぁ……聞いたか昇太郎」
 接着剤でくっつけたパーツをクイックモデリングに入れて戻ってきたとき、合わせ目消し班の班長が俺に声をかけてきた。抑揚のない、ぼそぼそとした声だった。
「なんですか、班長」
「昨日また御曹司が新しい人を雇ったんだけど、そいつがとんでもない逸材らしいんだ」
「へぇ〜……どうすごいんですか?」
 与えられた仕事をただこなすだけのことに、とんでもない逸材もなにもないと思うけど。
「御曹司が希望の班を尋ねた時、そいつはどこの班にも属さないとか言い出したんだ」
「はぁ……そんなのアリなんですか」
 まぁ、気持ちは分かるけど……って感じだ。
「もちろんそんなの駄目だよ。だから御曹司も怒って、だったら全部一人で作ってみろって言ったんだ。一人で完璧なものが素早く作れるなら、考えてやるって」
「一人で全部ですか……本来ならそれが普通ですけど、ここじゃお門違いな話ですよね」
「そうなんだ……でもそいつ、あっという間に1つ完成させたんだ。そしてすぐにまた別のガンプラを完成させたっ。ものすごいスピードで次々にガンプラを作っていったんだ。しかもどれも出来は素晴らしかった。正直、俺達が作っているものよりも仕上がりがよかったんだ……」
 俺がふと覗き込んだ班長の瞳は死んだ魚のものじゃなかった。ヒーローに憧れる少年の目をしていた。
「そ、それ本当ですか……俺たちよりいいって、そんな」
「だから今、そいつは特別に一人で自由に作らせてもらってるらしく……今は別室が与えられているんだ」
 これが才能か。きっとそいつはプロモデラー級の腕前をしているんだろう。
「…………そうですか」
 俺は黙々と合わせ目消しを続けた。

 休憩時間に入って、俺は様々なガンプラがズラリと並ぶ部屋にいた。
「よくこれだけ集めたもんだ」
 100分の1スケールのMGや144分の1スケールのHGや、滅多にみかけない60分の1スケールのPGなどが広い部屋にところ狭しと飾られていた。
 俺の他には誰もいない。俺はここでバイトするようになってからこの部屋にちょくちょく来てるのだが、たまに五十嵐がガンプラを並べに来るのを除いて、俺以外に誰かがこの部屋にいるのを見たことがない。……みんな本当にガンプラに興味あんのかな。
 と思った矢先に、この部屋に誰かが来る気配がした。
「よう。奇遇だなァ」
 扉を開けてやってきた人物。それは――白城静夜だった。
「……白城。どうしてあんたがここに」
「別に身構える必要ねえだろ……ハンッ。なぁに、テメエと同じだよ。昨日からここでバイトすることになったんだ。高校生は何かと金がかかるからなぁ」
 ニヤリと凶悪な笑みを浮かべる白城。こいつの目的はなんだ……。そのとき、俺はさっきの話を思い出した。
「まさか一人で全部の作業をやってる奴っていうのは……」
「……ああ? ああ、オレのことだぜ」
 白城はあっさり答えた。
「だけどよ、坂場ぁ……それが普通のことだろーが。テメエまでなに一緒になって腐ってんだよ。テメエ……自分の顔、鏡でみてみろよ」
「なに言ってるんだ……」
「プラモデルは孤独な戦いだ。はじめっから最後まで、自分一人で作るから面白いんだろ。やりがいがあるんだろ。テメエは割り当てられたルーチンワークをこなすだけで満足してるのかよ。遊びを仕事にしてんじゃねえよ。プラモデルを冒涜すんじゃねえよ」
「……そ、それは」
 返す言葉がなかった。もやもやしていた俺の中の何かを言い当てられた気分だった。
「じゃあな」
 結局なにをしにきたのか、白城はすぐに部屋をあとにした。
 ガンプラ部屋に一人残された俺は、しばらく動けずにじっと立ち尽くしていた。白城に言われた言葉が胸の中に残り続けた。
 だけどしかし、俺の気分は不思議と晴れ渡っていた。悔しいけれどとても気持ちいい。
 だから俺は、ある決意をした。


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