ガンプラマスター昇太郎

第4話 昇太郎、大会に出る

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4

 
 ガンプラ大会一回戦が終わった。
 俺は会場を出てぼんやりと風に当たっていた。あんなに燃えていた俺の心はいま、砂漠に咲く花のように乾いていた。
 ガンプラ大会第一回戦。
 俺は白城静夜に敗北した。
「は……はは、現実はそう甘くないよな……」
 ガンプラを始めて1ヶ月ちょっとじゃ、ベテランに勝つことなんてできるはずもなかったんだ。
 結局、一度も勝つこともなく俺のガンプラ大会は終わった。
 俺はやれるだけのことはやった。師匠に教えてもらった技術の全てを投入した。
 だが、白城静夜はそれを超越していた。


 あのとき――。第一回戦が始まった直後。
 参加者達の多くが怒声をあげながら壁際に山積みにされたガンプラの箱の山に向かっていった。俺もそれにつられて急いでガンプラをとりにいく。その際チラリと白城を振り返ったが、あいつは一斉に走っていく参加者達を冷めた目で見つめて立っていた。
 もしかしたら俺は、その時にもう少し冷静になって白城と同じステージに立つべきだったのかもしれない。
 だけど、俺にはそんな余裕がなかったんだ。だから俺は白城のことは気にせずにどのガンプラを作ろうか考えていた。
 参加者達によるガンプラキットの争奪戦をくぐり抜けて俺が手にしたのは――ゴッドガンダム。
 たくさんの人が叫び争いごった返す中で、やたらと派手なキットをとったのはいいが……このガンダム、俺はあまり知らない。
 しかし今更新しいのを選び直す余地はないから、仕方なく俺はゴッドガンダムを手に、他の参加者に奪われないように気を配りながら自分のスペースに戻っていった。
 そのとき、すれ違いに白城がゆっくりした歩幅でガンプラを取りに行ったのが見えた。
 スペースに戻った俺は箱からランナーを取り出した。
 すぐに封を開けてニッパーを手に、ランナーからパーツを切り離す。

 そして、3時間はあっという間に過ぎ去った。
 終了を告げるサイレンの音で俺の意識は戻った。ゴッドガンダムが完成した直後だった。
 パーツをゲート処理して簡単なやすりがけをし、組み立てた後に、鉛筆でスミ入れした後につや消しスプレーを施すという簡単な方法だけど、一応最後まで組み立てることができた。……ギリギリだったが。
 でも満足のいく出来だ。
 3時間ずっと集中して周りに注意を向けてなかった俺は、ここでようやく白城の方に気をかけた。
 白城の作品は――3つあった。
 瞬間。疲労していた俺の全身が総毛立った。
 白城静夜のテーブルに並ぶ3つのガンプラ。
 シャア専用ザクと、それを挟むように立つ2体のザク。
 小隊を……3時間という制限時間で、この男は小隊を作りあげたんだ。
 しかも……そのどれもが高い完成度を誇っている。俺がやっていない合わせ目消しまで施されていた。
 俺は顔を蒼白させて白城の作品を見ていると、彼が話しかけてきた。
「おいおい、なんだこいつはよぉ。せっかくクイックモデリングがあるのに……合わせ目消しくらいやったらどうなんだ、坂場ぁ」
 白城は俺のゴッドガンダムを一瞥すると、嘲笑するような声をあげた。
「…………」
 俺は何も言い返す言葉がない。クイックモデリングは……使わなかった。俺はどうしても使えなかった。この大会に出ていない師匠の、彼女の親が会社が作ったクイックモデリングを……。
「くはっ。まぁテメエにはそんなもの使う余裕もなかったか。こんなものなんだよ、黒路地止水の弟子なんてな」
 白城の憎むようなその視線に、俺は振り絞るように声を出した。
「……お前は、そんなに嬉しいのか。俺を倒したことが。……黒路地さんの弟子を倒せたことが」
「……それは、どういう意味だ。坂場ァアアアアアア」
 あざ笑うようだった白城の顔つきが変わった。
「俺は師匠じゃない。俺を倒したところで何になるんだ? お前は、師匠といったいなにがあったんだ……」
「はっ。前にも言っただろ、テメエには……」
「いいだろ。お前は俺を倒したんだ。餞別に教えてくれよ……なあ、頼む」
 俺は声を落として白城に懇願した。
 白城は口を閉ざして、しばらく俺を見つめたあと、言った。
「……黒路地止水は、オレを実験台に使った」
「なん、だって?」
 それは予想外の言葉だった。
「ブラックロードはクイックモデリングをはじめ、画期的な商品の数々を世の中に生み出してきた。だが、世の中に出すためにはあらかじめ実験データが必要だろ? それで目をつけられたのが、プラモデルの腕前を持った子供」
「つまり……それが白城なのか」
「そうだ。黒路地止水は親が経営する会社のために自らスパイとしてオレに近づいたんだよ。プラモデルの技術の上達をエサにしてな。それは、ちょうど今のテメエのような、師弟関係だよ」
「…………」
 開いた口がふさがらない。師匠は自分の会社のため、実験データ回収という目的で白城を利用してきたのか。
「クイックモデリングの件でオレはそれを知ることができたが、もしかしたら今もあいつに利用されていたかもしれないと思うと腹の中がムシャクシャしてくるぜ」
 これがオレとあいつの関係だ、と白城は話をまとめに入った。
「そしてあとはテメエも知ってるとおり、黒路地家は実験のデータから作りあげたクイックモデリングを、軍事開発のために利用しようとしている。黒路地家には黒い血脈が流れているんだよ」
「…………」
 話し終えた白城が立ち去る姿に、俺は反論すべき言葉が見あたらなかった。
「なぁ、坂場。実験体を失った黒路地止水はどうすると思う? 新しい実験体が必要なんじゃねえか? つまりよぉ……テメエもあいつに騙されてるだけなんじゃねえのか、坂場ぁ?」
 別れ際、白城が俺の耳元でそう呟いた。
 そして白城の背中が見えなくなったあと、俺はそのまま会場をあとにした。



 俺はコーヒーを飲みながら風にあたっていた。
 空虚だった。全力で戦ったなら、負けても気持ちいいものだとばかり思ってたけど、実際のところ胸の中は悔しさばかりだった。
 ふと、俺のそばに誰かが近づく気配を感じた。
「……負けちゃったね、坂場くん」
 柴島さんだった。
「うん。まさか白城が3体も組むなんて思ってなかったよ。はは……完敗だ」
 俺は情けない声で答えた。不思議と、そうすることで今の俺は柴島さんと自然に話すことができた。
「でも、坂場くんの作ったガンプラもすごかったよ。3時間でここまで綺麗に仕上げられるなんて、わたしじゃ絶対無理だよっ」
「……そりゃ、頑張ったからね。ひたすら……君のために」
「ふえっ? わたしのために……? なん……で?」
 うっかり俺が口走った失言に、柴島さんがみみざとく意味を問いかけた。
 今の俺は自然体だった。柴島さんに真っ正面から気持ちをぶつけられた。
 俺が柴島さんに伝えたかったこと。
 俺は――。
「柴島さん……好きです。俺と付き合ってください」
 今まで思いとどめてきた言葉が、爆発するように口から飛び出してしまった。
 俺は、とうとう言ってしまったのだ。
「……へぇっ?」
 柴島さんは驚いて目を丸くしたまま固まっていた。
 俺は柴島さんをじっと見つめていた。
 思えば遠かった。彼女がオタクを卒業しようと思ったきっかけだった。そしてまた、彼女がガンプラを始めるきっかけだった。
 後先も何も考えていなかった。ただ、俺はずっと言いたかったんだ。君が好きだってことをずっと知って欲しかったんだ。そのためにガンプラを作っていたんだ。この大会に出たのも全ては君がいたからなんだ。思えば大切な選択の時には、いつも君がいた。
 そうだ。きっと俺たちは上手くいくはずだ。柴島さんがいれば俺は立ち直れる。これからも2人でガンプラを作っていこう。俺は、たしかに今、柴島さんと心を通わせていた。
 そうして――どれくらいの時間が流れたのか。俺と柴島さんは化石のように、時の流れに置いていかれたように停止していた。
 時間を動かしたのは、柴島さんだった。
 柴島さんは薄く微笑んだ。
 思わず俺も笑顔がこぼれる。
 柴島さんは、ゆっくりと口を開けた。
「――ごめんなさい」


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