ガンプラマスター昇太郎

第2話 昇太郎、技術を学ぶ

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「あ。いらっしゃ〜い、黒路地さんに坂場くん」
 交通量の少ない通りの並びにある店に足を踏み入れると、甘えるような間延びした少女の声が聞こえてきた。
「あ、あ……えと、お。お疲れさま、柴島さんっ」
 緊張してつっかえつっかえながらも、俺はなんとかレジに立っていたクラスメイトに挨拶した。
 柴島さん。俺のマイスイートハートエンジェル。エターナルらびゅ〜。
「また来てくれたんだね、ありがとう坂場くん。お客さん来ないからすごく暇だったんだ」
 スイートハートエンジェルがにっこり微笑んだ。こんなに可愛い天使がいるのに、どうしてここはいつも客がいないのだろうか。
「あ、うん……。きょ、今日はちょっとアレ買いにきたんだ。ニッパーとナイフ……デザインナイフ」
「そぉなんだ。あっちの方にあるからじっくりみてってね。むしろ閉店までいていいよ。あ……く、黒路地さんは新作のガンプラ? えと、今日は新しいの入ってないよ」
「分かってるわ。ただちょっと冷やかしに来ただけ」
「そう……ゆ、ゆっくりしてってね。おもちゃのちゃちゃちゃ♪」
「…………店のテーマソング?」
 え、えーと……そういえばガンプララバーの師匠は、柴島さんの店にもちょくちょく来てるんだよな多分。でもそれにしては……2人はそんなに仲がよさそうに見えないな。ま……性格的に合いそうにもないか。
 俺はニッパーやデザインナイフなど様々な工具の並んでいる一角でどれを買おうか物色する。師匠から借りたニッパーはなかったけど、デザインナイフはあった。約500円で、別売りでナイフの替え刃セットも約300円である。しかもいっぱい入ってるよ。思ってたよりお手頃……買いだな。
 だけどニッパー……これはどれにしようか。いっぱいあるし、値段もピンキリだ。3000円とかも普通に置いてある。ニッパーにそんなお金は出せない。どうしようかなぁ。
「昇太郎。ニッパーは薄刃のものだったら、だいたい1000円くらいのでいいんじゃない」
 いつの間にか横にいた師匠な手頃なニッパーを俺に手渡した。1000円か……ま、いいか。
 よし、お目当てのものを手に入れたから柴島さんと商品のやりとりをしようじゃないか……と思っていたら。
「そうそう坂場くんっ」
 なにか思い出した柴島さんが店の奥のプライベートゾーンに引っ込んで、なにやらガチャガチャ音が聞こえて、そして戻ってきた柴島さんの手には1枚の紙きれがあった。
「あ、これは……ガンプラ大会」
 第1回ガンプラ関東大会と書かれていた。それによると、制限時間内に用意されたガンプラから好きなものを選んで、自由に組み立てその出来を競うという内容だった。対戦は1対1の勝ち抜き方式で行われる。そして上位3名が全国大会に進めるとのこと。
「制限時間内に組み立てるって……どれくらいあるんだろ」
 2日かかっても組み立てることすらできないのに、どれほどの速さが求められるのだ。
「勝ち抜きだから優勝するまで多分4、5戦くらいあるんじゃないかな。関東大会は結構たくさん出る人いるみたいだから」
「ずいぶん詳しいのね……柴島さん。あなたプラモデルには疎いんじゃなかったの? そもそもこの大会、初めて開催されるのに」
 と、師匠が横やりを入れた。
「あー……それはこの大会が実験的なものだから、お店から出場者を出すことになってて……それで大体の人数の目安とか決められてて……で、うちの店からも何人か出場者を出してみないかって言われて……」
「言われた?」
 言われたって誰が柴島さんにそんなことを。
「それは――ブラックロードの人間ね」
 俺の疑問に答えたのは師匠だった。
「……うん」
 柴島さんは小さく頷いた。
「ふん……何がガンプラ大会よ。そんなもの……本当にただの実験じゃない。全然別の目的でやってるだけじゃない」
 なんだろう……師匠がいつになく感情を露わにして憤っているように見える。
「……いくらなんでも一日で4個5個もガンプラを完成させることなんてプロだって無理よ。たとえもの凄い速い技術を持っていたとしても……自然現象的に無理なのよ」
 師匠の表情に影が落ちたのが分かった。そして柴島さんがそれに呼応するように悲しそうな顔をした。
 瞬間。俺の頭に今日能勢から聞いた話がよぎった。
「昇太郎……もう知ってたのね。だったら話は早いわ。そうよ。その大会ではクイックモデリングが使われるのよ。おそらくプラモデルの大会では初めてでしょうね。大会の中でプラモデルを作ってそれを競うということは」
「うん。わたしのとこみたいな小さな店にもその噂は届いてきてるよ。相当話題になってるみたい。だからうちからも大会に出場できれば宣伝にもなって助かるかなって……お客さんちょっとは増えるかなぁって」
 もしかして柴島さんが……俺を求めている? このままでは店が潰れる? 俺が柴島さんを助けてあげる? 俺が仔鳥のナイト? そして結婚……? 子作りッッ!? イエスイエスイエスイエスッッ。
「ああ、俺はガンプラ大会で優勝し……そして全国大会まで進んでやる」
「わ、わわわっ。それは頼もし〜。静夜くんも出るし、坂場くんも出てくれるって言ってくれてわたしはうれしいよぉ。お互いいいライバルになれそうだねっ」
「え、白城……? あ、うん。そうだね……はは」
 白城静夜だと……あんな奴はどうでもいいんだよ。誰がライバルだ。てかなんでここで白城がでてくるんだよ。ちくしょー今にあいつの事は忘れさせてやるよ柴島さん。
 白城静夜を倒すため、柴島さんの店を有名店にするために、すべては……柴島さんのために!
「そう、やっぱり出るのね、昇太郎……。私は出ないけど……昇太郎、出場するならあなた一人で出場しなさい」
 と、師匠が俺から視線を逸らして呟いていた。
「ししょ……いや黒路地さん。せっかくだから一緒に出ようよ」
 俺にとっていいと言っておきながら、師匠自身はそう思っていないみたいだ。師匠は関わりたくないのだ。……ブラックロードのことをよく思っていないのだ。
 でも、本当にそれでいいのかな……。
「坂場くん……黒路地さんがそこまで言ってるんだから、無理に誘うことはないよ……」
 言葉をかけあぐねていたら、柴島さんが俺を諭すように言った。柴島さんまでどうしてと俺が見ると、柴島さんはどこか寂しそうな顔をしていた。なにか……わけがあるんだ。俺はそう直感した。そして、何気なくチラシをみた。主催、ブラックロードという文字が目に入った。
 それは黒路地家の……師匠の家庭の問題。俺なんかがどうすることもできないんだ。
 なんだか行き場のない怒りが沸いてきたけれど、それはどこにも行き場のない怒りだったから、俺はそれ以上は何も言わずに、目的のニッパーとデザインナイフを購入すると、早々に店を出た。
「それじゃあ、2人ともまたね。坂場くん……ガンプラ大会には私の店から応募しておくからね」
 せっかく目標が見えたっていうのに、俺には前が霞んで見えた。
 俺と師匠はそのまま、別れ道まで一言も喋らずに夕方の商店街を歩いた。
 そして師匠と別れたあと、俺はまっすぐ帰路に着くと部屋にこもった。
「せっかく工具を買ったのに……明日までお預けなんて忍びない」
 俺はこの変な気持ちも吹き飛ばしたくて、さっそく手に入れたばかりの工具を使いたくなった。熱中していたかった。余計なことを考えたくなかった。
 もしかしたらまだ俺はやり場のないむしゃくしゃした感情があったのかもしれない。どうしてだろうか、なぜ俺は師匠のことでこんなに取り乱しているんだろうか……そういうことを悶々と考えていたくなかったから、俺はカバンから作りかけのHGガンダムを取り出した。
「今日中に完成させよう」
 その後の俺はとり憑かれたようにただひたすらガンプラを作り続けた。手に入れたばかりのニッパーとデザインナイフを駆使し、1時間ほど経った頃、ようやく完成した。
「こ……これが俺の初作品……ハイグレードガンダムスペシャル昇太郎Ver.」
 かっちょよすぎるぜ……。さっきまでの憂鬱な気分は晴れていた。想像以上の達成感と爽快感だった。
 だから、きっと俺は舞い上がっていたのだと思う。
「そうだ、せっかくだからやすりで削ってピカピカにしてやろう」
 あるいは師匠を元気づけたかったのかもしれない。
 まだまだ物足りなかった俺は新たな領域に足を踏み出そうと決めた。
 明日師匠に見せてびっくりさせてやろう。
 俺はうきうきしながら、100円ショップで買ったやすりを袋から出した。なんかそれぞれ番号が書いてあるけどよく分からないから、とりあえずザラザラしてて強力そうなのを使うことにする。それが過ちだと、つゆとも知らずに。


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