ガンプラマスター昇太郎

第1話 昇太郎、ガンプラを作る

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 空き教室に戻った俺達は4つの机をくっつけた作った作業台の上に、洗ったばかりのHGガンダムのランナー3つとゴム製のパーツを置いた。傍らには黒路地師匠がいつも持ち歩いているというガンプラ専用工具箱がある。
「さぁ昇太郎、あなたの初ガンプラ。そのお手並みを拝見させていただくわ」
 黒路地師匠は特になにも口出しせずに、俺の向かいの椅子に深く座って腕を組んでいる。
 要は好きに作れってことだな……。
「それじゃあ道具、借りるよ」
 俺はニッパーを手にとって、説明書のはじめに書いてあるところのパーツを切ろうした。
「ちょっと待って昇太郎」
 いきなり止められた。やっぱ口出しするんかい。
「なんですか師匠」
 ほんと、出鼻くじく真似するの好きだよなぁこの人。
「あなたパーツを切ろうとした時、どこを切るつもりだった?」
「いや、どこって普通にランナーとパーツを繋いでるこの細くなってるとこだけど……」
「私が言ってるのはそうじゃなくて……いい、昇太郎? パーツをニッパーで切る時はね、パーツぎりぎりのところを切っちゃ駄目なのよ。できるだけパーツから離れたところを切るの。でないと……大切なガンプラを傷つけてしまうのよっ!」
 泣きそうなくらいに声を荒げた師匠は、ランナーとパーツを繋ぐ細くなってる部分の、ランナー側のギリギリのところを指さして、ここを切るのよ昇太郎! と言った。
「でもそうすると切り取ったパーツに余分な部分が残るじゃん……」
 ガンプラ愛の強い師匠に、俺はもうたじたじ。
「そこは後でもう1回ニッパーで切り取るのよっ」
「へ……いや、だったら最初から1回で切った方がいいんじゃ……」
 結局ニッパーで切るんだったらわざわざ2回に分ける意味が分からないというか。
 しかし師匠は、ちっちっちっと指を振って答えた。
「わざわざ2回に分けるのは、そうすることでパーツが綺麗に切り離すことができるのよ。ランナーから切り離したその後で、今度はパーツぎりぎりのところを切ってあげれば、パーツが損傷することがなくなるの。ニッパーで切る時はこのように2段階に分けることが大事なの。これ、重要よ。というか基本よ」
 1回目で切った時に残る部分をゲートといい、2回目でそのゲート部分を切り取ることをゲート処理という。
 どうやら1回でパーツぎりぎりの部分を切断したら、パーツが白く変色したり、ひびが入ったりすることがあるそうだ。これはニッパーで切断する際に、衝撃がパーツにまで及んでしまうからそうなるらしい。だから1回目の切断にパーツからできるだけ遠いところを切ることで、パーツにダメージが届かなくなる――ということらしい。
 そしてニッパーを使う際にも向きが決まっていて、空洞になってる側をランナーの方に向けて使うと切りやすいらしい。それが常識なのだそうだ。
「なるほど……よくわかったよ。それじゃあ……」
 俺は今度こそ、とランナーを手にして恐る恐るニッパーを近づけていく。
 ランナーとパーツを繋ぐ細くなった部分。その、できるだけランナー側のところにニッパーを当てて……ぱちん。
「おお……気持ちいい感触」
 この感覚、くせになりそうだ。俺はパーツを繋ぐ残りの部分も同じようにニッパーで切断していって、ようやく1つ目のパーツをランナーから切り取ることができた。
「そう。その調子よ昇太郎。綺麗にできたじゃない」
「へへ……そうか?」
 もしかして俺、才能があるのかもしれない。そんな事を考えながら俺は次のパーツも同様にランナーから切り取った。そして切り離したパーツに余分についている部分を切り取る作業……ゲート処理も施して、と。
「よし、じゃあこの2つを合体させよう」
 俺は説明書どおりに2つのパーツを合わせようとした。が。
「待ちなさい昇太郎……」
「ま、またかよ。今度はなんだよ」
 こう続くとこのパターンにも慣れてきた。
「ゲート処理はまだ終わってないわ昇太郎」
 師匠はにやりと笑って、黒いボールペンか万年筆のようなものを工具箱から取り出した。
「まだ終わってないって、それは……」
「これはプラモデル用のナイフ。デザインナイフと呼ばれるものよ。あなたが切り取ったパーツをよく見なさい昇太郎。ニッパーで切っただけではまだすこしゲートが残っているのが見えるでしょう?」
「ああ、ほんとだ……ここをそのナイフで切り取ればいいってわけだね」
「そうよ。あと、デザインナイフは切れ味が鋭いから気をつけてね。刃の向き先に自分の指を置かないようにしてね」
 師匠が念入りに注意しながら、黒いペンのようなデザインナイフを俺に渡した。
 俺は透明のキャップを外して、パーツのゲート部分にナイフをあてる。そして軽く力を入れると――簡単にさっくりとゲート部分が綺麗になくなった。
「すごい切れ味……パーツがまったいらだ」
 俺は感動して次々とゲートをナイフで削りとっていく。すると、もうどこにゲートがあったのか分からないくらいパーツは完璧な形になっていた。
「ど、どう、師匠? これはなかなかいい出来なんじゃないか?」
「そうね。初めてにしてはまずまずよ。本当はやすりも使って綺麗にしたいのだけど……まぁ今回はそこまでやらなくてもいいわね。時間がかかりすぎてしまうもの。あとはこれを組み立てればいいのよ」
 ようやく師匠のお墨付きをもらった俺は、パーツとパーツをくっつけた。
「ほんとに接着剤なしで簡単に組み立てられるんだな……」
「ええ……でもほら、パーツ同士をはめ込んだとき、そこに線ができるでしょう? この接合ラインのことを合わせ目っていって、合わせ目消しをするのもガンプラテクニックのひとつなんだけど……それはまたいずれやることにしましょうか」
 まだまだ俺の知らない技がたくさんあるんだなぁ。しかし、今日はとにかくこのニッパーとデザインナイフでガンプラを組み上げていくことに専念しよう。
 俺はその後黙々と、慣れない手つきでパーツをランナーから切り離し、そしてナイフでゲート処理を施しパーツを組み立てる、という流れを繰り返した。
「……昇太郎。今日はそろそろこれくらいにしときましょうか」
 いつの間にか熱中してしまったようで、師匠の声に我に返った俺が顔をあげた時、窓の外のオレンジはだいぶ紫がかった色に変わっていた。
 ケータイで時間を確認すると1時間も経過していた。
「え、もう1時間も経ったのか……?」
 時間が経つのが恐ろしく早く感じた。ようやく腕1本が完成したところで、まだ全然組みあがってないのに。
「慣れた人ならHGだとだいたい3時間くらいで組み立てられるのだけど……初めてだからこんなものでしょう。ゆっくりやればいいわ」
 師匠は満足そうにほほえんだ。俺は不覚にも、その笑顔に少しみとれてしまった。
 そしてふと思い出した。
 さっき、同じこの教室で出会った白城静夜の言っていた言葉を。
 暗黒道に堕ちた黒路地家とはいったい……。
 俺はどうしても、師匠に訊くことができなかった。
 作りかけのHGガンダムを箱にしまって旧校舎を出て、師匠と別れる頃にはすっかり日も沈んでしまった。
 家に帰ったあと俺は、ガンダムの腕をぼんやり眺めながら柴島さんと、そして師匠のことを考えながら夜の時間を過ごした。


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