ガンプラマスター昇太郎

第1話 昇太郎、ガンプラを作る

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

2

 
 しばらく歩いて俺達は学校に戻ってきた。
 俺と師匠で学校のどこを使うのかという話を道すがらしてきたのだが、結局、人目につきにくいということで、俺たちは旧校舎を調べてみることにした。
「結構空いてる教室ってあるものなのね」
「でもやっぱ普段使われてない校舎だから結構汚いな……もう少しマシな教室を使いましょうよ師匠」
 旧校舎の1階を俺と師匠で見回っていたが、手頃な教室がなかなかない。
「ふう。それじゃあこうしましょう昇太郎。私は2階を調べるからあなたは3階を調べるの。手頃な教室を見つけたら連絡して」
「よし、わかった師匠」
 さすが師匠だ。的確なその指示に俺は思わず感心する。
 さっそく俺たちは分かれて旧校舎を探索に入った。
 そして俺は3階にあがった。曇った窓ガラスから夕日のオレンジが廊下に差し込んで、リノリウムの床が薄っすらと黄昏色に染まっていた。俺は幻想的なその色あいを見ることなしに見ていると、ふと大事なことに気がついた。
「……あれ。ていうか俺、師匠のケータイ番号知らないじゃん」
 今頃になって気づいてしまった。師匠のあまりにスムーズな指示にまさか致命的な欠陥があるなんて思ってもみなかった。てか師匠はなんでこんな勘違いをしたんだ?
「……まぁいいか。どうせ下の階にいるんだから、俺は使えそうな教室探しとくか」
 そういうわけで、俺は近くの教室から一つ一つ見ていくことにした。
 どれもこれも埃がたまって、机や椅子やらが高く積み上げられて、生活間を感じさせない、まるで廃墟を思い起こさせるような教室ばかりだった。
 とうとう3階の一番端っこの教室前まで来た俺。どうせここも他の教室と同じだろうと思いながら、義務感で扉を開けてみた。
 すると。その教室の真ん中で、一人の男子生徒が机に座ってプラモデルを組み立てていた。
「って……プラモデルっ?」
 窓から差し込む夕日の光を頼りに、もう使われなくなった教室でプラモデルを組み立てる光景に俺は唖然とした。どうやら戦車を作っているみたいだけど。
 ようやく俺の存在に気づいたのか。男子生徒は作業の手を止めて、ゆっくり顔だけをこちらに向けた。
「んぁ? ぁ〜んだテメエ? 何か用かよ」
 男子生徒は巻き舌気味の声で言った。しかし俺を見ているその男子生徒の手は、プラモデルのパーツを持っていて、紙やすりのようなものでこすっていた。
「お、俺はたまたまここに来ただけだ……それより君こそなにやってるんだよ」
 俺は男子生徒が手にしている戦車のプラモデルを指さした。
「ああ? 見て分かんねえのかよ。プラモだよ。プラモデル作ってるんだよ。悪いか」
 そりゃあ見たら分かるけど……なんとも口の悪い男だ。
「別に悪くないけどさ、ちょっと驚いたんだよ。実は俺もガンプラを組み立てようと思ってちょうど空いている教室を探してたんだ。そこで君を見つけたもんだから少し驚いちゃって。いやぁ〜、でもなんだか嬉しいよ〜」
 まさかプラモデルを作っている先客がいるとは思わなかった。師匠が知ったらきっと喜ぶに違いない。口は悪くて目つきも悪いけど、見た目的には全然オタクって感じもしないし、むしろ女の子からモテそうな風貌をしている。なかなかいい友達になれそうじゃないか。
 久々に友達ができそうな事に俺は思わず頬が緩んでしまう。
 が、しかし――。
「はぁ? 嬉しい? なにが嬉しいんだ? はっ。まさかテメエ……オレの事を仲間だと思ってるんじゃねぇよな?」
「……え?」
 男子生徒から返ってきたまさかの言葉に、俺は固まってしまった。
「おいおい。図星だったってわけかよ。ったく困るぜ……いいか? オレは戦車のプラモデルを作ってはいるが、だからってお前がガンプラを作る場所を探していることとは何の関係もねえ。そもそもオレはガンプラというものが嫌いなんだよ。あんな猿でも作れるようなオモチャはプラモデルじゃねえ。オレの作る芸術と一緒にされちゃあ困るんだよ」
 男子生徒はいっそう険しい表情になって、威嚇するように言った。
 なんでそんな言われかたをしなければいけないんだ。
 俺は男子生徒のその自分勝手な言い分にかちんときた。
「芸術って言ってもどっちもオモチャだろ。俺だってプラモ作りの楽しさというものを実感したいんだ」
「……おいテメエ。もしかしてプラモは作ったことないのか?」
「そうだけど、それがどうかしたか? 俺はこれから黒路地師しょ……もとい友達とガンプラを作るんだ。何か気に入らないところでもあるのか」
 俺がそう言った途端に、男子生徒の顔色が変わった。
「黒路地師匠……だと? く、くっくっく。そうか……そういうことか。ならますます気に入らねぇなぁ」
 男子生徒は持っていた戦車のプラモと紙やすりを机の上に置いて笑っていた。
「え……君、もしかして黒路地師匠のことを知っているのか?」
「そんなことテメエには関係ない。いや……だが、こうして知り合ったのもなにかの運命かもしれねえな。にしてもまだ師匠とか呼ばせてるなんて、ほんと間抜けな奴だ……。おい、お前。名前はなんて言うんだ?」
 一人で勝手に話を進めている男子生徒はいきなり俺に名前を訊いてきた。プラモデラーは人の話を聞かないものなのか?
「ば、坂場……昇太郎」
 逆らったって仕方ないので俺は渋々名前を名乗った。
「そうか、坂場昇太郎か……おい、坂場ぁ」
「な、なんだよ。いきなり呼び捨てして」
「どうせお前、その師匠から言われてるんだろ? 私がお前をガンプラマスターにしてやるとかどうとか」
「なぜそれを……? なんだか分からないけれど……やっぱり師匠のこと知ってるじゃないか……そうだよ。俺はこれからガンプラを極めていくんだ」
「ふん。どういった理由があるかは知らないが、上手く口車に乗せられたようだな……しかし、テメエもあの女の正体を知ったら幻滅するだけだ。なんたってあの女は、暗黒道に堕ちた黒路地家の黒い血脈を引く娘なんだからよぉ」
「暗黒道に堕ちた黒い血脈……? なんだそれは?」
「知りたきゃ本人に訊け。とにかく、あの女なんかにガンプラを教わったって何にもならないってだけだ」
 俺は目の前の男が憎らしく思えてきた。こんな奴がプラモデルを心から楽しんでやっていると思えなかった。こいつからプラモデルへの愛というものが微塵も感じられなかった。
「でも少なくとも……いずれあんたよりも上達してみせるよ」
 このままコケにされっぱなしなのは悔しいかった。それはもしかして師匠がコケにされているのが辛かったのかもしれない。なぜか俺はそう思うとこの男が許せなくて、つい強がりを言ってみせた。
 それを聞いた男子生徒は、小刻みに肩を振るわせた。
「かかかかっ。くっだらねぇ。くだらねぇが……調子に乗ってるお前達をぶっ潰してやるのは面白そうだ。よく聞け……オレの名前は――白城静夜(しらきせいや)」
 と、いきなり男子生徒が名乗りをあげた。
「坂場昇太郎よ。テメエが本当にガンプラマスターになるというのなら……ガンプラ大会に出ろ。そこで俺がテメエに格の違いってやつを見せてやるよ」
「ガンプラ大会……? なんだそれは?」
「はっ。ガンプラマスターを狙う者がそんな事も知らないなんて笑っちまうぜ」
「悪いかよ。名前から察すると、要するにガンプラ制作の腕を競いあうんだろ?」
「そうだ。それに出場しろ。テメエをずたぼろにしてやるから」
「はぁ? いきなり何を言ってるんだ。俺はまだ何もそんな……」
「けっ。テメエが怖じ気ついて逃げるってんなら別にそれでもいい。その事実だけでも、オレがあの女の鼻をあかしたってことになるんだからよぉ〜」
「師匠と何かあったのか知らないけど……俺はお前と争う理由がないし、そもそもまだガンプラも作ったことない初心者なんだ。いきなり勝負なんて言われても困る」
「なにビビってんだよ。オレだって普段ガンプラなんて低俗な玩具さわったりしねえよ。どっちにせよオレはガンプラ大会に出場することに決めた。テメエがどうするのかはテメエで決めろ。オレはあの女から……全てを奪い尽くすだけだ!」
 ほんとに何があったんだ。その迫力に俺はかける言葉を見つけられずにいると、白城静夜は作りかけの戦車のプラモデルを箱にしまって立ち上がった。
「あ、おい……どこに」
「黒路地止水がいるんだろ? だったらオレはもう帰る。ガンプラを作るつもりなら勝手にこの教室を使っておけばいいさ。別にオレの部屋なんじゃねえんだからな」
 そう言って、白城は教室を後にした。
 あいつがなんだったかのかはよく分からない。だけど、その時の俺はなんとなく感じていた。
 白城静夜は、今後、俺達の前に立ちはだかる脅威となるだろう――と。


inserted by FC2 system