ガンプラマスター昇太郎

昇太郎、ガンプラをやめる

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

1

 
 俺はいま、部屋の中に閉じこもっていた。布団をかぶってベッドの中に埋もれていた。
 途方に暮れていた。世界が灰色に見えた。
 俺はいったい何のために戦ってきたんだ。いや、俺はいったい何と戦ってきたんだ。
 昨日、ガンプラ大会の会場で柴島さんに告白して振られてからというもの、俺は呆然とただ時間を過ごしていた。
 俺は全然分からなかった。俺の何がいけなかったのか。俺がなぜ振られたのか。だから俺は柴島さんに尋ねた。俺が白城に負けたからなのか、俺が1回戦すら進めなかったからなのか、俺にガンプラ作りの才能がないからなのか、他に好きな人がいるのか、もしかして既に誰かと付き合っているのか、それとも……俺よりも白城の方がいいのか。と。
 すると柴島さんはこう言った。
『違う、違うよ坂場くん。全然ちがうんだよ。問題はそういうことじゃないんだよ。ガンプラがどうとかそういうことじゃないの。わたしは……わたしはね、坂場くん。まだ坂場くんをそういう対象として考えてないから、それだけ……だよ』
 なんだよ、それ。俺は柴島さんのためにこんなに必死で今までガンプラを作り続けてきたんだ。だったらどういう人がタイプなんだ。
「わっ。あ、あの……お、怒らないで聞いてね……わ、わたしは……王子様みたいな人が好きなの。強くてスポーツができて、わたしを守ってくれるような人……かな」
 …………それを聞いて、俺は頭の中の理性とかモラルとか感情とかそういうのがボロボロ崩れていくのが分かった。
 そりゃなんですかい? 強くてスポーツができるって……が、ガンプラの要素がまったく入ってないやんけっっっっっっ!!!!
「ご、ごめんなさいっ。わ、わたし……あんまりプラモデルのこと知らないから。店番もお父さんの代わりにやってるから……あまり、好きじゃないの。その……ごめんね」
 はあああっっっ!? 好きじゃないぃぃぃぃいいいいっっ!?
 なら白城はどうなんだっ。白城静夜はプロのモデラーを目指しているんだぞ。
「え、静夜くん……? せ、静夜くんは関係ないよ。私と静夜くんはただの幼なじみだよ。わたしは幼なじみとして、静夜くんを応援してるんだよ」
 ……はは。はっはははははははっ。
 ……本当に関係なかったんだ。俺は白城を勝手にライバル視してたけど、マジで何も関係なかったんだ。意味なかったんだぁ! わっはっは! 無性におかしくなったぜ。大きな声を出して笑いたくなったぜ。だから笑ってやった。おもいっきり笑ってやった。
 すると柴島さんが衝動物のような怯えた瞳で俺を見ていた。
 やめろよそんな目で俺を見るな。謝るなよ。俺は柴島さんを怖がらせたくないんだ傷つけたくないんだ。俺は柴島さんがただ好きなだけなんだ。俺はどうしたらいいんだよおおおおおおーーーーーーっっっっ。
 ――どうすることもできない。できないんだ。
 だから、柴島さんを守るために俺は店を出た。笑いながら店を出て、笑いながら町をさまよった。
 ――そこから後の記憶はあまりない。


 ……やれやれ。
 今回のことでつくづく思ったよ。
 やっぱり俺の考えは間違ってなかったんだ。
 オタクなんてのは人生において負け組なんだ。
 そもそもガンプラと聞いた時点で俺はよく考えるべきだったんだ。
 しかし気がつけたんだから逆によかったかもしれない。
 高校生活はまだ充分に残っている。まだまだ俺はやり直せる。
 そう、だから――。
「ガンプラとはこれでさよならだ」
 だから、旧校舎の空き教室の前で立ち止まっていた俺は、そのまま背中を向けて去ろうとした。
 これが正しい選択肢だから。

「――待ちなさい、昇太郎」

 教室の扉が開く音と俺を呼び止める声が聞こえて、足が止まった。
「…………なんですか」
 俺が振り返ると、そこには黒路地止水がいた。
「どうしたの昇太郎。ここまできておいて帰るなんて……もしかして忘れ物?」
「いや……そういうことじゃないけど」
「だったら入ってきなさい。昨日のガンプラ大会の話をじっくり聞かせてよ。それに……うふふ。いいものがあるわよ」
 師匠は嬉しそうにほほえんだ。
「…………」
 だけど俺は全然笑えない。
「どうしたのよ。もしかして……一回戦で負けたのがショックだった?」
 師匠は戸惑いを隠しきれない顔をして、いやに俺をいたわるような声で語りかける。
「どうして……それを?」
「柴島さんから聞いたのよ。ほんと馬鹿ね、昇太郎。勝ち負けは大事じゃないって言ったでしょう。それに相手が悪かったのあるわ。ほら、元気出しなさい。たとえ1回戦で負けたとしてもあなたにとっていい経験になったはずよ。ほらほら、入るわよ」
 師匠は俺を慰めようとしてるのか、明るい声をあげながら俺の背中を押して空き教室へ入れようとする。馬鹿な師匠……問題はそんなことじゃないんだよ。
 俺は踏ん張って教室に入るのを抵抗する。
「ほら……は、入りなさいよぉ……」
 師匠は両手で俺の背中をぐいぐい押すが、男子と女子の体重差というものは大きいのだ。俺を動かすことはできない。
「ど、どうしたのよ、昇太郎。なんで部屋にこないのよ……わけを教えなさいよ」
 俺の異変に気づいたか、師匠は不安そうな顔をして俺を見上げた。
 俺は重々しく口を開く。
「師匠……いや、黒路地さん。俺はもうガンプラは作らない。ガンプラ部は脱退するよ」
 俺がその言葉を発すると、師匠は世界の終わりを目撃でもしたかのような表情を浮かべて固まった。
「な、なに言ってるの。なんで……なのよ。一回負けたくらいで……」
 だから違うんだよ。そんなことどうでもいいんだよ。なんで――って言われても。それは俺にガンプラを作る理由がなくなったからだ。俺がずっと勘違いをしていたからだ。
 でも――そんなこと言えやしない。だから俺は。
「……大会の日、白城静夜から聞いたんだよ、黒路地さんのことを」
「え……?」
 師匠の表情がまた変わった。
「君は……白城を利用していたんだろ? ブラックロードのために実験台にしていたんだろ? 今の俺との関係のように、かつて君は……白城の師匠だったんだろ?」
 そうだ……俺は黒路地止水に利用されていたんだ。別に俺は元々プラモデルに興味があったわけではなかったから、そんなこと構わなかったけど……今はそれがちょうどいい口実になった。ガンプラから少しでも遠くに離れたかった。
「ち、違うの昇太郎……私は、私は……」
 ほらみろ。効果絶大だ。うろたえてるうろたえてる。
「なにが違うんだ、黒路地ししょ〜? 白城に逃げられたから今度は俺の番ですかぁ? 俺はなんのモニターをさせるつもりですかぁ? 光栄だなぁ。知らない間にブラックロードの商品開発に関われてたなんてなぁ〜〜〜っ」
「や、やめて昇太郎……そんなひどいこと言わないで昇太郎……違うのよ、信じて昇太郎……」
「いいや、信じられない。信じない。少なくとも黒路地さんは今までそのことを黙ってたんだ。俺はガンプラを作ることに情熱が持てなくなったよ。俺はガンプラをもう作りたくない」
「待って……一人に、私を一人にしないで。もう私は、孤独なのは嫌なの……」
「さようなら、師匠」
 俺と黒路地止水の師弟関係は終わった。


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