引き継がれる物語

序章 

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序章  新天地、三笠町

 
 今日から俺はこのクソ田舎で暮らすことになった。
 昨日まで住んでいた町に思い残すことはほとんどない。俺は引っ越しの度に何かを残していくような事は滅多にない。
 元々引っ越しが多かったからこんな事にも慣れっこで、昨日まで住んでた町の印象だってもうほとんど残っていない。どうせそこに彼女はいない。喜びも悲しみもない、ただそれだけの町だった。ただ1年が空虚に通り過ぎただけだ。
 ――その前に住んでいた東京の街が、俺にとって特別過ぎたのだ。俺はそこにたくさんのものを置いていった。ただ通り過ぎていくだけのはずの思い出に色をつけてくれた。
 いつもなら引っ越す度に躊躇なく捨てていたものを、あの時に限って俺は捨てられなかったのだ。
 ガタンゴトンガタン――。
 俺が感慨に耽っているその時、ようやく電車は長いトンネルを抜けて、これから俺が住む新しい街の景色が窓いっぱいに広がった。
 俺はその光景に一瞬目眩を感じる。
 それは――海だった。
 初夏の朝日を浴びた海はキラキラと宝石のように輝いて、雲一つない青い空と青い海の境界線はおぼろげで、風景が全部交わっているようだった。
 それがどこまでもどこまでも続く。なにもかもぐちゃぐちゃになる。電車はガタゴトと頼りない音を立てて走っていく。俺を乗せて、古い思い出を置いていって。
 やがて遠くの方に畑や家やスーパー等の建物がちらほら見えてきた。それは海沿いの小さな町。
 ここが俺の新たな居場所――三笠町。
 そしてここで俺は転校生として、新しい高校生活を送っていくのだ。
 だけど俺の心は決してこの町を受け入れることはしないし、俺の心を癒してくれる場所にはならないのだ。なぜならこの町には彼女はいない。
 この町もただ俺の中を通り越していくだけのそんな場所なのだ。俺の心は鉛色に濁ってしまっている。それもこれも独善的で自分勝手なクソ親共のせいなのだ。
 俺は窓の外に見える町並みと海の景色を通り越して、もっともっと遙か空の彼方を見た。
 雲一つない夏の空が広がる、そのずっとずっと遠い彼方。俺がかつて暮らした街。
 きっとそこに俺の求めるものがあるはず。
 今、目の前に現れた新天地に、希望はなかった。そこは、ただのくだらねぇド田舎。きっとこれは長い悪夢でしかない。悪夢の延長線上のお話だ。
 それは――とても暑い夏の日のことだった。



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