引き継がれる物語

第4章 少年と少女と影

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

3

 
 叶歴からメールの返信がなくなって3日が過ぎた――。
 おかしい……きっと叶歴になにかがあったに違いない。もしかして神流が言っていた事が現実になったのかもしれない。
 普通ならこっちがメールを送らなくても向こうから勝手にくるのに。
 勇気を出して電話もかけてみる。しかしやっぱり出ない。
 俺は無性に怖くなった。
「――で、私のところに来たわけね。それは賢明な判断だわ」
 神社の賽銭箱に、俺と神流は並んで腰掛けて作戦会議をしていた。
「それでどうすればいい? やっぱり東京に行くべきなのか?」
「分かってるじゃない。そうよ。一刻も早く行きなさいよ」
 その自身はどこから来るのだろうって位にはっきり断言する神流。
「俺だって行きたいけれど……でも金がないんだ。どうすればいいのか」
 まだバイトだって始めたばかりで給料も入ってきていない。現状では東京に行くだけの交通費すらないのだ。
「私だって手伝ってあげたいけれど、あいにくお金とは無縁な存在なものだからね」
 神流はお手上げ状態といった感じに両手を上げる。
「分かったよ……。なら俺がなんとかするよ」
 俺はもたれていた賽銭箱から腰を上げて、熱い日差しの下を進む。
「どこかアテでもあるの?」
 神流は俺の背中に語りかけた。
「ああ、せっかく今まで働いてきたんだ。とりあえず少しでも給料を貰ってくるよ」
 この日の為に働いてきたのだ。まだわずかな日数しか働いていないが、その分だけでも結構な足しにはなるはずだ。
「そう。じゃあ私もついていっていいかしら? 何もしないで待ってるだけというのも悪いからね」
「ああ、いいぜ」
 来ても他の人には見えないから役には立てないんだろうけど。でもいてくれるだけで心強い気はするのは確かだ。
 そういうわけで俺と神流は神社を抜け、およそ20分程歩いて山の麓にある野瀬商店へ入った。焦りもあったからか、結構早いペースだった。
「あらあら、附音くん。そんな必死な顔で息まで切らしちゃってどうしたの? 今日はオフの日じゃなかったのぉ?」
 中にはこの店の店長で、美人姉妹の姉の方の静奈さんがいた。相変わらず暇そうだ。
「ええ、今日はちょっと相談があって来たんですけど」
 俺はチラリと後ろにいる神流に目を向けて、すぐに視線を静奈さんに戻す。
「相談……? あら、なにかしら〜?」
 やっぱり静奈さんには神流の姿が見えていないようだった。
「ええ、どうしても金が必要になったんです。だからこれまで働いた分の給料を受け取りたくて……」
 いきなり来て勝手な事を言ってるのは十分承知だ。だが俺にはどうしても金が必要なんだ。
 静奈さんは切迫している俺の様子を感じ取ったのだろうか、心配するような顔をして俺に言った。
「附音くん……それ、もしかして振り込め詐欺とかじゃないわよね……?」
「ご心配してくれるのは嬉しいけど詐欺には引っかかってません!」
 静奈さんは変な勘違いをしているようだが……はぁ、この調子だと給料貰うのにもてこずりそうだな。
 でも、そんな俺の気持ちとは裏腹に静奈さんは、えらく朗らかな顔になって、
「そう、分かった……なら、いいわ。ちょっと待っててぇ」
 ちゃり〜ん、とレジを開けて万札を幾枚か取り出して俺に渡した。
「って……え? こんなに!? 間違いなんじゃ……?」
 事情も聞かずに渡されたのにも驚いたけど、何より驚いたのはその金額。俺に渡された給金は、明らかに今まで働いていた分を上回っていた。
 混乱する俺を落ち着かせるように、静奈さんはいつものような微笑んだ顔で説明した。
「間違いじゃないわよ、附音くん。何の事情があるかは知らないけど……初めて会った時からあなたからは秘めた意思みたいなものを感じたのよ。うん、きっとそう……あなたにはやらなくちゃいけない目的があるのよね?」
 その顔はいつものように優しいお姉さんのものだったけど、その言葉には力強い何かを感じた。俺なんかじゃ理解もできない強さを。
「ええ……俺は東京に行かなければいけないんです。そこで俺はやらなければいけない事があるんです」
 俺には俺の強さがある。俺は叶歴に会いに再びあの街へ戻る。その強さなら誰にも負けない。
「そう。東京か。私には詳しい事情なんて分からないけれど……若者の夢は協力しなくちゃね。だからあなたに渡す金額はこれで合ってるわ」
「静奈さん……」
「だけどねぇ、附音くん。勘違いしないでね。多い分はあくまでも前借りだから〜。何しに東京へ行くのか分からないけど……戻って来たらしっかり働いて返してもらうわよぉ」
 静奈さんは目を細めておっとりとした仕草で俺に釘を刺した。そうだな、頑張らないと。
「分かりました。ありがとうございます……あと、郁奈にもよろしく伝えといて下さい。俺のいない間店番頼んだって」
 俺が伝えると、静奈さんはクスリと笑い小さく手を振って、
「ええ、私達の事は気にせず、あなたも頑張ってくるのよ」
 激励の言葉をかけた。
 俺は給料を前借りして、店の外に出た。外は相変わらずの猛暑だった。
「やったな、神流。これだけあれば交通費は十分だし、数日は保つぞ」
 幸先のいい始まりに俺のテンションはいやがおうにも高まる。
「思わぬ幸運ね。よかったわ」
 神流も珍しく感情を表に出して嬉しそうに言った。
「ああ、これでもう金の事は心配しなくていい」
 あとはもう、出発するだけだ。
「なら、行くのね……東京に」
「ああ」
 あの場所に行けばきっと全てがうまくいく。俺はなんだってできる。あそこに行きさえすれば俺の物語が始まるし、欲しかったものは手に入るんだ。
 俺は喜びと期待にうち震えていると、神流が澄んだ川のような声で俺に話しかけた。
「ねえ、附音。久しぶりにこの山登ってみない?」
 神流は目の前に小さくそびえ立つ山を指さした。
「え? 山に……なんで?」
 突拍子もない提案に俺はハテナって感じになる。
「なんとなくよ。ねぇ……岬まで行ってみない?」
「よく分かんないけど、まぁそれもいいかもな」
 俺は気分が良かったので神流の言うとおりにすることにした。


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