引き継がれる物語

第3章 脱出とバイト

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 そんなわけで俺は東京で住めるだけの金を貯めるためにバイトを探すことにした。
「う〜ん。ないな〜」
 現在俺は海沿い近くにあるコンビニでアルバイト情報誌をチェック中。
「……ていうか仕事自体が全然ない」
 載っている仕事と言えば、漁師とか林業関係とかそんなのばかりだった。
 さすが田舎……地方格差という言葉を俺は身をもって体験した。
 くっ……ならこの選択肢から選べと言うのか? 駄目だ。俺にはこんな仕事は向いていない。体力だってないし、こんな暑い中1日中外で力仕事なんて無理無理。すぐに辞めてしまうのは目に見えている。
「やっぱり俺には無理なのかな……」
 不良が聞いて呆れる。結局俺はなにかにつけて言い訳ばかりで踏み出そうとしない。親からの解放を望んでいるくせに、いざ1人でやろうとしても俺は何もできないという事なのか。
 諦めて帰ろうか。涼しいコンビニから灼熱地獄に出るのはこれまた辛いけど……。
 俺が惨めな気持ちになっていると、ちゃららららら〜ん♪ と入店音が鳴った。客が来たのだ。この店に同時に客が2人も存在するとは今日は大繁盛だな。そう思い俺は客を見た。
「あれあれ〜、君は確か附音くん……だっけ?」
 その客は俺に呼び掛けた。麦わら帽子を被ったとても綺麗な赤髪のお姉さんだった。
「ほらぁ、私よぉ。一昨日学校で出会ったお姉さん〜♪」
 ああ……確かこの人は野瀬静奈さん。俺が2学期から通う高校の卒業生で、今は商店で自営業をやっているらしい。
「ああ。野瀬さん……ですね。こんにちは」
 野瀬さんは水色のワンピースにロングスカートというなんとも爽やかな格好をしている。
 麦わら帽子を脱ぎ赤色の髪を掻き上げて野瀬さんがすすすーっと俺を通り越していき、手早く炭酸飲料をレジに持っていって購入すると、俺の元に再び寄ってきた。
「なになに〜? もしかして附音くんバイト探してるのぉ?」
 俺が持っていた情報誌を指さす野瀬さん。
「ええ。まぁ、はい……でもなかなかいいところがなくて」
 どれもいまいちぱっとしないし、きっと続かない。こんなんで本当に上京することができるか甚だ怪しい。
「まあ〜この辺りは仕事なんて全然ないからねぇ。これじゃあ若者が離れていくのも無理ないわよねぇ」
 頬に手を添えて困ったような表情を見せる野瀬さん。ぶっちゃけ俺だって一刻も早くここから出て行きたいのだ。
 だからこの町の衰退事情に全く興味ない俺は完全に他人事気分でいたのだが。
「よし、ここは私がなんとかしましょう。せっかくこっちに越してきた貴重な若者を失望させるわけにはいかないものね……附音くん。よかったら私の店でバイトしない?」
 いきなり野瀬さんが顔をぱっと輝かせたかと思うと、突拍子もない提案を出してきた。
「え……い、いいんですかっ?」
 そんな思いつきで決めていいものなのだろうかと内心俺は不安だった。
「それじゃさっそくだけど店に行ってみるぅ? 見学ということで〜」
 そんな俺の胸中も察しずに野瀬さんはあれよあれよと話を先に進める。
「え、えと……わ、分かりました。お願いします」
 そのハイペースに追いつけない俺は思わず頭を下げていた。
「そんじゃ決まりね。ついてきて」
 そして野瀬さんは店を後にする。
 俺は期待と不安が入り交じりながらその後を追っていった。
「あと――」
 と、外に出た野瀬さんは俺の方を振り返って、
「私の事は静奈って呼んでくれていいのよ〜。じゃないとちょっとややこしいからぁ」
 野瀬さんがウインクしてなにやら意味ありげな事を言った。
「は、はぁ……じゃあ静奈さん」
 言われるままに俺は野瀬さんを静奈さんと呼ぶことになったけど、俺はまだ働くなんて決めてない。もうちょっと考える時間が欲しかったし……もしかして選択を誤ったかもしれない。
 それに……俺は金を貯めたらすぐにこの町を出て行くつもりなのだ。なんだか野瀬さんを裏切るような行為に思えた。だが……俺は行かなくちゃいけないのだ。俺はこんな田舎で腐っているわけにはいかないのだ。
 コンビニの外は相変わらずの夏で、景色が歪むような暑さはまるで別世界から来た俺を追い返そうとしているように思えた。


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