引き継がれる物語

第3章 脱出とバイト

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 翌日。俺が神社に行くと、時雨神流が賽銭箱の上に座って足をぶらぶらさせていた。
「よぉ」と俺。
「やぁ」と神流。
 神社の中は相変わらず外の世界と区切られているように静かで涼しかった。
「暇そうにしてるだろうと思って遊びに来てやったぞ」
 無意味な時間を過ごしてこんな田舎町に染まるよりは、叶歴と少なからず繋がりがあるかもしれない神流といる方がまだましだ。
「またまたつまらない冗談を。どうせ私に聞きたい事があってやって来たんでしょう?」
 やっぱり神流は千春と違って一筋縄ではいかないらしい。こっちの考えはお見通しか。
「昨日の話の続きなんだけどさ、いいか?」
 前置きは不要と俺はさっそく切り出す。そうだ……昨日あんな話を聞かされなかったら、俺はこんなところに行くつもりなんてないんだ。
「ええ、いいわよ」
 神流は遠くを見るような目をして言った。
「ほら、例の俺の身近な人間がお前と同じようになってしまうってやつ。昨日お前と別れた後さっそく叶歴にメールしたんだけどさ、別にあいつ普通だったぞ」
 もしかしたら別の人間が、という可能性もあり得るが、俺に思い当たるような人間は叶歴しかいなかったのできっと彼女以外にあり得ないのだ。
 神流は俺の報告に、少しだけ考えるような素振りを見せて、そして言った。
「……果たしてそうかしらね。彼女、強がってるだけかもしれないわよ」
「けど、メールの文面からはそんな印象感じなかったけどな」
「あなたみたいな鈍感な人間にそんなもの読み取れるわけないでしょう」
 そうだ。確かに叶歴の性格だったら、自分の心配をさせまいと平気な素振りを見せる事は大いにあり得る。
「う……じゃ、じゃあお前は……俺に何をすればいいって言うんだよ」
 神流の意図や目的が全然分からない。
「その答えは簡単よ。そこに行くのよ。きっと何か秘密が隠されている」
 神流は迷うことなくきっぱりと言った。
「そ、そこってどこだよ……」
 神流の堂々っぷりに俺は少したじろぐ。
「決まっているじゃない――東京よ。私の記憶の中にある街。そして私とあなたの共通点」
 東京。それは俺のアイデンティティー。それは俺の拠り所。それは俺と叶歴との絆。
「……東京って言っても広いし、具体的に言ってくれよ」
 興味なさそうな感じに言ったが、俺は胸が高鳴っているのを感じた。
「それはあなたが一番分かっていることじゃないの?」
 神流は意味深に笑って問い返す。
 ああ、そうだ。俺は知っている。俺にとっての特別な場所。それはもうあの場所しかない。
「お前は行かないのかよ……ああ、そういや地縛霊なんだっけ」
 神流の言葉に応えず話を進める。
「あなたも失礼な人ね。私は霊じゃないっての。土地神みたいなものよ」
「いや、どっちも同じようなもんだろ」
 それに絶対神じゃないだろ。元人間だったじゃん。十中八九幽霊だろ。
「とにかく東京に行って彼女に会うことで私に関する何かが分かるはずよ」
 神流はにやけた顔をして空を仰いだ。つか、別にお前の出生はどうでもいいんだが。
「そしてそれは叶歴を救うことになる……か。分かったよ、行ってやるよ」
 神流の提案に乗ることにした。
「……え? うそ? 本当に?」
 俺の申し出がよっぽど予想外だったのか、神流は目を丸くして唖然としていた。
「べ、別にあんたに言われたからじゃないぞ。どっちみち俺はいずれこんな田舎町から出て行くつもりなんだ。俺は東京に戻る……そのついでだ。丁度都合がいい」
 変な誤解をされないように俺は早口で弁論する。
「ま、話がスムーズに進むのなら私としては嬉しいし、意気込むのはいいけどね……で、どうやって行くの? 旅費は持ってるの?」
 そうだ。いくら意気込んでいたって何も始まらない。金が必要なんだ。
 俺は日帰りの旅行で東京に行くつもりなんてない――。
 今度こそ東京の地で暮らす……俺は鳥籠の中から脱出する。
 そしてまた叶歴の物語を聞いてやるんだ。叶歴との楽しかったあの日々を取り戻すんだ。


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