引き継がれる物語

第2章 自らの意思

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

〜キミとボクの世界 2〜

 
「ところで叶歴……だっけ? 叶歴はどうしてこんなところにいるんだよ」
 ボクは廃墟となった総合アミューズメント施設の中でノノ羽良叶歴に聞いてみた。
「……」
 叶歴と名乗る少女はばつが悪そうに俯いてる。
「むぅ……なんか怪しいなぁ。もしかして君、家出してるの?」
 ボクがそう聞くと、叶歴は頭をぶんぶん振って強く否定した。
「ちっ、違うっ! 家出じゃないもん! ただ私、ここが好きなの……」
「へ? この廃墟が?」
 意外な真実に驚いた。ボクには不気味さしか感じない場所なのに。
「そう。だってここはね、みんなの楽しい記憶が詰まった場所なんです。今はこんな姿だけど、昔はたくさんの人達が面白おかしく遊んでいたんです。だから私もその気分を味わいたくてここに来てるんです」
 それを聞いてボクは……おかしな子だなって思った。
「いま、附音くん私の事おかしな子だって思ったでしょ?」
 ばれちゃったし。
「だ、だからなんだよ。だって本当に変じゃないか」
 ボクはずうずうしくも開き直って言った。
 少女はなんだか少し得意げな顔をして嬉しそうに語り出した。
「実は私、お話を創るのが好きなんです。将来は作家さんになりたいのです。ここにいると不思議とお話がどんどん浮かんできます。ここには不思議な力があるんですよ」
 ボクは素直に感心した。自分の夢をこんなにはっきり口にできる少女を初めて見た気がする。確かにここはまるでおとぎ話に出てきそうな場所だから物語が浮かんできそうだけど。
「それにしてもこんな時間に? それに他にもいろいろ場所はあるだろ」
「私、体が弱いから昼間はなるべく外に出ないようにしてるんです……学校もあまり行ってません。だからあまり遠くにもいけないのです」
 そう言われて見て見れば確かに叶歴はなんか痩せているなぁと思った。顔も白いし……まるで人形みたいだ。
「ふ〜ん。そうなんだ……」
 ボクは人形みたいな叶歴を、黙ってじっと見つめた。
「あ、あの……よかったら附音くんの事を話してくれませんか?」
 ボクが黙っていると叶歴がおずおずと話題の路線変更にかかった。こういう話ばっかりじゃ湿っぽいもんな。
「あ……うん。いいけど」
 そしてボクは自分の事を叶歴に話した。
 ボクがこの町に来たばかりだということ。この町にくる以前にも何度も引っ越ししてきたこと。そしてその事を話すと叶歴は目を輝かせて、ボクがこれまで住んできた町の事を聞かせて欲しいと言った。
 ボクが話している間、叶歴はまるで自分がそれを体験しているみたいにそわそわしていた。ボクにとってそれは、両親の身勝手な都合に振り回された、ただ通り過ぎるだけの灰色の思い出でしかないんだけど。
 ある程度話し終わって気が付くと、もうすっかり遅い時間になっていた。
「いつの間にかこんな時間になってる……」
「そ、そうですね……今日はもう帰った方がいいですね」
 少し寂しそうに叶歴が言った。
「うん。そうだね。じゃあ帰ろうか」
 ボク達はバッティング施設を抜け、月明かりが差し込む長い廊下を渡って、階段を降り、そして建物から出た。
 外に出ると鈴虫の鳴き声が遠くから聞こえてきた。ここは東京なのに、鈴虫はまだいるんだなぁと思った。
 叶歴は歩くスピードがやけに遅かったから、ボクはそれに合わせてゆっくり歩く。
 獣道を抜け、丘を下りきり、ほとんど自動車の通らない道路に辿り着くと、
「私はあっちの方向ですけど……附音くんは?」
 叶歴はボクの家の方角とは反対方向を指さした。
「ボクはこっちの方」
 逆方向を指さす。
「じゃあここでお別れですね」
「そうみたいだね……それじゃ」
 そう言ってボクが歩き出そうとしたとき――
「ま、待ってっ」
 叶歴がボクを呼び止めた。
「えっ、なに?」
 ボクは振り返る。
 叶歴はまるで、世界にたった一人置き去りにされたけど、とうとう仲間を見つけたというような顔でボクを見て言った。
「あ、あの……私、いつも夜になったらここに来てるんです。だから……また来てくれたら私、嬉しいです。その……私の創ったお話も聞かせてあげますからっ」
 少女はすがるようにボクにそう言って、そして微笑んだ。
 それはボクにとってまさに天使の微笑みだった。
「分かったよ。明日も来るよ」
 またボクは反射的に答えていた。もしかしてこの子には、ボクの気持ちを引き出す特別な力があるのかもしれない。
 友達というのもまんざらじゃないな、とボクは思った。


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