アウトキャスツ・バグレポート

    1. 第4章 最善の選択肢と最悪の選択肢

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     びィィィィイイイイイイイイん――と。突然リビング中に鳴り響いた不快な大音響。
     驚いた守代は耳を押さえながら顔を向ける。その音は、窓の方から発生していた。
     音の正体。それは、侵入者だった。
    「ふぅ〜……やれやれだぜ。究極の魔女が死んだと聞いて駆けつけたが……なんだかややこしい事になっているみたい……だぜ」
     いつの間にか人影が部屋の中に立っていた。リビングの窓を突き破って人が入って来たのだ。結界が張ってあるはずの建物なのに、侵入された。しかも――。
    「ありゃりゃ……? 右近と折花のやつ、マジでやられちゃってるっス。情けないっスね」
    「……それ、本当?」
     しかも、その人数は3人。シルクハットを被った背の高い男と、金髪頭でピアスをしている大学生風の男。そして顔が見えないくらい長い髪を腰まで伸ばしている、性格の暗そうな女。いずれも、守代達のことを気にもとめていない様子だった。
    「うっす。2階で寝てるっスよ。沢渡さん」
     と、大学生風の金髪男が軽い口調で答えると、リーダー格らしきシルクハットを被った男が口を開いた。
    「おいお前ら、あんな役立たずの変人どもの事はどうだっていいんだぜ。それより今は、こいつらの始末が先だ――ぜ」
     この言葉をきっかけにして、3人の侵入者達の顔つきが変わった。
     守代と巡了に対し明らかに敵意を向けるように、冷ややかに見つめていた。
    「い……いきなり現れてなんだ貴様達は。まさか……新手の異物(マザリモノ)か?」
     身構えて質問する巡了に、シルクハットの男が渋い声で答えた。
    「ふっ……オレ達をあんな世界のゴミクズと一緒にされるなんてな……とんだ侮辱だぜ。いいか、よく聞くんだ……オレは伽藍方式極東支部・社内順位(ランキング)第2位――春日井氷河(かすがいひょうが)、だぜ」
    「……あ、同じく伽藍方式極東支部の戦闘員、伊良子相馬(いらこそうま)っス。ちなみに社内ランキングは5位っス」
     春日井氷河と名乗った男につられて、大学生風の男も名乗る。
     そして顔を覆うくらい異常に髪の長い女は――。
    「…………」
     沈黙。
    「ほ、ほら……沢渡さんも挨拶するっスよ」
     大学生風の男――春日井氷河が、髪の長い女を肘でつっついて小声で促した。
    「……ウチは、沢渡衣(さわたりころも)。……2人と同じく、ランキング4位」
     非常に聞き取りにくい、ぼそぼそした声だった。
    「……伽藍方式の連中か。何をしに来た。異物(マザリモノ)にやられた市川右近と澤木折花の回収か?」
     伽藍方式と聞いて、巡了はむしろ警戒を一層強くして問いただした。
    「ふぅ。戯れたことを言う……オレ達上位ランカーが、わざわざあんな奴らを連れ戻す為に来るものか。オレ達に用があるのは、貴様ら……だぜ」
     春日井氷河が巡了を睨みつけた。巡了の体がわずかに硬直したのが見えた。
    「な……なんだ? は、ははっ……まさか私と戦うつもりなのか? ふん、今はお前達なんかに構っている暇なんてないんだけれどな」
     伽藍方式の人間だと名乗ったものの未だに得体の知れない3人に対して、怖じ気づく様子のみせない巡了。
     だが守代には分かっていた。こんな事を言ってるが、巡了は3人と戦うつもりがない。なぜなら彼女にその気があるのなら、とっくに刀を彼らに向けているはずなのだ。小刻みに震える巡了の手を見て守代は理解した。理解してしまった。
     この3人に対して、守代達にはまったく勝ち目がないということを――。
    (でも巡了のことだからこのままだときっと戦う羽目になる……)
     守代は考えた。異物と違って、伽藍方式となら協力し合えるはず。まだ言葉は通じるはずだ。込み上げてくる恐怖を堪えながら守代は訴えかけた。
    「あ、あのっ……なんだかよく分からないですけど、あなた達の敵は異物(マザリモノ)なんでしょ? だったら相手を間違えてますよっ! 僕達は市川先輩や澤木先輩を倒した異物に狙われてるんですよっ。だから――」
    「……ったく、うるさいっスねぇ〜」
     と、春日井の横でヘラヘラしていた伊良子相馬が、面倒臭そうに声をあげた。
    「あんた何か勘違いしてないっスか? もちろん異物を倒す事も重要っスけどね、正直あんな雑魚は後回しでいいんすよ……それよりなにより俺っち達は、あんたら2人を始末しに来たんスよ?」
     ――ぞくり。殺意の籠もった伊良子の視線に、守代の全身は一気に凍り付いた。
    「な、なんで……僕達が。世界の秩序を脅かす異物を倒すのが伽藍方式の目的なんじゃ……」
     蚊の鳴くような弱々しい守代の声に、春日井が言葉を引き受けた。
    「ふぅ……だから貴様ら2人を削除するんだろうが。これだから要領の悪い奴は嫌いだぜ。貴様は天之廻リンネの影響を強く受けている。理由はそれだけで充分過ぎるくらいに大き過ぎるし、わざわざオレ達トップ5が3人も出向くほどに一大事だということなんだぜ?」
     それはまるで、リンネが存在している事が間違いだと言わんばかりの台詞だった。
    「くっ……お前らはただ姉さんが怖かっただけじゃないか。姉さんがいなくなった途端にノコノコとお前らは……」
     恨み言を吐きながらも、生き残る術を考えているのだろう。巡了はいまだ刀も持たずに、3人を交互に伺っている。額からは冷や汗が流れていた。
    「ふん、好きに言ってろ。しょせんは弱者の言葉だぜ」
     憤る巡了を軽く流して、春日井はさらに続けた。
    「……それに伽藍方式は、そもそも魔女狩りの為に発足された組織だぜ。600年魔女狩りを続けてきた組織の歴史の中で、天之廻リンネという存在はいまだかつてない強大な力を持った規格外のバケモノなんだぜ。そりゃ今回の事態には総力をあげるぜ」
    「……姉さんはバケモノじゃない……少なくともお前らよりは立派な人間だっ」
    「そうか。でもまぁお前が何を考えていても、オレ達には関係ないことだ。お前達はこの世界にとって危険な存在だぜ。だから殺す。それだけだせ」
     巡了の挑発にも乗らない春日井は猶予の余地すら与えない。
     そして、これで話は打ち止めと――春日井は鋭い目つきを守代と巡了に向けた。
    「ハードボイルドを目指しているオレは意外と優しいんだ。だから言う必要のない情報まで教えたんだぜ。さぁ……できる限りの説明はした。これで――少しは理不尽に死なずに済むだろう?」
     ――この瞬間に守代が感じた緊張感、殺気、禍々しさは、ヒドゥイヤロやハガクレにも劣らない、いや――それ以上の、凶悪で最悪なものだった。
    「異端者共。そろそろ――オレに消去されとくか?」
     シルクハットの位置を正しながら、春日井が一歩、守代達に近づいた。
     ――殺される。体中から一気に汗が噴き出る守代。彼は、死を覚悟した。 
    「あ――ちょっと待つっス」
     だが突然。伊良子が突然片手を挙げて、春日井に静止を促した。
     体をピタリと止めた春日井が、
    「……例の異物か?」と、低い声で言う。
    「そうっス。このすぐ近くにいるっス……にしても、なぁんだ。それほど大したことないっスね。この程度の敵にやられるなんて、ほんっと右近も腕が鈍ったっスねぇ。この距離でも異物の解析、既に半分くらい済みましたっスよ。底が浅いっスね……それで――どうするっスか? 春日井さん」
    「そうだな……どうする、沢渡?」
     春日井の問いかけに、沢渡衣はまるで呪詛の言葉のようにボソボソと呟いた。
    「……この建物の結界は既にウチが掌握した……ハッキング完了。たとえこの2人が逃げてもウチなら探知できる。だから後回しにしても平気……でも異物は逃げられると厄介……先に消すことをお勧め、する」
     それを聞いた春日井は――ふっと鬼気迫る威圧感を解いて、帽子を目深にかぶり直した。
    「……というわけだぜ。運がいいな。貴様らに少しの間だけ懺悔する時間を与えてやるぜ。すぐに戻ってくるからその間にトイレにでも行っておくんだな。消去する際、チビられると嫌だからな」
     春日井はそう言うと、もう守代達には興味がないといった風に背を向けた。
     その横で、伊良子が何か考えるように指で額を押さえながら、目線を守代に向ける。
    「あ。くれぐれも逃げたりとか、俺っち達をわずらわせるような真似は考えないでくれっスよ? じゃないと……俺っち、怒って何するか分からないっスからね?」
    「……ヤツを倒したら、次は、あなた達の番……」
     沢渡は、守代達の方に顔を向け続けたまま言った。といっても髪に隠れているからその顔は見えないが。
    「すぐ戻るから待ってるんスよ。それじゃ春日井さんに沢渡さん……ヤツの近くまで飛ぶっスよ」
     伊良子がそう言った瞬間、突然3人の体がテレビをスイッチを消したかのように一瞬で消え去った。あっという間の出来事だった。
     後には彼らによって壊された、窓ガラスの欠片が散らばっていた。
     突然現れて突然去って行った伽藍方式戦闘員の3人。なにもかも突然のことで守代はまだ状況の整理ができない。
     だけど、奇跡的に生かされた――それが守代の、その時の正直な気持ちだった。


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