アウトキャスツ・バグレポート

    1. 第2章 世界のアウトサイド

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     寮に戻った後、市川は折花と共に明里の引っ越しの手伝いを始めて、そして守代はリンネに呼ばれて彼女の部屋へと行った。
     リンネの部屋は、机の周辺を除いたら生活感をまるで感じさせない殺風景さで、ベッドと机と本棚がぽつんと存在しているだけだった――が、机の周辺が凄かった。机というよりもそれはパソコン専用の台だった。机の上に置かれた大きなデスクトップパソコンに、幾本のケーブルやら冷却装置や複数のモニターやらで混沌としていた。
     回転椅子に座った眼鏡姿のリンネは、同時に3つのキーボードを叩いてなにやら作業していた。作業しながら守代達とヒドゥイヤロの調査について話し合っていた。
     見てるだけで頭が痛くなりそうなので、守代は視線を机の方に向けないようにした。
     ――一方。部屋の隅の窓際には、まるでそこが彼女の定位置だと言わんばかりに巡了が立っていた。
    (そういえば結局、折花さんから罰ゲーム的なものを受けたんだろうか……?)
     なんとなく巡了の体の至るところから、激しい運動をした後のような汗が出ているように見えた守代だったが、それは気にしないようにしてリンネの話に意識を戻した。
    「――そういうことでね、ワタシの方でも調べていたのだけれど、うぅ〜ん。やっぱそう簡単に居所は分からないかぁ〜。困ったものだなぁ」
     回転イスに座るリンネは、猛烈な勢いでに打鍵していた手を止めて、ぐるりと椅子ごと回転していた。長い銀髪がサラサラ揺れて、ダボダボ気味の服が風でたなびき素肌を覗かせる。
     守代はその姿にぽーっと見とれていた。
    「今回の敵は今までの敵とは違うってことよ、姉さん。それだというのに、こんな時に限って姉さんは……」
     巡了が頼りなさそうな声で呟いた。
    「ほらほら。そう悲観するなってメグちゃん。確かに今のワタシではヒドゥイヤロを倒すこともできないし、なんの役にも立ちそうにもないけれど……敵がこれだけ慎重になっているってことは、こっちにとっても好都合じゃないか」
     リンネが眼鏡をくいっと持ち上げた。
     リンネが本来の力を取り戻すまで1週間かかるなら、一番ベストなのはその間に敵が襲ってこずにリンネが回復するのを待つことだけど。
    「でも姉さん。やつが変なことしてくる前に始末しといた方が……」
     なかなか意見が一致しないようだった。
     姉妹の会話をぼーっと聞いていた守代は、寝ぼけたような声をあげた。
    「あの……それじゃあとりあえず焦らずに普通にしといていいんじゃないですか? 敵を見つけたらその時は戦えばいいんですよ」
    「そんなの分かってる。いちいち口出しするな」
     巡了が守代をにらみつけた。
    「ひぃい……っ!」
    「まぁまぁ、メグちゃん。とにかく、敵が姿を隠すつもりならしばらくは様子をみよう。敵は恐らくワタシが無力であるということを知らない。できればワタシが完全回復するまで待っていてくれたら嬉しいんだけどねぇ」
     リンネはまるで他人事のようにあっけらかんとした口調で言った。そして再びパソコンのモニターに向かい直ってカチャカチャ操作し始めた。もしかして、巡了を危険な目に遭わせたくないから消極的な態度をとっているのだろうか。
    「分かったわ、姉さん……でも、警戒の意味も込めてパトロールはちゃんとするからね」
     姉の気持ちが伝わったのかどうか、巡了はしぶしぶといった様子でリンネの提案に賛成し、会議は終了した。


     その後はとくに何事もなく時間は過ぎて夜が訪れた――。
     カエル荘のみんなで夕食をとったあと守代が部屋でうとうとしていた時、ドアをノックする音が彼の耳に入った。
    「刻羽クン。ちょっといいかい?」
     ノックの音と共に、リンネの声が聞こえてきた。
    「え……あぁ、はい。なんですか」
     リンネの声で、守代の意識は一気に覚醒した。
     いつの間に寝てしまったんだろうかと、おぼつかない足取りで守代は部屋の扉を開ける。
    「――あら。もしかして寝てたかい? だったらごめんよ刻羽クン」
     ドアを開けた先にいたのは、風呂上がりであろうパジャマ姿のリンネ。彼女は顔を上気させて、体からはシャンプーの心地いい香りが漂っていた。
     守代はついうっとりリンネの姿を凝視しそうになるが、なんとか堪えて言葉を放つ。
    「あっ、いえっ、ちょっとウトウトしてただけですから……リンネさんは仕事してたんですか?」
    「そうだね。でもいま、ヒドゥイヤロの解析にいきずまっちゃったとこでね……」
     息抜きといったところか、眼鏡もかけてないからしばらくパソコンには触らないようだ。
    「僕にはよく分からないけど……大変そうですね。あの……それより僕に何か用ですか?」
     次第に頭が冴えてきて守代が思ったのは、寝起きの顔をリンネに見られてちょっと恥ずかしいな、ということだった。
    「これからワタシとメグちゃんで、昨夜戦闘を行った神社に行こうと思うんだけど、刻羽クンもついてくるかい?」
    「……えっ!? ど、どうして突然っ……」
     いきなり穏やかならない内容がリンネの口から出てきて守代は戸惑った。
    「これまでの解析の結果から、奴が今そこにいる確立が高いってことが分かったんだよ」
     解析いきずまってたんじゃないのか?
    「え〜と……それってもしかして敵と戦いに行くってことですか?」
    「交戦する可能性は少ないだろうけど、もしかしたらそうなるかも――な」
     ドアに背もたれているリンネは、意味深げにウインクした。
    「で、でも僕が行っても足手まといになったりしないですかね……?」
     正直、守代は昨夜の敵と再び相まみえることが怖かった。
     だが、そんな守代の心中も知らないで、リンネは「そんなことない」と言って、守代の説得を始めた。
    「逆に一緒にいる方がワタシ達にとって都合がいいんだ。夜はカエル荘の結界も弱いから……もしかしたらヒドゥイヤロは、ワタシの命の大部分を有している君の方を狙ってくるかもしれないし……あるいはワタシ自身を狙ってくるかもしれない。どっちにしろワタシと刻羽クンでは奴に勝てない。だからメグちゃんと一緒にいた方が安全なんだよ」
    「そ、そうですか」
     確かにそれは、理にかなった考えであるように思えた。
    「ま、夜は効果が弱いと言っても結界の効果はそれなりにあるし……なにより一般人もいるからそうそう異物(マザリモノ)も襲ってこないと思うけどね」
     一般人というのは、つまり澤木折花と市川右近、それに鳳明里のことを言っているのだろう。だが。
    「一般人がいるから襲ってこないってのはどういうことなんですか……? 異物(マザリモノ)が気を遣うっていうんですか?」
     そんな馬鹿な、と守代は何気なくリンネに尋ねた。
     その質問に答えようとして口を開けたリンネは――そのままの顔で固まった。
    「――え? どうしたんですか」
     突然ピタリと停止したリンネに呼びかけたが、リンネの視線は守代を越えた向こう側にあった。
     その時だった――。守代の背後から、声が聞こえた。
    「アァッ!? オレ様たち世界からはみ出た存在は、人に見られてはいけない。それがルールだろうがっ。まさかそんなことも知らねーのかよ。アアアアァン!?」
     と、どこかで聞いたような声に守代がすぐさま振り返ると――守代の部屋の中に、昨夜神社で巡了と戦っていた男――ヒドゥイヤロが立っていた。


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