アウトキャスツ・バグレポート
第2章 世界のアウトサイド
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先ほどまで閉まっていたはずの部屋の窓は開け放たれていた。恐らくヒドゥイヤロはここからやってきたのだろう。
窓からはちょうど、綺麗だけど少し欠けた月が、覗き込んで見えていた。
「あ、わわわ……」
自分の部屋に自分を殺した男がいきなり現れて、守代は腰を抜かしそうになりながらリンネの横まで後退した。
「いやぁ、意外だったよ。まさか大胆にも結界が張られた建物に入ってくるなんて……命知らずというかなんというか」
一方、リンネはいたって平常心でヒドゥイヤロと対峙している。
「そりゃこっちは、テメェを殺すために命を賭けて来てるんだよぉ。それに好都合なことになぁ〜オレ様の影の能力のおかげでな、結界が張られた場所もこうして侵入できるんだよ〜。便利だろ〜? タネは教えないぜぇ」
一見するとファッショナブルな格好の若者の姿をしたヒドゥイヤロ。パーカーに付いたフードを被っている。
「ただでさえ不安定で希薄なその命を賭けてまで……君は何が目的なんだい?」
「……チっ、分かってるだろ。オレ様達は目立った行動ができねぇ。本来この世界にいられないはずの存在だから、人の目に怯えながら生きるしかないんだ。だが……オレ様は表舞台に立つことのできない生活なんてごめんだ。これから先、このままの状態じゃオレ様がオレ様の望む人生を送ることは無理なんだ。オレ様にはそれだけの物語がまってるんだ。だからオレ様は恐れずに戦うことを選んだ。それだけだ」
ヒドゥイヤロの言葉に、リンネは少し考えてから口を開く。
「でも……しょうがないじゃないか。それが君の生まれ持った宿命だろ?」
「ハッ。よっく言うぜえええ。オレ様達の場合、そもそも生まれたのが間違いなんだろ? くは、こんな素晴らしいチカラがあるのによぉ。使い道がないなんて辛いだろお。だがオマエを倒せばもうそんな心配する必要なくなるんだろおお? 究極の魔女」
「そうだね。そうかもしれないね。でも――果たしてキミにワタシが倒せるかな?」
リンネが余裕の表情を浮かべたその時、ヒドゥイヤロの顔つきが変わった。
「お前らの立場から見ればどうかしらねーんだが……オレ様にはこの先もっと大きな運命が待ち構えてるんだぜぇ。死ぬなんてあり得ねー。なぁ、いつまでもオレ様はこんなとこで立ち止まってる場合じゃねーんだよ。だから、オレ様のために貴様は死ね」
これまで平凡な20代の男性のものでしかった表情が凶悪に歪み、そして一気にリンネとの距離を詰める――。
(ま、まずいっ。リンネさんはいまっ――)
絶対のピンチだった。守代もリンネも無力であるいま、このままでは2人ともヒドゥイヤロに殺されることになる。
2人の眼前にヒドゥイヤロの姿が迫ったその時。
「うぐああああアアアアアアア――っっッッッ!!!!!????」
いきなり、ヒドゥイヤロが後ろ向きに飛んだ。
守代には何が起こったのか理解できない。ただ、もの凄い勢いでヒドゥイヤロが遠ざかっていって、そのまま守代の部屋の窓を抜けて、姿が見えなくなった。
守代はとっさに自分とリンネの間に立っている人物をみた。そして悟った。
「ふぅ〜……よかったぁ。間に合った」
そこには、片足を上げて立っている――天乃廻巡了がいた。
「め、巡了さん……」
守代はほっと安堵のため息を漏らす。どうやら守代たちのピンチに現れた巡了が、危機一髪のところでヒドゥイヤロを蹴りとばしたようだった。
「さっすがメグちゃん、頼りになるね。ありがとっ」
リンネは小さくガッツポーズを作って爽やかに微笑みかける。
「う、うん……」
巡了は照れくさそうに顔を赤くした。
「ひとまず外に追い出せてよかった……これでしばらくは襲ってこないといいんだけど」
守代は部屋の窓の向こう側に見える月を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「なにを言ってる。追い出したのは、部屋の中だと思いっきり戦えないからに決まってるじゃない。一般人もいるし、なにより私と姉さんの家を壊されたくないからな」
そう言って、巡了はどこからかともなく刀を取り出した。
「め、巡了さん……刀なんて取り出してどうするつもり」
「そんなこと分かってるだろう。さぁ、早くアイツを追いましょう姉さん。このまま一気に片を付ける」
そう言って巡了は窓の方へと走っていって、そこから軽々と飛び降りた。