アウトキャスツ・バグレポート

    1. 第1章 カエル荘の住人達

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     テーブルを囲むかたちで座っている2人の少年と4人の少女。卓上には種々様々な料理が並べられていた。
     守代は野菜を中心にゆっくり食べ物を咀嚼し、明里は意外に大食いのようでもぐもぐと次々と箸を進め、折花はガツガツと一心不乱に胃の中に食べ物をおさめ、市川は肉ばかりを食べていて、そしてリンネはそんな彼らの様子をにこにこと微笑んで眺めていた。
    「それで……気に入ってもらえたかな? カエル荘は」
     リンネは守代と明里に向かって微笑んだ。まさに天使のような笑顔だと、守代の持つ箸は意図せず止まってしまった。
     このカエル荘で最年長でありリーダー的存在の天之廻リンネ。銀髪でミステリアスな雰囲気を備えた、美しすぎる少女。
    「え、ええ、まあ……」
     守代は曖昧な返事を返した。そしてもう1人の新入生である明里は、
    「あっ、はいっ。みなさん変な人ばっかりで、とても面白そうだなぁって思いますっ」
     悪びれた様子もなく、緊張した面持ちで答えた。もしかして天然なのか――と隣に座る守代は思った。
    「あはは、変な人ばっかりか。確かに否定できないなぁ。変人ばっかりだもんなぁ」
     リンネは快活に笑っていた。
    「あっ。へ、変人って……そ、そんなつもりで言ったんじゃ……」
     明里は顔を赤くして手の平をぶんぶん振る。……じゃあ、どんなつもりだったんだろう。守代がそう思っていると、明里が思い出したように表情を変えて言った。
    「あ、でもちょっと不思議に思ったんですけど……この寮の名前、どうしてカエル荘っていうんでしょうか……? カエルって、あのカエルですよね? ゲコゲコ鳴く……」
     それは守代もちょうど気になっていた事だ。
     リンネが、よくぞ聞いてくれたとばかりに誇らしげに咳払いしたので、守代は耳を傾けた。
    「そう、みんな大好きあのカエルだよ。そしてカエルは家に帰る。カエルが鳴くから帰ろう。そう、カエル荘はみんなが帰ってくる場所だ。勉強や部活や遊びやら、高校生は忙しい。でも、ここには笑顔で帰ってこれるように。安心して帰れる場所であるように、だからカエル荘って名前になったんだ」
     その説明を聞いて、守代は胸の奥が熱くなるのを感じた。帰って来る場所。自分の居場所。それは、守代の求めていたもの……。
    「え、この前はただ単にカエルが好きだからって言ってませんでした?」
     守代が感動していると、水を差すように折花が言った。
    (……まじで?)
     守代は、胸の奥の熱さが急速に冷えていくのを感じた。
    「あれ? そうだったっけな? う〜ん、それは人によって解釈の仕方がいくつもあるってことで。ま、カエル荘にいるのは変人ばかりってのは本当だけどね」
     と、結んでリンネが快活に笑った。
     すると今までばくばく料理を食べていた市川が箸を止めて大げさに驚いてみせた。
    「ええぇ〜! なんだいなんだい、それは酷いなぁ。聞き捨てならないなぁ。変人ばかりって事は、当然そこにはボクも入ってるって事ですよね、リンネ先輩。折花なら分かるけど、ボクまで変人扱いされるなんて……不本意ですよぉっ」
    「んななななっっ!? よりによって君が言う台詞かっ!? それはこっちの台詞だよっ! さっきから肉ばっかり食べやがって〜〜〜」
     市川の言葉に折花が怒って、その首を絞めた。
     市川はぐえええ〜と苦しそうに呻いている。
    「あ、あわわわわ……と、止めないと。止めないと。け、喧嘩は駄目ですぅ〜」
     しかし明里の声は小さく、興奮する2人には届いていない様子。
    「ふ、ふええ……む、無視されました。そうですか、そうですよね……わたし、地味ですもんね。誰にも気付かれない存在ですもんね……いいんです。どうせわたしなんて。わたしなんて……」
     プチ修羅場におろおろと困り果てていたと思ったら、今度は1人で勝手に落ち込み始めた明里。
    「あっはっは。これから楽しくなりそうだなぁ!」
     リンネは止めようともせずただ豪快に笑っていた。この光景を、1番楽しんでいるようだった。
     そんな中。守代は平静を保ったまま、彼らの様子を見ていた。
     みんな騒がしくて、到底自分がその中に踏み込んで行けそうになかったけれど……でも。自分はこれでいいんだって、守代は思った。無理しなくていいんだ。自然体でいればいいんだ。だから今は、彼はできるだけ目立たずにみんなを見ていたかった。その方が彼にとっては過ごしやすかったから。だから彼は無理しないで、自然体で和やかな空間を観察していた。
     だから――。守代は中に入って楽しむというより外から見ているというスタンスだからか、そんな立ち位置だから気付いたのだろうか。
     彼は、今まですっかり忘れていた1人の少女の存在に注意がいった。
     さっきから何も食べずに静かに席についている、天之廻巡了。
    (そういえば、妹のほう……どうしたんだろう)
     初めて会ったとき以来まだ喋っているのを聞いていない。むしろ守代以上に大人しい。
     無性に巡了のことが気になった守代は、騒がしい人達を無視して、チラリと横目で彼女を伺った。
    「…………」
     巡了は、隣にいる姉を見つめていた。楽しそうに折花と市川のやりとりを見つめるリンネ。そのリンネを巡了はじっと見つめていたのだ。
    「…………」
     そして時折、巡了は目線を下に落として手を動かしている。どうやら何か書き込んでいるようだった。
    (さっきから何をやっているんだ……)
     守代は疑問に思って巡了の手元を覗き込んだ。
     ――巡了が食べるのも忘れて一生懸命書いていたのは、日記だった。
    (え、日記……?)
     それは上半分が絵で、下半分が文章になっている、絵日記形式のものだった。
     夏休みの宿題なのか、と守代はもっとじっくり覗き込んでみた。
    『お姉様の観察日記。3月25日。今日は寮に新入生が2人やってきた。今でも邪魔な人間が2人もいるのに、正直いってウザイだけだ。なのにお姉様は優しいから新入りのために歓迎会まで開いてあげた。ああ、お姉様はなんて広い心を持っているのでしょう。食事をしながら幸せそうに笑っているお姉様。私は隣でその笑顔を見つめているだけで幸せだよ。お姉様はこれからもずっと私のお姉様でいてください』
    (…………み、見てはいけないものを見てしまった!)
     守代は後悔した。
     姉の方をなんとも形容しがたい瞳で見つめている巡了の姿に、狂気を感じた。
     カエル荘――守代を入れて6人の住人。
     3年の天之廻リンネと、2年の市川右近に澤木折花、そして1年の天之廻巡了と鳳明里に守代刻羽。
     クセの強いメンバーに囲まれた守代刻羽は、果たして高校生活を無事に平穏に過ごすことができるのだろうか。
     不思議といま、守代の中にあった不安は消えていた。むしろ彼はいま、居心地のよさを感じていた。本来なら彼はこういう食卓を囲んで食事するということが嫌いなはずなのに。自分1人で世界を完結させたかったのに。ここに来る直前までそう思ってたはずなのに。
     もしかしたら――これが守代の本当に求めていたものなのかもしれない。
     暖かい家庭。自分の安心していられる場所。帰ってくる場所。
    (いや……僕は拒絶されてきたんだ。期待なんかしちゃいけない)
     守代は慌てて自分の気持ちを打ち消した。どうせ拒絶されるなら最初から期待しない方がいい。裏切られた時のダメージが大きくなるだけだ。
    (でも――)
     でも、今度こそ。ここでは上手くやっていけそうな気がしたのだ。頭でなく、心でそう感じた。
     天之廻リンネの笑っている横顔を見ていると、そんな前向きな気持ちになってくるのだ。
     子供のように、どこまでも純粋な笑顔だった。


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