アウトキャスツ・バグレポート
第3章 伽藍方式
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「それでお前はどうするんだ、守代。私とお前はハガクレから狙われているんだ。このままじゃ殺されるぞ」
リビングのソファーに腰を降ろすなり、巡了は突き放すような口調で言った。
「ちなみに私はカエル荘を出ていく……お前もそうした方が賢明だぞ」
「なっ……出ていくって……」
巡了の言葉に、近くに立っていた守代は思わず声を荒げた。
「そんな……いいのかよ、それでっ。ここはリンネさんと過ごしてきた大切な場所だろ? それに……リンネさんのかたきをとれなくてもいいのか?」
「なに言ってるんだ守代。それじゃあまるでハガクレを倒すみたいな言い方だな。お前がカエル荘から逃げないというのなら、だったらどうするつもりなんだ? ははっ」
「もちろん――ハガクレを倒すんだ」
守代は、巡了の問いに即答した。
瞬間、巡了の表情から皮肉めいた笑顔が消えた。
「な……なにを言ってる、お前。お前なんかが勝てると……」
「昨晩ハガクレと戦った時、僕はあいつに攻撃されたんだ。その時、お腹に穴が開いた。人間の拳がすっぽり入ってもまだ余裕あるぐらいの大きい穴が……。でも僕はこうして生きてるし、お腹の穴だって塞がってる。この再生能力はきっと、リンネさんの影響だと思うんだ」
「……そうか。姉さんの血の影響がまだお前に残っているとしたら。それが能力として現れたなら。姉さんの数ある能力で死ににくい性質……つまりお前は、ダイ・ハードのチカラを保有している、ってわけか……」
「なんでもいいさ。とにかく僕の命を狙ってくるのなら好都合だ……あいつを迎え打つ」
守代は拳を握りしめた。
「ど、どうやってっ? 伽藍方式でも無理だったのにっ! たとえ私達2人でかかっても絶対に勝てない!」
「いいや、勝てる――僕の命を使う。僕に死ににくい性質があるのなら……わざと攻撃されて、油断したところを倒す」
守代はなおも落ち着いていた。今の守代には不思議と、何も恐れるものはなかった。
「倒すって……具体的にどうやって……」
対して巡了の声は震えていて怯えきった目をしていた。まるでいつもと反対だった。
「……はは。それは正直まだよく考えていない」
「か、考えてないって……っ」
「それでも僕は戦うって決めたんだ。このまま逃げたとしても、たぶん一生後悔することになると思う。なにより、リンネさんに合わせる顔がないよ」
「か、守代……お前……」
「巡了さん……いや、巡了。鳳さん達がリンネさんのことを忘れたとしても僕たちは覚えている。僕たちがリンネさんのカタキをとらなくちゃいけないんだ。だからできれば、君にも協力してほしいんだ。勝てるかどうかは分からない。でも……2人でならあいつを倒せる可能性は高くなる」
これは守代の勝手な言い分だった。死ぬかもしれない戦いに、巡了を巻き込もうとしていたのだ。守代の胸に罪悪感が重くのしかかった。
「いや、やっぱりいいよ。僕が一人で――」
「……私の能力は3つあるって前に言ったな」
巡了が、ぽつりと口を開いた。
「……あ、ああ」
守代は戸惑いながらも頷いた。
「一つは武器の創造。銃など複雑なものは無理だが、剣や槍や盾など単純な武器を生み出すことができる。私が異物(マザリモノ)と戦う時に使っている刀がそれだ」
巡了は淡々と己の能力について語り始めた。
「そして2つ目の能力は重力操作。ただしこれは自分に対してしか有効ではない。私自身の体重を操作することで、重くも軽くもなれるのだ。ちなみに私が創り出す武器にも適用される」
守代には巡了の意図が分からない。だけど、彼は黙って巡了の話を聞いていた。
「そして最後の能力は……いや、これは説明はいらないか。もう……二度と使うことはないんだろうな」
巡了が遠い目をして、細いため息を吐いた。
リンネを彷彿とさせるその白い横顔を見つめていた守代は、無性に知りたくなった。
「教えてくれ。それはどんな……能力なんだ」
「…………」
巡了は瞳を遠くに向けたまま、長い時間をおいてから口を開けた。
「これは、姉さんの為の力なんだ……。私の最後の能力は姉さんの身体能力、その他もろもろを飛躍的に高めるというもの。残念ながら他の人間には使えない。だからもう――役には立たないんだ」
それは、リンネを慕う巡了だからこその能力だといえた。
それならば確かにリンネがいない今、もうその能力の使い道はないのかもしれない。いや、けれど守代は何か確信めいたものを感じていた。
「ううん……巡了。もしかしたら、その能力……僕にも使えるかもしれない」
「えっ? どうしてだ? 無理だぞ。姉さん以外に使ったところで……」
突然なにを言い出すのだといった風に守代を見る巡了。守代自身にも明確な根拠なんてない。だけど彼は――。
「なんとなく、そう思うんだよ……メグちゃん」
まるで誰かのように、顔いっぱいに笑顔を浮かべて守代は自信たっぷりに言った。
「…………」
巡了は言葉を失ってただ黙った。
そして――。
「わ、私は……お姉ちゃんが大好きだったの」
「巡了……?」
まるで小さな女の子のような声で、巡了がぽつぽつと言葉を漏らし始めた。
「私は……お姉ちゃんと私はずっとずっと一緒だったの……本当に、大好きだったんだよ。お、お姉ちゃん」
「…………」
守代は何も言わない。黙って巡了を見つめる。
「なのにどうして……悔しいよお姉ちゃん。寂しいよお姉ちゃん。切ないよお姉ちゃん。行かないでよお姉ちゃん。戻ってきてよお姉ちゃん。お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん……ううっ……えぐっ」
今まで胸にため込んできた感情が一気に爆発していた。巡了のリンネに対する愛は、これほどまでに、強く。
その姿が、守代にはとても、痛かった。
「ううっ。うぇっ……お姉ちゃ……お姉ちゃんっ」
「巡了……」
たまらなくなって、守代は思わず巡了に手を伸ばした。涙を目に浮かべながら、儚い笑顔を浮かべて巡了の頭をそっと撫でる。
あるいは、それがスイッチとなったのか。
「う……うあああああぁぁぁぁあああああっっっ!!」
巡了が臆面もなく泣き出して、守代の胸に飛び込んだ。
顔を守代の胸板に押しつける。両手を回して守代の胴体にしがみつく。
「め、めぐ……」
いきなり巡了に飛びつかれて驚いた守代。しかし彼は抵抗せずに、ただ身を任せていた。今はただ、巡了の気が済むまで泣かせてやりたかった。
巡了は守代の胸でずっと泣き続けた。気がつけば守代の瞳からも涙が溢れだしていた。
2人はそうやって泣いていた。
そうやって時間は過ぎていった。
しばらくした後、ようやく落ち着いた巡了は守代の体からそっと離れて、静かに口を開いた。
「分かった……。私はあなたと協力してハガクレを倒す」
「……うん。ありがとう……ほんとに」
巡了に感謝しつつ、決して彼女を死なせないと――守代は自分の胸に誓った。
「ああ。ここで逃げ出したら姉さんに顔向けできないだろ。究極の魔女の妹としてのプライドがあるの。むしろこれは私がやるべき使命なんだ。姉さんのカタキは私が討つ」
守代は巡了の目を見て思った。もう彼女には迷いはない。
「は……ははっ。そりゃあ心強いね。さすがリンネさんの妹だ」
そう言って、守代はいよいよ本題に入ることにした。時は一刻を争う状況なのだ。
「よし。そうとなれば早速、ハガクレを倒す為の作戦を……」
だがしかし――。守代がいいかけたところで彼の台詞は、耳をつんざく程の大音響で遮られた。
「な、あっ――!?」