アウトキャスツ・バグレポート

    1. 第3章 伽藍方式

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    幕間劇 1

     
    「どうです、先輩?」
     澤木折花が、感情の籠もらない淡々とした口調で市川に尋ねた。
    「ん。いないな……」
     市川右近は不満そうに一言呟いた。
     市川と折花の他に、人の姿がまったく伺うことのできない深夜の町並み。
     彼らは町のはずれにあるアーケード街にきていた。そこに、リンネを殺した例の敵の痕跡があるのだ。
     痕跡というのは、世界の理からはみ出した存在が持つ魔力のようなもの。市川クラスの上位プログラマーともなれば、その力の残滓から本体の位置を辿ることができるのだ。
    「……ですが、はたして大丈夫でしょうか」
     折花は、守代達の知っている彼女とは思えない程に、市川に対して丁寧な言葉遣いで話しかけた。
    「なに言ってんだ。俺を誰だと思っている? それにプログラミングの才能だけでいえばお前の方が俺より上なんだ。だから俺はお前を連れてきたんだよ。もっと自信を持て、新入り」
     市川と折花が属している組織、伽藍方式。そこは世界に発生するバグを駆逐するという一貫した目的を掲げる秘密組織。表向きは大手デバッグ会社ということになっており、そこで働く市川達のような戦闘員は、プログラマーという肩書きをなっていた。
     プログラマーには、順位がある。それは世界からはみ出した存在を排除する為の、個人の力量を分かりやすく順位で表したものであり、それは戦闘能力の強さとほぼ同義である。
    「……ありがとうございます、先輩。きっと今回の任務、成功させましょう」
     澤木折花。伽藍方式極東支部・社内プログラミング順位(ランキング)――第128位。
    「ああ、当たり前だ――」
     そして、市川右近。
    「――全ては、世界の真実にたどり着くために」
     伽藍方式極東支部・社内プログラミング順位(ランキング)――第8位。
    「そうですね……その為にまず先輩は1位を目指しているんでしたよね」
     彼らは伽藍方式の中でも、生粋の実力者達であった。だけど同時に厄介者扱いされていた。だからこその、究極の魔女の住処に長期潜入するという任務が与えられていた。
     究極の魔女をどうにかできるとは伽藍方式でも思っていない。しかしだからといって放置しておくこともできない。これはいわゆる左遷であった。
     しかし、己の境遇を嘆かず、逆にこれをチャンスと考え虎視眈々と好機を窺っていた。この時をずっと待っていたのだ。そして今がその時なのだ。
     深夜のアーケードをきょろきょろしながら歩いていると、市川は唐突に立ち止まった。
    「あの建物だ……」
     市川は遠くの方に見える、とあるビルを睨みつけた。
    「いたぞ」
     とっさに市川は近くの建物の影に身を隠して、折花を呼んだ。
    「……せ、先輩」
     すぐに市川の背後に回った折花は不安そうな声をあげた。
    「ああ。お前も分かったか」
    「分かりますよ。私でもあの禍々しいチカラぐらい感じられます……でも先輩なら大丈夫ですよね? これまで数々の異端を狩ってきたんですから。それにアタシもいるんです」
    「…………」
    「? どうかしましたか、先輩」
     黙ったまま廃墟らしきボロボロのビルを見つめている市川に、折花が声をかけた。
     すると市川は、表情はそのままで、ぽつりと呟いた。
    「あぁ……まいったな。こりゃあ俺ら――死ぬかもしれないな」


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